アイスフレンドⅢ

 上品そうな包装のフィナンシェと、ボロい食器に入った5人分の紅茶が、小さいテーブルに所狭しと並べられている。海外のメーカーがこぞってモスクワに進出するようになってからもう随分時代は進んでいた。

 「このお菓子美味いな。さすがカタリーナ検事、いい物を知ってるな…」銀狼ローガンが紅茶を啜りながら言った。

 「うん…、そういえば、ローガンは何しに来たんだ?」黒髪の少年、オレグがそう言った。

 ローガンと人狼アルトと、それからカタリーナ検事やヴァシリが面倒を見ている孤児の少年三人は、彼らとアルトが暮らしているボロアパートの、一応あると言った感じの狭い応接スペースのテーブルを囲んでいた。

 「おー…、検事から仕事の依頼があってな、それで興味ありそうなメンツを集めに来たんだ」アルトが椅子の背もたれに寄りかかりながら言った。

 「カタリーナの仕事?どんなのだ」アルトが興味ありげに身を乗り出した。

 「さっき説明したレッドアイス絡みだ。最近、やけに売人が増えてるみたいでな、流通量も中毒者の数も増えてきてる。基本的にヤクの売人ってのは儲かるから、いっちょ噛みたいって、闇バイトみたいなんが定期的に湧いて出てくるんだ。そいつらだけを捕まえていってもキリがないから、薬ばら撒いてる大本がどこのだれかを調べて、叩く。そういう仕事だ。来るか?」

 「行く」

 弛緩した雰囲気を一気に振り払って、人狼の少年は勢いよく返事をする。

 「よーし、行くか。他にあと二人誘う予定だ。一人はこの近くに住んでるから今から行こう。じゃ、そういうわけで、ごちそうさん」

 アルトは準備のために、上階の自分の部屋へと走っていった。少年たちも立ち上がって、テーブルの片づけを始め、ローガンもそれを手伝った。

 「またきてよ。今日は俺らしかいなかったけど、ローガンに会えたら他のみんなも喜ぶよ」金髪のジャン少年が流しで皿を洗いながら言った。

 「うれしいこと言ってくれるね。そういえばジャン、最近仕事がんばってるみたいだな、ドロイドのボディのメンテの。客の評判が良いってカタリーナさんから聞いたぜ」

 「マジすか」今度はジャンの目がシャキッと開かれた。皿を洗う手も止まる。「うれしいな~。最近がんばってんすよ~。このままバイトで金貯めてさあ、専門学校に行きたいと思ってんすよね~。学校を卒業すると資格取れるからさあ、義肢装具士って名乗れるんだよね。それで、自分の店も持てるんすよ~。プロっすよ、プロ」そして早口でしゃべりだした。

 「おー。プロは良いよな~興奮するよな~、命の危険がないプロは猶更だ」タオルで手をふきながらローガンが返事をする。

 「お待たせ。ローガン、こうぜ…あれ、オレグも出るのか?仕事?」アルトが準備を終えて、階段を下りてきた。そこに、いつの間にか余所行きの格好に着替えたオレグもやってきた。

 「ああ、そんな感じ。んじゃ」オレグは腕時計をちらっと確認してから、足早に出て行った。

 「あいつ最近忙しそうなんだよな」その姿を見てぽっちゃりのイザークがつぶやく。

 「女かな…そんな感じがする。オシャレしてたし」ローガンがつぶやいた。それを聞いて少年たちはマジか!と声を上げ、色めき立っていた。

 「青春だなあ…、よし、俺らも行くぞアルト」

 


 アルト達のグループが固まって暮らしているエリアから車で10分くらいの場所。少しだけ静かな雰囲気になっている場所にある、アパートの一室に彼女は居た。

 「なんでこっちで会うのよ。都会まちの方にも家買ったのに」

 ルイース・キルスタインはアルトやアズサより少し年上の女性だ。彼らより長く賞金稼ぎバウンティハンターをしている分なのか、擦れ者の雰囲気が少しにじみ出ており、黒髪のボブカットの、インナーカラーのライトブルーと、派手なピアスがさらにその雰囲気を加速させていた。

 「あれ?中心地に家買ったのか?」ローガンがそう返事をする。

 今いる家はリビングと寝室の2ルームのアパートで、リビングに置かれている円卓とそれを囲うように置かれている円形のソファに三人は座っていた。

 「一応、連絡したんだけど…。新しい教え子ができたら、昔の子にはもう興味なしですか」

 「いやいや、そんなつもりじゃあ…。しかし、ルイースもモスクワの中心地に家を持てるようになったか、もう立派に一人前だなあ」

 はぁ、と一つ小さなため息をついて、ルイースが立ち上がる。「お茶とコーヒー、どっちがいい?」そして、キッチンへと歩いていった。

 「さっき紅茶飲んだからコーヒーで」ローガンが言い、「あ、俺も同じやつで…」アルトが言う。「ん」とだけ返事をして、ルイースは食器を準備し始めた。

 「二人はどういう知り合いなんだ?」待っている間にアルトがローガンに聞いた。

 「ん?彼女が賞金稼ぎバウンティハンターになりたての時に色々面倒を見たんだ。戦い方を教えたり、一緒に仕事したり…、ちょうど今のお前みたいな感じだな。彼女の場合は空手はやらなかったから、基本の動きだけ教えて、後は武器の使い方を教えたり、ツテをいろいろ紹介したりな。それで今はルイースも独り立ちして、よくいっしょに仕事をする仲間って感じよ」

 「よく、ね」三人分のコーヒーを持って、ルイースが円卓に戻ってきた。

 「…まあ、最近はフリッツと二人の仕事が多かったかな。あとはアルトとアズサと仕事に行ったりね、そういうのが」

 「フリッツ。あの男は輪をかけて連絡をよこさないね。こっちから連絡しないと全く音沙汰がない」

 「あいつはそういう感じの奴だから…」

 ルイースがコーヒーを一口飲んだ。

 「で、そっちの子が噂の人狼?」ルイースがアルトを見て言う。

 「ああ。アルトです、アルト・ヴォールグ。よろしく」アルトは右手を差し出して、握手を求める。

 「はいはい、ルイース・キルスタインよ。改めてよろしく」そう言ってルイースは握手に答えた。ちょっとイライラしてるけど、案外いい人そうだな、とアルトは思った。

 「あなたのことはアズサから聞いてたわ。確かに、獣の耳に、目もちょっと動物っぽいかな…、それ以外は普通の人間て感じか。なんかほんとに漫画みたいな特徴ね」ルイースがアルトの顔をじっと見つめる。

 「飛び入りだけど、仕事はちゃんとする。足は引っ張らないよ」ルイースの期待に応えるように、ピコピコっと耳を動かしながら、アルトが言った。

 「動かせるのね、それ…。戦い方はローガンに教わっているんでしょう?だったら腕を疑う要素はない…、けど、貴方もカラテで戦うの?」

 「え?ああ、うん、空手で。武器は使わない。今日もローガンとサイバネ空手の稽古だった」

 「筋がいいぜ、こいつは。おまけに野生の感覚も備わってる」ローガンがアルトの肩を叩く。ルイースは鬱陶しそうにそれを見る。

 「苦手なのよね、格闘家ってのは。すぐ相手に突っ込んでいくから、援護するのが大変で。アズサなんか特にそんな感じで…、あの娘は何か、生き急いでる感じもするしね」

 「ははは…、アズサよりももっと突っ込んで行くかも、俺」アルトの耳が気まずそうに下を向く。

 「…どいつもこいつも、それも賞金稼ぎになりたての奴が…。"師匠せんせい"はそのあたりどう考えてるの?戦うだけならわざわざ肉弾戦なんかしなくても、他に方法はいくらでもあるじゃない。なんでわざわざ危険なのを教えるのよ」

 「う~ん、空手を教える理由か」

 アルトもローガンの方を向いて、彼の答えを興味ありげに待っているようだった。

 「さっきアルトにはちょっと言ったが…、肉体だけじゃなくて精神性も鍛えることができるっていうはあるよ。ドラッグやらなんやら、この街には誘惑が多いけどさ、自分の体を思い通りに動かせるようになるほうが、本当はずっと楽しいし、健全なのさ。健全な肉体に健全な精神は宿るというやつだ。それに、体一つが戦ったほうが案外安全なんだ。感覚が研ぎ澄まされてな。ここまで踏み込める、ここからはもう危ない、っていう感覚。後はまあ、ロクデナシどもを直接殴るのは、気持ちが良い…とか?」

 「ふうん…まあ、なんでもいいけど、死なないように戦いなさいよ。余計なお世話だろうけど…。で、この三人でやるの、ローガン?」

 「いいや、これからダナのところに行く」

 ルイースが顔を歪める。「だから貴方達、わざわざここまで来たのね。ダナか…あのイカれ女…」

 「ダナ?聞いたことないけど、情報屋か?」アルトがローガンに聞いた。

 「ああ。裏世界に詳しい情報屋で、この辺りに住んでんだ。あんまり教育には良くないキャラの奴だな」そう言いながらローガンは、ダナのプロフィールと顔写真をアルトに送信する。

 「この街に住んでから、教育に良いような人にはほとんど会ったことないけどな」送られた情報を確認しながらアルトは言った。

 「レッドアイス絡みって言ったら、確かにダナが詳しそうね。行きましょう、コップは流しに置いといて」

 はーい、と男たちは返事をした。ルイースは奥の部屋に行き、出立の準備を始めるようだった。

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