2話目 気づいたら猫になってました。(絶望からのリスタート。その1)
俺には、この場所がお似合いだ。暗くて何も聞こえないない。自分以外誰もいない。もちろん、傷付けるものさえも。それで一生を終えていくつもりでいた。…アイツが来るまでは。
『…っいしょっと。』
キン…、キン…、と金属がぶつかるうるさい音が、辺りに響いていると思っていると、パラパラと小石がいくつか落ちてきて、自分のいる洞窟に少しばかり亀裂ができ、一筋の光が初めて射し込んだ。眩しい。そこを薄目見ると、亀裂はだんだん大きく裂け、人一人が通れるくらいの穴ができ、一人の少年がピッケルと灯りが付いたランプを持って現れた。夜目が利いている。見た目は10歳くらい。だいたい今の自分くらいの大きさであろう。髪は赤毛の短髪。瞳は琥珀色。
『…あれ、こんな所に人?おーい、大丈夫か?』
…うるさい!さっさと居なくなれ!!
俺は本気で心配してるであろう、その少年を睨みつけた。怒りで魔力を纏った風が辺りに吹き荒れる。しかしそれは、少年に届く前に霧散し、そよ風となった。
『!…な、んで?』
何が起こったのか分からず驚いていると、少年は片腕を広げ、説明する。
『あぁ~、これ?魔道具で防御したの。探検するなら、これを肌身離さず持ってなさい、って、おじさん達がうるさくってさぁ。』
本っ当、心配性なんだから…、と呟いた後、首に掛かった物を取り出した。先に付いてるのは魔石が1つ。2~3cm程の濃い青緑色の鉱石で、加工はせず、削り取った欠片をそのまま飾りにしたのだろう。
『あ、そうだ。お前、何でこんな所に居るんだ?というか、名前は?…あぁ~悪い!自己紹介まだだったな。俺の名前は、"アレク"だ。お前は?』
俺は思った。こいつは馬鹿なのか?俺の目は他の人間と違い夜目が効く。だから、こいつ"アレク"が笑顔で手を差し伸べる様子が良く見える。さて、俺の姿を見て、どんな反応するのか楽しみだ。呆れながら俺は、爪の伸びた手でその手を取り、立ち上がった。そして答える。
『…名なんか、持ち合わせていない。…ー』
ーー……
ー……
……
~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·
「…う、う~ん…、ここは…?」
俺は目を開けた。夢を見ていたのか…。懐かしい夢だったなぁ…。死んだし、もう金輪際、アレクとは二度と会う事は無いけれど。
周囲を見渡す。暗い部屋だ。歩いてみたがとても狭い。あと、寝起きなのか、何回か転けて、やっとの事で動くことが出来た。いったいここは何処なんだ?上を見上げると、僅かに一筋の光が射し込んでいる。そこから臭いが鼻を突く。これは…、煙草の臭い?何度か行った酒場で馴れてるつもりでいたが、やけに気持ち悪い程臭いな…。
その光に手を伸ばしてみるが、届かない。壁を触るとゴツゴツしていない。岩ではなさそうだ。それにカリカリと音がする。そして、真っ正面から体当たり。当然痛かったが、そこから何だかおかしい。急に身体が傾いたのだ。というより空間が。それにより、顔は地面に、上にあった光は目の前になった、ような感じがした。これは…、ダンジョンなのか?そういえば城で、ダンジョンについて頭痛がする程書物を読み漁り、試行錯誤トラップを改造してみたっけ…。あの頃は苦労したなぁ…。そんな事を考えながら、俺は光の方へ歩いていった。
光の隙間は通るのに狭かったが、頭で押すと簡単に広がった。そこは見た事もない場所。生前1度行った事がある『スラム街』に似ている。周りは暗くて、ゴミや酒ビンは散乱しており、歩くのがやっと。煙草や獣の臭い等が混ざり合う不衛生な部屋だった。外は昼頃だと思うが、カーテンで窓を隠してる。隙間からは太陽の光が僅かに入るばかりだ。
(ここは…、いったい、何処なんだ?)
ここは部屋だということは分かった。が、落ちているゴミ類が知っている大きさよりデカイ。ゴミだけでなく、置いている"見た事もない道具"も凄く大きいのだ。それにしても…。
《ぐぅ~…。》
(腹、減ったなぁ…。)
そういえば今まで寝ていたからであろう。飯をあまり食べていない気がした。喉も渇いた。俺は飲食出来る物が無いか、辺りを見渡した。少し旨そうな物があった。手を動かそうとしたが、身体のバランスが上手く保てない。寝起きだからか?なので、行儀は悪いが、仕方なく皿に顔を近づけて食うことにした。少し湿っぽい感じがしたが、味は悪くなかった。
続いては水。少し汚れていたが、さっきのように顔を近づけて飲もうとした。が、俺は水面に写った自分を見て、固まった。そして、
『…ニャ、ニャーー!?(…な、何じゃこりゃー!?)』
寝ぼけたのか!?いや、夢!?見間違いかもしれない。一旦深呼吸。混乱して激しくなっていた動悸も落ち着かせる。そしてもう一度、水が張った器に自分を写した。…結果は変わらなかった。
顔がこんなだから、身体はどうなのだろう?俺は近くに、鏡とかは無いか探した。今更気づいたが、2本足では歩けない。魔王である身、行儀はとても悪いが、仕方なく手を付いて歩くようにした。…改めて思うが、ゴミ邪魔。
ウロウロしながら、鏡らしき物にやっとたどり着いた。全身チェック!…ふんふん、目の色と額の傷は生前と一緒。唯一違うのは、切れ長だった目は、今は丸く、クリッとしている。全身は毛で覆われており、乳牛のような斑模様で、主に茶色と白。茶色の所には、虎のように黒い縞々が刻まれている。顔は丸い小顔で、頭に三角の大きな耳が付いている。獣の髭らしきものが頬(鼻)辺りに何本か生えている。…体躯は胴周りが首より長い。尻には一本、茶色と黒の長い尻尾が付いている。そして、先程驚いてしまった時、思わず出てしまった甲高い声。これで結論が着いた。つまり…。
猫じゃねーか!!
何でこんな事になったのか?頭の中で順番に思い出してみる。
1、勇者に倒され、俺、死亡。
2、気づいたら異空間。容姿と性格が正反対の姉妹女神に会う。
3、姉神泣かせ、妹神激怒。
4、報復として、《何か》される。キーワードは、『可愛い』『威厳無し』。
5、異世界へ強制転生。
回想終了。…マジか…。愕然とした。バチが当たったのか…。そりゃそうだよなぁ…。たくさんのものを傷つけ、破壊し、恨まれ、挙げ句の果てには、神の怒りに触れたんだからなぁ…。
さっきの水が張った器の所に、俺はポテポテと歩いた。そして、試しに軽い氷結魔法を唱える。
『ニャー!!(フローズ!!)』
…何度も叫んだ(正確には鳴いた)が、何も起こらなかった。魔力もリセットなのか…。これじゃあ、ただの猫だな。はぁ、これからどうすれば良い…?
「うるせぇー!!静かにしろ!」
いきなり男の怒鳴り声が響いたと思うと同時に、木の枝らしき物が、ヒュン、と2本飛んできた。幸い、猫の身だったお陰で瞬発力は長けていた。が、身体の制御が未だ慣れてない為、着地に失敗し、横に倒れてしまった…。…っ、くぅー、尻が痛い…。何なんだいったい。
「ったく、ニャー、ニャー騒ぎやがって。飯も不味くなる。」
男は俺を叩いた後、首根っこを掴み、最初の場所へ連れていった。ちなみに、上から見て気づいたのだが、始め、俺がいたところはダンジョン等ではなく、分厚い紙で出来た箱だった。男は再び俺をその中へ投げ入れた。
「そこで大人しくしてな!…ったく、金の為に育てたっていうのによっ。『生まれつきの傷あり』とあっちゃー、病気が心配、という理由で売り物にもならねぇじゃないかっ。不幸だったな、お前は。ははっ。」
その声音は、決して《哀れみ》何かじゃない。これは《軽蔑》や《侮辱》。…今まで他人から受けてきた、俺への態度。ふんっ、転生しても同じか。
箱の中に投げられた俺は、聴覚で男の言動を聴いていた。男は嘲笑った後、「畜生。」と言いながら、ドカドカ、と元の位置に戻ったみたいだ。その後、新しい煙草を吸出したらしい。さっきより臭いがキツくなり出した。ゲホッ、ゲホッ、うぇ~、吐き気がする…。この身は慣れれば、身体能力と同時に、五感が生前と比べて非常に高い。嗅ぎ慣れた匂いも異常に感知してしまうのだ。…獣系のモンスターの気持ち、何となく分かったなぁ…。
さて、これからどうしようか。魔法も使えない、おまけに猫になったとはいえ、見た目仔猫だから到底体力があまり無い。それらを考えると、あの男から余程の隙が無いと、ここから脱出出来ない。俺、これからどうなるのだろう…。
「…パチンコ行くか。」
男が立ち上がる気配がした。複数の金属がカチャカチャ当たる音と足音。…これは、チャンス到来!入れられた紙箱をよじよじ登り、やっとの事で脱出成功!外に出れる場所を探す。光が一筋差し込んでいる。これを辿れば外へ…。
バタンっ!!
光は閉じた。外では、ブーン…、という音が響いた。五感をフル活動して男の気配を探る。…音と共に、男の気配は薄れていった。
俺は絶望した。逃げられなかった…。もっと体力があれば、さっきの扉まで間に合ったのかもしれない。…いや、こんな非力の体躯になった今、人間相手に勝てっこない。この身が力尽きるまでずっとこのまま…。
『―グルルルル…。』
『!!何だ?』
何処からか、ウルフの様な呻き声が響いた。さっきまで気づかなかったが、辺りを見渡すと、大小異なる檻がバラバラにいくつも置いてあり、そこから複数もの眼光がこちらを睨んでいた。それらの中で一際大きい物。そこから先程の呻き声が聞こえてきたようだ。
『―新入りか?』
そいつは大きな犬だった。確かに体躯や尻尾等見た目はウルフ寄りだが、俺が知ってるウルフより少し小型。あとそいつは、顔や身体に傷がたくさん付いている。体毛は汚れで固まっていて、ボサボサで汚い。
そいつの他に、ここには色んな大小の動物がいる。自分のような猫の他に、犬、ネズミのような短い尻尾のやつ、鳥類、鼬みたいなやつ、等々…。そいつらは、哀れんで、または馬鹿にするようにこう、口々に話し出した。
『随分小せぇチビ猫だなぁ。…お前、箱から逃げ出したのか?ここで何をしている?』
『俺、コイツ知ってる!つい最近、《傷物》として店に送り返された奴だ!早く病気になったらどうするのか?、とか何とか言われて。』
―あぁ、うるさい。
『そいつは随分可哀想なこったなぁ…。仲良くしてあげたいが、ここに来たからには、自分は最期、と思った方が良い。』
―うるさい。うるさい。
『何せ飯が不味い!飲みモンもいつ交換しか分かんねぇ。色んな奴らがいるから臭いとかで不衛生。おまけに、ここの主はパチンコ三昧で、俺たちの世話なんか、ほぼ放置状態さ!』
『だから、「いつかは抜け出してやる!」とかいうような《希望》は持たん方が良いぞ!持ってても無駄無駄~。』
『もう止めなよぉ…。おチビちゃん、怖がってるじゃん…。』
中には心配してくれた動物もいたが、ははっ、と、鳴き声は様々であるが、大半のそれぞれの動物達は一斉に笑い出した。
―うるさい。うるさい。うるさい。
他にも口々に言い始めた奴らもいたが、今の俺にはそんなもの、聞き取れる余裕は無い。何せ、絶望、怒り、苛立ち、虚無感等の負の感情が、心を通り越して、身体中にグルグルと循環し、それらが今でも、この小さくて無力な身体を取り込もうとしている勢いだからだ。
―うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい―…………。
こんな劣悪な環境に転生したのは、自分の生前の行いからである。生前時もずっとこのまま暗闇の中、と思ってた矢先、アレクに会い、良い思い出も出来た。しかし、その希望の光も消失し、再び永遠の暗闇に戻された…。
分かっている。今までも、そしてこれからも。俺は、先が見えず、不幸しかない"永遠の暗闇の中"を歩き続ける事になるのだろう。
分かっている。分かっているが、俺はだんだん、こいつらの言い分が耳に入るのも鬱陶しくなった。
―うるさい!黙れ!!―
「貴様ら!いい加減に…―」
「いい加減にしな!!この、糞ガキ共!!」
怒りが最高潮に達した時、俺は叫ぼうとした。…しかし、その声は遮られ、その続きが不思議と言えなかった。いつの間にかそこにいた、"新たな声の主"の言葉によって。
それは周りにいた、今まで好きずきに言っていた他の動物達も同じ。そいつの言葉で、水に波紋が広がるように、一斉に喋る(鳴き出す)のを止めたのだ。
それを確認した後、そいつは俺の方を振り返り、尻尾で俺の身体を叩き飛ばした。
「??オイ!!何す…」
俺は叫ぼうとしたが、言わなかった。いや、"言えなかった"のである。何せ、そいつは《神様》とは言えないが、逆らってはいけない、他とは違う存在に視えたから。
そいつは今の自分とは違い、体躯は大きい猫である。いや、こいつらより。先程のデカイ傷だらけの犬よりも。
また、俺も含めた猫達と違う点がもう一つ。そいつの尻尾は三尾。一本に束ねると俺達のものより、より太く見えた。
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