祭りの前のあれやこれ
タバコの煙を抜ける。薄暗い部屋に差し込む日光が空中を舞う埃を照らし出し空間全体を鈍く輝かせている。
その部屋には、面積の半分を締める露店のようなものの骨組みや屋根があり、残りの半分の中央に簡易的な鉄板に網、それらを乗せる土台が置かれている。
部屋全体が油臭く、何となく落ち着かない。しかしそれは高揚感を与えていると言い換えることができる、そんな雰囲気だった。
「3日後、神社の祭りに出店する露天の1店をお前らに担ってもらう、その為にお前らにこいつの使用を許可する、許可する!」
ガツンと土台に片足を乗せた追田さんは射抜くような視線を俺とアリタに向けつつ口角を持ち上げた。声の大きい男だ。
...ん?
「3日後ですか!?俺料理やったことないんですけど大丈夫なんですかね?」
「今から練習して大丈夫にしろ、俺の屋台を使用さしたんねんぞ、ねんぞ?甘ったれたこと言わんとしゃかりき勉強しろ、勉強しろ!」
「ひぇえ...」
大丈夫だお前らのような鳥脳でも差し支えないようにレシピも動きも全部用意してあんにゃと追田さんはポケットから何やら紙を取り出し始めた。アリタは呑気に部屋の中を漁り回ってどこから手に入れたのか半分ほど空いた酒瓶になんの躊躇もなく口をつけている。
「で、お前らにやってもらうんは韓国式餃子の店や!店や!」
不敵という言葉が世の中で1番似合う笑みを浮かべた男は語尾をくり返す独特の話し方でA3用紙をバラリと広げた。
そこには整った字でマンドゥというらしい韓国風餃子の作り方、当日の食材の量や準備、屋台のレイアウトに、シフトや導線に至るまであらゆる全てが描かれていた。
思わず凄いと口にすると、当然やと何故だか不機嫌な視線を向けられた。
「ここの祭りやけどな、朝鮮学校の前のスペース、道路より内側入ったとこが使用許可出たんや。んで、急いで朝鮮風の屋台出せる人間探してんけどまああんまりおらんでな。このマンドゥとかいうんは特殊な道具のいらん、普通に屋台で使てる鉄板があればできるし料れる奴さえおったら店は出せるってことでな。アリタ、川原、お前らに頼むっちゅうわけやわけや。」
「ええやんけ、可愛い姉ちゃんが来るかもしれんしなあ?それに、」
「俺は祭りっちゅう言葉がいっちゃん好きなんや!」
「おう、皆が楽しむ為に参加して楽します為にやってんねやからなやからな!!!」
「声デッカ!」
「そういうわけでお前らお前ら、どうせ行く当てないんやからここに泊まり込みでマンドゥ作りや!ちゃんと3食マンドゥが出るで出るで!」
そこからは怒涛のマンドゥ生活であった。
その間追田さんは例の爆発部屋で何やら作っているようであったがちょくちょくこちらを覗きに来てマンドゥの出来を確かめては、怒ったり褒めたりとしていた。火薬の匂いはもちろん連れていた。
追田さんは指導者として俺達に的確に物を教える一面もあったが、あくまでそう振る舞っているというだけで基本的には苛烈な人物のようであった。
ひょんなことで激昂して声を荒げたり爆笑したり、馬鹿みたいなことで張り合ったりと何処までも人間らしく、人間臭い。
口よりも手が、いや足が先に出るこの男にマンドゥを食わすのは毎度恐ろしい出来事であった。
しかし愛嬌とは無縁に見えるが不思議と憎めないこの男に、俺は結局もっと良いマンドゥを食わせたいと改良に励むのであった。
アリタと過ごす夜も心地良く、追田さんからのお小遣いを発泡酒とスピリタスに変え2人で追田さんへの文句をあれやこれやと並べては好きな女やプロレスの話をしていつの間にか眠りについた。
久しぶりに一日一にちが他のどの日とも違う、昨日や一昨日と確かに違う確立された日々であった。
そして2日間にわたって行われる祭りの始まりの当日の朝、パンッという聞き慣れない乾いた破裂音が隣の部屋から聞こえた。
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