俺の世界を壊した日

静かな木造密集住宅地の一角で、空一面の星を思わせるガラス片が、自分に降ってくるのを見上げていた。窓ガラスであった透明の破片が、煙塵の中で閃光を受けてキラキラと瞬く様子は実に幻想的だった。

バラバラと降り注ぐ細かいガラスが髪や皮膚に張り付いて、輝いた。




「わー!追田さん大丈夫かあ!?」


アリタがアパートの割れた窓に向かって下から声をかけるのを聞いて我に帰る。あまりの出来事に一瞬混乱し脳が美しい情景を描いていたが最悪の状況だ。


追田さんとは、アリタ知り合いなのだろうか、嫌な予感がする。


「あそこの部屋に仕事依頼してくれた人がおるはずやねんけどなあ、無事かなあ」

ほら来た、依頼人だ。やばい奴が紹介してくる人物はやはり例に漏れずやばい人物だ。





しばらく呑気に立ち上がる煙を見ていたがそろそろ助けに行くべきか否かという相談をアリタと始めたところで窓から人影がこちらを捉えた。


「ボサっと見てんと助けに来んかい、アリタアリタァ!」



驚くべき声量で俺たちを一喝しキツく鋭い視線を俺たちに向けているのは、恐らく追田さんだ。


彼はそのまま窓から飛び降り、下の階の室外機に器用に体をぶつけて勢いを殺すと地面で柔道選手のような前回り受け身をキメて、乱れた服を整えながら何食わぬ顔をしてこちらに近づいてくる。



顔を見ると全体的に与える印象は「厳つい」であるものの、小さい頭にスラリとした鼻筋を持ち陶器のような肌をしている。威圧的で爛々とした瞳はどこまでも人を煽るものではあるがその顔面を美しく彩っており、素晴らしく整った男だった。

しかも近づいて見ると年若い。アリタの口ぶりや彼のアリタへの態度から勝手におっさんだと思い込んでいたが。



自分が年齢の割に社会も知らないガキ過ぎて大人の年齢を言い当てることは苦手なのだが、恐らく俺とそう年は変わらないのだろう。


にも関わらず追田さんがこちらに視線を寄越すと有無を言わせない迫力がある。


「どうも、アリタさんのお友達の川原です!」

気がつくと結構ガッツリ頭を下げて挨拶をしていた。パラパラとガラス片が地面に落ちる。

友達という単語がするりと出てきたことに心臓が跳ねたが、



ああ、と気のない返事を俺の頭上に投げると追田さんはそのままくるりと背を向け元のアパートの方に歩き出した。俺とアリタも直ぐに後をついていった。



「さっきの爆発何してたん?」

「ちょっと料理に失敗してな、してな」


アリタの問いかけに相変わらずシレッと追田さんは返したが彼から漂う火薬の匂いが明らかに料理で失敗したのではないことを物語っていた。


だとしたら何に失敗したのか——そこはあえて聞かないことにした。

アリタも何も聞かなかった。


ヤバい匂いが鼻腔を通り抜けた。




追田さんが俺たちを案内したのは先ほど爆発していた部屋の隣の部屋だった。


彼の蹴破るような乱雑なドアの開け方が、アリタのふかすシケモクで霞む視界が、何かが始まることを俺に告げていた。



俺の世界が変わるなら、きっとその瞬間は突拍子もなくてやばくてめちゃくちゃで、砂嵐の中に放り込まれるような、引き摺り出されるような、そんな心地なのだ。

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