アイスフレンドⅣ
ダナ・バスケスの住んでいる家は、所謂、荒屋である。都心から離れたゴミ置き場の間近の場所で、ここまで来ると高層ビルも、派手な電子広告もなく、その雰囲気を追い求めるギラギラした人間達も居ない。ここに居るのほとんどが敗者だ。希望を失い、ただ無気力に時間が過ぎるのを待つだけの、奈落に落ちた亡者たち。
では、彼女は?
「おう、元気だったかチビども。姉ちゃん居るか?」
「ローガンだ!お土産ないのか?お土産くれよ!」
「悪いな、今日はない。姉ちゃんは居るか?家の中か?」
ええーっ、とみんなでリアクションする。それでも子供達は、お土産ないのかよ、なんかくれよ、と、ローガンを取り囲んで詰問し続ける。子供たちは人見知りのようで、ルイースと
「ダメだ、埒が開かねえ。上行ったほうが早いな。ルイース、アルト、行くぞ」二人がローガンの方によって行くと、子供たちはワッと散っていった。「悪いな。また今度なんか持ってくるからよ」ローガンが子供たちに声をかけて、三人は建物の階段を昇って行った。
「ボロボロだな」アルトが言う。階段はギシギシと音を立てている。
「おう、貧困層ってやつだな、この辺に住んでるのは…」ローガンが答える。
最上階の三階まで昇った。金属製のドアは傷だらけで、子供たちが張ったボロボロのシールがたくさん貼られていた。
ローガンがドアをたたく。「ダナ、ローガンだ。さっき連絡しただろ?来たぞ」中からは何の返事もない。「ダナ!おい!…だめだ、あいつまたポルノ見てるな…、ルイース、頼む」
ルイースがローガンと入れ替わって、ドアの前に立った。
ルイースが目を閉じて集中する素振りを見せる。あたりは束の間、静寂に包まれる。
彼女はずっとそこにいる。私と同じベッドにいて、私の上に跨っている。彼女も、私も、裸で。何度、目を閉じても、彼女は消えることはない。
彼女が私に顔を近づけてきた。切れ長の目、少し薄めの唇、透き通るような白い肌。どうして欲しい?って、彼女がそう言った。彼女の右手はすでに私の腿に這ってきている。私は彼女に答えたいんだけれども、彼女の眼に、その眼に…、蛇に睨まれたカエルみたいになって動けない。
ああ、何度ヤってもやっぱりこれが最高。彼女は私の理想の美の体現者で、私はその奴隷なんだ…。
ん?今なんかホワイトノイズが走ったな。…これなんか知ってるぞ。アレ?音声もちょっとおかしく…あ!ルイースだこれ!来てるの!?ちょっと待っ———
「——アああぁぁああッ!!」
ARから強制的に
「おはよう」
すらっとした黒髪の美人、ルイースだ。後ろにはローガンも立っている。
「お、おはよう…」
もう一人、初めて見る男の子も居るな…、とダナが思っていたところを、ルイースが顔を掴んで、無理矢理目を合わさせた。
「何してんの?今から行くって連絡して、アンタも良いって返事したよね?」ルイースの目は、モデルになっているはずのARのポルノのそれとはまるで違った。
「あ、いや、ははは…、一回くらい間に合うかなと思っちゃって…」
ため息を一つついて、ルイースはダナを解放した。
「あいかわらずのヴァーチャルセックス中毒だな。そんなんに金注ぎ込んで、弟たちが悲しむぞ」呆れた風にローガンが言った。
「家族は関係ないでしょ!ちゃんとお金も入れてるし、ただの息抜きだって、これは…そんなにハマってもないよ…」ダナはベッドから立ち上がり、びしょびしょになったパンツを脱ぎ始める。気まずくなって、アルトが顔を背けた。
「で、何だっけ、メールの内容は…アイスの出どころだっけ?難しいでしょそんなん。そういうのにかかわってるギャングはさ、尻尾がいっぱいあるんだって。掴んでも掴んでも切られて、本体には中々届かないよ」パンツを履き替えて、どっこいしょ、と言いながらベッド脇の椅子に座った。
「いや…ハルフォードが潰れただろ?後ろ盾がなくなったから、派手に動いてる今なら意外とイケるんじゃないかと思うんだが、どうだ?」
「ハルフォードがぁ?…それは、まあ…たしかに、しばらく隠れて資金も尽きたから、売人をたくさん使って稼ぎたいけど、ハルフォードもいないし、金もないからしょーもないのしか雇えないってことね…。なんか、イケそうな気がしてきたな」ダナが立ち上がって、さっきまで寝ていたベッドの上に立った。
「どれ、ちょっと潜ってみるか」ベッドの頭側の壁にダナが手を触れると、隠されたセンサーが彼女の静脈と虹彩の情報を読み取って、壁が開いた。その奥には人二人分くらいしかない狭くて暗い部屋に、一人用の白い革張りで、裏側にはコードがたくさんついたごてごてした椅子が置かれていた。
「氷風呂はもう卒業したのね」ルイースが隠し部屋を見てそう言った。
「あれは半分生身の体じゃあ風邪ひいちゃうからね。金貯めて買ったんだよ、中古だけど」ダナが答える。
頭のクッションの裏側に一等太いコードが付いていて、それが脳と電子をつなげる要だという事が見てわかる。
「まあ、ちょっと古い奴なんだけどね、
「座らない」即答でルイースが拒否する。
「あはは…まだ怒ってる?前に
「わかる?本当だったらボコボコにしてるところだけど、アンタには世話になってるからデータの消去だけで目を瞑ってあげてるのよ」
「ハハ…、仕事もだいぶ安くでやらせてもらってますけども…」
ダナは身内の妄想で平気で自慰をするタイプだった。そして、ルイースは彼女のタイプだった。
「やる気出したみたいだな。何かわかったら連絡してくれ。カタリーナさんの仕事だから報酬は期待してくれていいぞ。じゃあ、行くぞ」ローガンに合図されて、アルトとルイースは部屋を出た。「見るなよ、AV」最後に釘を刺してから、ローガンも部屋を出た。
「見ねーよ!」ダナのデカい声が部屋の外まで聞こえた。
日はまだ高い。三人は都市部へと戻っていた。ダナに情報収集を任せる傍ら、実際に売人を探して話を聞こうという算段だ。
「色々と質問がありそうだな、アルト」その途中の車内でローガンがそう聞いた。
「ある。まず、ルイースは玄関で何をやったんだ?」後部座席の
「ダナのARデバイスを
おお、とアルトは小さく驚嘆の声を上げる。「つまり、彼女は…」
「そう、テレパスだ」ローガンが引き継ぐ。
「その呼ばれ方は偽物扱いされてるみたいで嫌だ。普通にクラッカーとかでいいのに」
全てのナノマシンなどを介してネットワークに接続されている。ということは、クラッキングの危険性に晒されているということだ。街中のデバイスや、襲いかかってくる輩の武器や、時にはドロイドの体でさえも素早く掌握することができる技術のある者達のことを、まるで超能力者の様だと評してテレパスと呼ばれるようになった、ということだ。
「ハハ、本物の”テレパス”ってのも、世界のどっかにはいるのかもな…」
「ダナもそうなのか?」
「そうよ」ルイースが答える。「あの子が得意なのは、もっと深い情報の海に潜り込んで、必要なものを集めてくること。私みたいに瞬時に相手の武器のコントロールを奪うっていうのとは違うけど、原理としては大体いっしょ」
自分の意識を電子情報に変換して、物理世界のようにネットワークを探索する。それがダイブだ。
「あの椅子は、その情報収集に使うやつなのか?」
電子の海にダイブするにはそれ相応の装備が不可欠だ。生身のままでは脳みそが過負荷に耐えられず最悪、死に至る。
「大容量の情報を精査するのは体にものすごい負担がかかるからね。あの椅子は主に熱処理を助けてくれるやつ。全身機械になれば必要もないらしいけどね」
「実際には、それ用にオーダーされたパーツが必要って話だぜ。独立したデバイスよりもはるかに金がかかるんだがな」ローガンが補足した。
the Man From the Dead Lands 黒桃太郎 @gohhong99
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