暗雲を喰らう部屋
それまでダラダラと俺と談笑し、売り物のビールに伸ばした手を俺にはたかれていたアリタはその破裂音にハッと顔を上げた。
「今の...」
「何の音?クラッカー?」
「違う、発砲音や!」
え?
隣の部屋から発砲音。
俺は思わず立ち上がると隣の部屋に走った。嫌な予感が、いや予感なんてものじゃない、もっとハッキリとした不安感が俺を襲う。
アリタもすかさず立ち上がろうとしたがあぐらをかいていた小太りの中年男性の動作はもたついている。
「追田さん!」
俺がドアノブを回そうとするも部屋の鍵がチンケながらに一応その役割を果たしておりドアを開けるには及ばない。
「どけ!川原!」
アリタが肩から扉に突っ込んできた、ラムアタックである。
薄い木製のドアは見事に破壊され、ギザギザとした割れ目から中の様子が垣間見える。
そこには苦い顔をし、床に膝をつきこちらを見つめる追田さんの姿があった。
勢いそのまま部屋に飛び込んだアリタはゴロゴロと転がりもたもた起き上がって追田さんに近付いた。
普段人を見下す態度の似合う追田さんは、アリタに見下ろされながら不機嫌そうな、いたずらがバレた子供のような顔をしていた。
彼が抑えている右手からはボタボタと血が滴り彼のスーツを見る間に汚していった。
彼の手で傷はよく見えなかったがテラテラと不気味に光る血が恐ろしく、ヒッと息が詰まった、グロい。
「人差し指が飛んでる、止血が要る。何か縛れるもの」
短くアリタに現状を伝えられ、縮み上がる体を叱咤して隣の部屋に戻る。
一つ隣の部屋には、相変わらず静かな日光が注いでいた。
輪ゴムを持って初めてこの部屋に入ると、そこは火薬と血のが混じった異様な匂いがした。
ぎこちない動作でアリタに輪ゴムを渡して辺りを見ると、足元には鉄のパイプとその他金属が不思議に絡み合った薄黒い塊が半壊した状態で投げられていた。
「触んなよ」
アリタに声をかけられる。
「それ多分、自作銃や」
「えっ」と短く驚きの声をあげてそれから距離を取った。が、実感の湧かない言葉にこれが危険なものなのか何なのかもよくわからない。
しかし俺の取った行動は正しかったようでアリタはまた手元に目線を落とした。
元々大して綺麗でもなかった服を追田さんの血液で濡らしながら追田さんの右手を押さえつけている。あれが止血というやつだろうか。
アリタの腕の中で追田さんはひっきりなしにうめき声を上げていたがアリタはそれに気を止める様子もなく止血を続けている。人命優先なのだろう。
俺はというと目の前で突如繰り広げられる映画のワンシーンのようなやり取りを何処か他人事のように見ていた。
なぜかこの場を光景としか思えず自分自身がこの空間でどのような役割を与えられているのかよくわからない。ただ、底冷えするような恐ろしさがまとわりついていた。
昼前、俺達は屋台道具を外に運び出していた。追田さんは包帯でグルグル巻きにされた右手以外すっかりいつもの調子を取り戻した様子で、変わらず無駄にデカい声でテキパキと指示を飛ばしている。
指が吹き飛んでそんな平気なことあるか?とは思ったが俺にはよくわからない。
「勝手に見んな、川原川原ァ!!」
俺の視線に気づき良く通る声で叱咤してくる。取り敢えず目を伏せて屋台を軽トラに乗せる、準備完了。
「おい川原、お前免許は持ってんにゃろなあ?」
軽トラの向こう側からひょこっと顔を出した追田さんに話しかけられる。
「や、持ってませんけど?」
「あ?...あ?」
「アリタは持ってるんじゃないでしょうか」
「アリタは燃料注入デバフ解消とか言うて酒飲んでたけどな、けどなあ」
「え?」
「...追田さんは?」
「右手の指なくなった当日にハンドル握れてか、アホかアホか」
「...」
——取り敢えずアリタのアルコールを近くのサウナで抜かせることにして俺たちはトラックの荷台に乗って待つことにした。
自分より高いところにある追田さんの顔をチラリと見る。2人きりになるのは初めてだ。きっと聞くべきなのだ。
多分、この人相手に何かを躊躇してはいけない。
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