咀嚼

「追田さんは、ヤクザなんですか?」



思ったままの質問を投げた。当然の疑問だ、だってあのチャカ、いやそうとは呼べない、何か未完成で半壊した自作銃を見たのだ。


ヤクザ以外で、暴発覚悟で(実際暴発した)自作銃?なるものを制作することが吉と出る立場が思いつかなかった。



恐ろしいはずだ、ヤクザという人も言葉も。


しかし、朝の、あの部屋だけ気温が下がったような、背筋が這い上がるような恐ろしさはすっかりなりを潜めてしまった。



こうして昼前の明るい屋外で話すヤクザの話題はどこか冗談めいていて実感が薄い。


そういう世界もあるのだろうなと、何も知らないのに勝手に納得してしまっている自分がいる。


それは、結局のところ追田さんを別世界の人間だと思いたくなかっただけかもしれない、

追田さんが何であれ、何食わぬ顔で受け入れてみたかっただけかもしれない。


追田さんは十中八九ヤクザだとして、何の為に銃を?そもそもどうしてヤクザに?


どうやってアリタと知り合った?

これは正直1番聞きたいことだったが、どうせアリタは公然猥褻が初犯ではなく、普通に懲役を食らって刑務所で仲良くなってとか、そんなだろうという憶測もあったし、

そもそも追田さんに聞かなくても良いことであった。




「俺はヤクザちゃうよ」



目の前から飛んできた声に顔をあげる。

追田さんはトラックの床を無表情で見ていた。




「ヤクザっていうんはな、人の心を想像せえへん、人の尊厳や守りたいもんや人生、全部無視できる、そういうバグった奴にしかなれへんねん。


他人の人生をめちゃくちゃにできる、


縋り付いて泣く子供の前で母親を殺す、息子のために土下座する母ちゃんの頭を息子の前で踏み抜く、


笑顔で嘘ついて何も悪ない、むしろ自分がお世話になったような家族を丸ごと不幸のどん底に陥れる、


自分らの行いで追い詰められて命を絶つ人の前で談笑する、


そういうことが平気でできる輩や。人情やファミリーやなんやなんて、そんなもんはフィクションの世界の出来事や。


俺は、ヤクザにはなれへんにゃ、俺のままではな。」



無表情で話す追田さんはゾッとするほど人形じみていた。

いつもは眉間に皺を寄せたり、怒鳴ったり大笑いしたり、睨んだり、企むように口角を上げたり、他人の反応なんてお構いなしに目まぐるしく表情を変える男が、


こうして何の表情もなしに話すと恐ろしいほど整った顔立ちに白い肌が、作り物めいた不気味な印象を与えていた。




俺は何も知らない。ヤクザも裏社会も何もかも映画の中の世界だ。

本当のことも、他人が見てきた世界も知らない。



普通の社会だって知らないのだ。

皆が当たり前に経験する社会を、俺は取りこぼして、年齢の割に何も知らない、どの世界からも取り残されたクソガキとも言えない年齢の社会のお荷物になった。


未だ居場所なんてない、ここにいて良いと言われた場所も、自ら掴み取った場所も何もない、何も知らない。




勝手だ、俺は年もさほど変わらない彼の不遜な態度に、どこか憧れている。ヤクザでも良かった。何かの夢を、追田さんに見ている——。



ブオオオオン!

突然トラックが急発進して強かに頭をトラックに打ち付ける。


焦って運転席を見るといつの間にか乗り込んでいたアリタがニカッっと小汚い笑みを浮かべてこちらを見た、鼻頭が赤く、顔も熱っている。



「待たせたな!ちょいと飛ばすでえええ!」


「わあああああ!アイツ!あいつ絶対アルコール抜けてへんて、止めろ止めろアリタアリタァア!!!」

「うわあああああ!?アリタ、ストップ!!」




会場に着く頃には、俺と追田さんは仲良くマンドゥをリバースしていた。

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