祭の喧騒と無我夢中な男

昼過ぎから始まった祭に朝の静寂はかき消された。


俺は無我夢中で食材を買ったり炒めたり包んだり焼いたりと忙しなく動いた。少し前ならありえない運動量に体がびっくりして汗を噴き上げたが、

なぜだか俺なんかが作るマンドゥとかいう謎の餃子の焼きあがるのを待っている人がいることがどうしようもなく嬉しくてはしゃいでしまう。



嬉しかった、はずだ。


俺なんかが、キモくてダサくて情けない俺なんかが他人を喜ばせると言わないまでも、他人にとって何かの役割を担っているなんて、


嬉しいはずだ。






アリタは存外子供から好かれるということがわかった。


アリタは普段社会に存在する分にはアル中で自分を諦めている、目を逸らしたくなるような中年男性だが、

屋台でどっかりと腰を下ろすとそんな姿がよく映えた。



少し横柄で、しかしおおらかなその態度はなるほど近所のちょっとおもろいおっさんという感じがした。



朝鮮学校は結構な偏差値の特進クラスがあるらしく、今日土曜日も模試で制服を着た生徒がたくさんいた。



「ボーイズビーアンビシャス!ボーイズビーアンビシャスやで、お前ら!」


自分より遥かに偉い生徒達にマンドゥを手渡しながら、何やらクラーク博士の名言を使って激励している姿は滑稽だ。しかし何とも気持ちがいいおっさんだ。



俺も汗を拭ってアリタの作ってくれたレモンサワーを飲む。何だこれ、焼酎が濃い。


濃いめの焼酎を割るぱちぱちと弾けて喉を焼く炭酸、酸っぱくて爽やかなレモン、氷がたっぷりでキンキンに冷えたサワーはこの祭を凝縮したような清々しさだ。



皆が楽しみに来て、楽しませている。3日前の会話を思い出していた。

ここに来る人は皆笑顔で、楽しそうで、


そして俺は訳のわからない焦燥感を抱えていた。




——来る。



久しぶりの感覚に汗が引いた。足元が崩れ落ちるような、どうしようもない不安感に俺の心は濁っていく。


ここではダメだ、だってこんなに楽しい祭の最中なのに。



「怖いか?」


横からアリタの声が届く。

怖くはない。それだけは違う。


お客さんにお礼を言われる。違う。

だって俺には、返せない。お礼を言われたって、俺には何もない。俺は知らない。


ありがとうと言われて、体が硬直する。違う、怖くなどはないのだ。

不思議そうな視線を投げられて、怖いんじゃない。申し訳ない。


申し訳ない、ということは申し訳なくて申し訳ないという意味、そう、申し訳ないということだ。


反射で、商品を渡す手を引いてしまう。


来る——。

いつもの不安感だ。何も聞こえない、何も見えない。


不安で、不安だ。この不安感をどうすれば何とかできるのだろう。

どうすれば逃れられるんだろう。


死ぬしか、死ぬしかないのだ。死ぬ以外にこの不安から逃れる術はない。


何かが焼ける音と痛み、熱い。フラつく体を鉄板に手を置いて支えていた。

痛くて、安心する。



誰かに肩を掴まれて、誰かが何かを言っている。でも無駄だ、俺は今から死ぬ。死んで救われるんだ。


走り出した、この神社の石段から転げ落ちれば死ねるだろうか。


大丈夫だ、俺ならやれる。

今日なら死ねる。今日は、今日って、どんな日だったっけ。


石段しか見えない、無我夢中で飛び込むんだ。



これで、もう何も考えなくて良いんだ——。

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