まな板の鯉
ドオーン、ドオーン
ドオーン、ドオーン、バラバラバラバラ
低く大きく響く音と、一定の感覚で瞼の裏をチカチカ染める光に意識が浮上する。
手も足も胴も、縄か何かに縛られて、太い何かにくくりつけられている。
手も足も頭も胴も、痛くない箇所を探すのが難しいほどズキズキと鈍く痛んで生きていることを主張している。
ヒューウウウウウ...
瞼を上げると、暗闇。
しかしすぐにぶちまけたようなカラフルな光が辺りを照らす。
ドオーン
どうやら俺は神社の朱色の鳥居に縄で括り付けられているらしかった。
お祭り1日目の夜の花火が、山の上にある神社からもよく見えていた。
出鱈目に派手な光が暗闇を彩っては消えて行く。
どうやら俺の発作的な自殺は今回も失敗に終わったらしい。いつもそうだ、ことが失敗に終わり頭が覚めていくとあの焦燥感も不安感も、打ち上げ花火のように突然消えてしまうのだ。
そうして自殺未遂など他人事のように実感なく、目の前で、山の下から嘘みたいに打ち上がっている花火を見ていた。
花火は一瞬で場違いなほど眩しく大きく夜空を彩り、次には暗闇と、余韻を残して消えていった。
アリタと追田さんは近くで何かを話していた。
アリタの表情は見えなかった。反対に追田さんの表情は花火に照らされてよく見えた。
それは俺が、3日間とはいえ一緒に過ごした中で見た表情のどれとも違う。
あけすけな彼に似合わない、感情の起伏を抑えたような表情だった。
普段なら高らかに笑って上機嫌で見ていそうな花火を、まるで観測装置のように目で追っていた。
とても祭を楽しみに来て、人を楽しませようとしている人間には見えなかった。
そしてその顔が突然俺に向けられた。
「起きたんか、川原川原ァ!!」
朗々とした声は花火の音ももろともせずよく響いた。
今日のお昼に自殺未遂をして、今は何故か神社の鳥居に括り付けられていて、そしてその全てを知るであろう2人に、流石になんと言っていいかわからなかった。情けなかったし、焦ったし、すごくすごく恥ずかしかった。
しかしアリタは、優しくもなんともないダミ声で
「飲むけ!?飲んだらあかんのんけ!?もう走ってかんけ!?」
とボテボテとこちらへ近づいてくる。
追田さんも、いかにマンドゥ屋が俺のせいで大変だったかを力説しながら縄を解いてくれた...と思いきや俺とアリタの足首にガッチリ縄を巻き直し、
「これでもう走って行けへんな、へんな!!」
と、笑った。
打ち上げと称し、山中で酒を注がれる。
なんとなく気恥ずかしくてさりげなく逸らしていた視線を上げると、鮮やかな黄色の歯をちらつかせて笑うアリタと、酒をあおる追田さんがいた。
何も聞かない2人に申し訳なさと、心地よさを感じる。
自分のことすらわからない俺だけど、もし今後2人に何かあったら俺はこうして酒を飲もう。こっそり誓ってから、3人で酒を飲んだ。
「ほな、俺もう行くから」
しばらく酒を飲んで花火を見ていると、追田さんが立ち上がった。
「ほれ給料や」
追田さんはアリタと俺に茶封筒を渡してきた。
俺は流石に受け取れなくてなんとか返そうとしたのだが、追田さんは、
「俺の親切心ごと、もろとけ!!」
とどこか投げやりに言い放った。
しかしその声には理屈ではなく、”受け取らねばならない、ずっと昔から給料をこの男から受け取る運命は確定づけられていたのだ”と感じさせる謎の説得力があり、
結局俺はホクホクと胸に人生初の給料をしまってしまった。
それが追田さんと交わした最後のやりとりになった。
追田さんと別れ、朝までアリタと酒を飲んで一緒に山を降りる。暑くて重たい地上の空気の上に金色の朝が降ってきていた。
タバコ屋に行くと、ちょうど朝刊が置かれていた。何気なく目を向けると、よく見た顔と目が合った。
発砲事件、一人死亡。男一人を現行犯逮捕。
そこには目に不穏な光を灯し、不敵に笑う、美術品のように整った顔の、追田さんがいた。
A man of 住所不定無職 長谷サン @Hasesann
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