1話目 女神様を泣かせ、そして怒られました。


最期に見た光景は、空を突き抜ける眩い光。それが自分に突き刺さり、激痛とともに身体の自由がだんだんと奪われる感覚。そして、


『…――…。』


何かを呟いて、疲労の為か、顔から水が流れている、憎き宿敵の姿だった。

…………………………………。

…………………………。


「…はっ。」


魔王は目が覚めた。勇者との死闘により、疲労によってか、身体が上手く動かせない。意識も朦朧としていたが、しばらくするとだんだん覚醒してきた。

まず、始めに見たのは、真っ白な空。空だけでは無い。ようやく身体の筋肉という筋肉を動かせるようになった頃、首を動かしてみると、自分のいる空間そのものが真っ白なのだ。しかも今、自分が寝ていた場所も地面ではないようだ。まるで無重力にふわふわ浮かんでいる、そんな感じである。


そしてこの場所は、何があろうことか、清浄な"気"で満ちている。魔王である自分にとって、このような場所というものは、とても居心地悪い。


「ここは、いったい…?」


『ここは、貴方がいた世界と他の世界を結ぶ空間。次の生まれ変わる先を神々が判定する、言わば中間地点のような所です。』


「…!!、誰だ!?」


どこからか《声》が聞こえた。辺りを見回すと、緑玉の様な光の玉が素早くヒュンヒュン飛び回っていた。これは、エルフの類いなのだろうか?


『魔王・エンジュ殿、2000年と半年間の人生、本当にお疲れ様でした。これより、次の転生先に、あなたの魂をお送りしたいと思います。』


「お前は誰だ?そもそも何故、俺様の名を知ってる!?いい加減飛び回ってないで、姿くらい見せろ!!」


『……。』


一瞬、両者の間に沈黙が流れた。その後、ようやく眩しく光輝いたかと思うと、光は人形(ひとがた)を取り、《声の主》の容姿を顕した。


「…なんだ、死神か…。」


そう、見たままの容姿で判断した結論を魔王・エンジュが呟くと、『死神』と言われた本人は一瞬表情が固まった。すると、表情が暗くなり、そのまま後ろを向いてしまった。


「…お、おい…?」


「…うぅ…。」


泣き出してしまった。どう見てもこっちが悪い雰囲気。自分に『死神みたい。』と言ってしまったからなのか?しかし、相手の容姿は大変失礼ではあるが、お世辞にも『美しい』とは言えない。"女"であるのは分かるが、長い髪は目が隠れてボサボサ。肉付きは細身であるが、岩のようにゴツゴツして、肌は緑の苔が付いてるような痣が所々ある。服装は、生きてた頃に住んでた国の物とは違う。袖も裾も長くひらひらしたデザインで、口側が大きく開いている。腰には紐みたいなベルトのような物が巻いている。髪で顔を隠しているのに、更に、薄くはあるが、布で隠している。どう見ても、"死神の類い"には見える。


「うぅ…。私の顔なんて、どうせ…。」


「え、えっと…、死神ではなかったら、お前はいったい」


『ちょっと、待ったー!!』


疑問を問う前にそれは、《光の速さの如く》という言葉が似合うほど速く、目の前に現れた。今度は桃色の光玉で、先程の光より激しく光り人形を顕した。こちらはどう見ても息を飲む程の《女神》。服装はまだ泣いている女と同じではある。しかしその色彩は正反対で、あちらが緑や青等といった涼しげで地味な色合いに対し、こっちは百花繚乱をイメージ出来る派手な色合いである。髪もゆるふわでお洒落に気を使っている。


「イワ姉様を泣かせるな、外道!」


「…ひくっ、サクヤ…。違うの。これは…、見た目が悪く生まれた…、私のせい…。」


「そんなこと無いよ!…私達は神だけど…、人は見た目ではないんだよ!!コイツが言った事は気にしないで!!」


「…うぅ…。」


エンジュはただ、姉妹であるらしい、容姿が正反対の2人の女神を静観していた。すると、《サクヤ》と言われた女神は、泣いてる姉を慰めていたかと思うと、こちらをキッ、と"鬼の形相"の如く、睨み付けた。今にも殴り掛かりそうな程に。


「おい、貴様!よくも姉様を侮辱したな!絶っ対に許さないんだからな!!」


「あっ、いや…。」


「こうなったら貴様の魂ごと消して、永遠に転生出来なくしてやるわっ!」


この女、口悪い…。顔に似合わず、暴言を吐く女に驚いたが、今にも何か吹っ放ちそうな勢いの為、エンジュは防御魔法を詠唱した。


「くっ!シールド!!」


が、何度呪文を唱えても、防御魔法どころか魔方陣さえ出てこない。


「無駄よ!ここに来た連中は、何もかも経験値がリセットされるの。勿論、魔力も能力もね!だから、…さようなら。」


やはり消されるのか。掌から爆ぜた白い光を自分に向けてる、女神には不釣り合いな邪悪な笑みのサクヤを見て、エンジュは思った。


これは今まで、自分がしてきた報いだ。女神だろうが死神だろうが関係無い。ここまで来たら、潔くこの場所で罰を受けよう。


そう思って覚悟を決め、攻撃が当たると思っていたその時、


「待ちなさい!!」


目の前に、自分を庇うように腕を大きく広げたイワが立っていた。それだけではない。先程サクヤが自分に放った閃光が、あらぬ方向に飛んでいき、空間の上空でそのまま爆ぜた。


…庇ってくれた。…えっ!?、それよりも、弾き飛ばした!?あの攻撃を?しかも素手で!?…はぁー!?


エンジュの頭の中では、助かった、という安堵の気持ちより、驚きや戸惑いの気持ちしかない。当のイワは、身体に傷どころか表情を痛みで歪めている様子はない。…強いて言うなら、勇気を出して飛び出したのだろう。顔が赤くなっている。


呆然と固まっているエンジュを横に、女神達は何かを相談し始めた。


「…。…、だから、…しよう!」


「!!、流石は姉様!それなら異存はなありませんわっ!!」


エンジュの思考が戻った時、フフフ、と黒い笑みを浮かべるサクヤと、申し訳なさそうに何度もこちらに頭を下げるイワがこちらを見ていた。するとイワはエンジュの近くに来ると、後ろに周り、そのままエンジュを羽交締めにした。


「くそっ、何をする?くっ、…離せー!!」


やはり脆弱な体格をしているイワだが、絞める力は見た目以上に強い。サクヤの攻撃を素手で弾き飛ばせたのも頷ける。更に身動きが出来ないように、イワから黒く長い影の手が足や腰に巻きついてくる。


「今からあんたを、次の転生先に送るの。私はこのまま、魂ごと消しても良かったんだけど…、それじゃあ、神としての労働規約に違反しちゃうからね…。姉様も悲しんじゃうし。」


「サクヤとあなた…、傷つくの…、嫌!でも…、サクヤ、怒り、治まらない。嫌!!」


「だ・か・ら、あんたのその姿かたちを変えて転生しちゃおう、て事で手打ちにするわ!」


「何だとっ!?」


エンジュが腕から抜け出そうと、必死にもがいている間、サクヤは懐からお札位の小さい紙を1枚取り出すと、筆記具なのか、棒の先に柔らかい毛が付いている。そして、何かを思案しながら、そこに何かを書き始めた。


「姿かたちは…、うん、あれが良いわね!堂々としてるけど、見た目威厳無いし。逆に愛でたいくらいだわ。よし、イメージ完了!《…ーー……、急急如律令!!》」


書き終えると、その紙をエンジュの額に貼り付け、人指し指と中指を当て、何かを唱え始めた。


刹那、エンジュを包むように、香りの良い花弁を纏う不思議な風が吹いたかと思うと、一瞬、不思議な立ち眩みに襲われた。


意識が戻った瞬間と同時に、イワの束縛は無くなり、安心したエンジュだが、目の前にいるサクヤの方を見て驚愕した。なんと、自分の身体が、サクヤの近くで横たわっているではないか。そして"今"の自分の手を見ると、だんだん透け始め、物どころか自分でさえ触れられなくなってしまった。


「この身体は、一時的に預からせて貰うわよ!その時が来たら、貸してあげるくらいは良いし。」


「今の姿…、凄く、可愛い…。前の方、とても、カッコ良かった…。でも、少し怖かった…。」


「だよねぇ、姉様!それに比べてこっちは、ぷぷっ、怒っても怖くない…、はははっ!!」


「くそっ…、いったい何をした。身体を返せー!!」


「ははっ…、言ったでしょ。次の転生先に送る、て。大丈夫よ!運が良ければ、"その姿"でもやっていけるわ!」


「…大丈夫。その姿なら、きっと…、助けてくれる人、現れる…!」


二人の女神は、同時に腕を伸ばし、親指を立てた。光に包まれて消えていくエンジュは、薄れていく気力の中、必死にもがいた。


「くっそー!次あったら、覚えてろよー…。」


「「それでは、良い転生ライフを!」」


こうして、 手を振る二人の女神の言葉を最後に、エンジュは完全に、次の転生先に送られたのであった。


完全に姿が見えなくなったのを確認し、サクヤは姉に話しかけた。


「…ったく、完全に性格悪かったわねっ!…後の転生ライフはアイツ次第だけど、これで良かったのよね!姉様!」


「…うん、感謝!サクヤ!!」


花が咲くように喜ぶ笑顔のサクヤを見た後、イワは祈るように、両手を組んで呟いた。


「どうか今度こそ…、彼が、次の転生先で良い転生ライフを送れますように!」










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