第10話 学年一のプレイボーイ


「これにて、入学式を終わる。解散!明日からは授業が始まる。事前に郵送したタブレットだけ持参しろ。」



松風透一のくぐもった声が体育館に響き、すべての入学生に自由が与えられた。

この後の予定はもうなくなったのだ、千歳高校に入学して一日目は入学式をして終わりなのだそう。そのあとは自由時間だ。


校内を探索するもよし、そのまま直帰するもよし、はたまた事前に発表されていたクラスのメンバーと親しくなるのもありだ。

俺は佳奈、まどか、桜白、満知、早紀、風香の六人からの告白を受けた身であることを危惧しながら周りを見渡した。


すると、すごい勢いでこちらに向かってくる人影が一つや二つでなく、集団でなだれ込んできたのだ。



「こんにちは、僕は宗田そうだまなぶ!学って呼んでください。あなた方とおなじAクラスなので良かったら仲良くしてくださいね。実は入学試験で一度会ってるんですよね!」


学と名乗るは男は人雪崩のなか一番に佳奈の前にたどり着き簡潔にまとまった自己紹介をした。丸メガネが似合うなかなかのイケメンである。



「ふふふん。アンタごときがねぇ…お話していいお方たちじゃないのよ彼女たちは!わかってる?学?

あたしはさっき自己紹介をしていた学の幼馴染、篠木しのき大和やまとよろしく朝日佳奈さん…そして七瀬まどかさん。花山院桜白さん。黒瀬満知さん。水瀬早紀さん。佐竹風香さん。皆もよろしくね」



そして学の後に自己紹介をした女の子はボーイッシュな雰囲気を漂わせている。たぶんソフトボール部だ。

いや、偏見はよくないな。まぁ印象の問題だから大目に見てほしいものなのだが。



「ちょっと、二人だけ挨拶しててずるい!わたしもまぜてよ」


と二人の間に割って入るかのように明るい声が俺の耳に届く。



「私だって佳奈ちゃんの大ファンなんだよ。今日から推しが増えちゃったけど…」



「ふふっ。悪かったわね、来夢。ちょっと興奮しすぎちゃったみたい」



恥ずかしそうにそっぽを向きながら来夢もといオタクっぽさにじみ出るこの女の子に謝罪をするのはおそらくソフトボール部の女子。

その後もヤンデレ美少女たちに対する挨拶は後を絶たないものの、俺へのあいさつなど一つもなかった。誰一人として俺のことなど眼中にないといった感じか。


彼女たちの人気と自分の人望のなさに打ちひしがれていると、一人の女の子が俺の方に向かって笑顔を向けた。


「あの…もしかして、伊都君、だよね?ってもしかしなくとも伊都君だよね?」


自信なさげな声音でそうつぶやく彼女は中学時代同じクラスだった女子だ。

名前はおそらく吹雪?だったか。同じ委員会に所属していたこともありそこそこの中であった気がする。


中学時代は眼鏡をかけた地味な印象を受ける女の子だったのだが、その風貌は変わり果てていた。地味目な印象を受けていた一因であった眼鏡はその姿を消し去り。美しく整えられていた艶めく黒髪はド派手な金髪へと変わり果てていた。


…これが高校デビューというモノか。


変わり果てた彼女はすかさず俺の腕に彼女のたわわに実った2つの果実を押し当ててきた。桜白ほど大きな果実ではないものの俺の心を震わす物体であることに変わりはない。俺は緊張してその場で動けなくなってしまった。


「伊都君!久々だね!!」


なんて明るく話しかけてくる彼女のあいさつにも緊張で上ずった声音で


「うん」


と返すことしかできなかった。

これは俺が童貞だなんて関係がないだろ。関係ないから!!


荒ぶる俺の心臓はドクドクと脈打ち、吹雪さんの言葉など耳に入ってこなかった。



「伊都君がこの学校にいるなんて!ほんとにわたしついてるな。また3年間よろしくね?」


「あっ、ああ。よろしく…な」

 

そんな会話とも言い難い俺と彼女のやり取り。だがそれすら許してくれないのが俺の育ててしまったヤンデレ美少女たち。

彼女たちは俺が女の子と会話をしている姿を見るやいなや、あいさつに来ていたあまたの学生たちを振り払い、俺の元へと駆け寄ってきて俺の腕に2つのそれを押し当てる彼女を威嚇し始める。


「…ねぇ。あなたもしかして中学一緒だった吹雪さんですか?」


牽制交じりのジャブを打って出たのが国民的美少女佳奈だ。彼女は顔に笑みを張り付けながらもその額には怒りの血管が浮かび上がっていた。



「そう、だよ。久しぶりだね佳奈ちゃんも。」


余りの勢いにたじろいて見せる吹雪さん。笑みの裏にあふれ出る邪悪なパワーを感じ取ったのか、一瞬のうちに彼女の額には冷や汗が浮かび上がっていた。

佳奈一人でも十分な剣幕、もとい恐ろしい笑顔で彼女に詰め寄っているのだが、そこにいつも笑顔の自称小悪魔まどかが加勢する。


「ぷく~。それにしても気が付かなかったよ~。まどか一度あった人の顔はぜ~ったいに忘れないのに!吹雪ちゃん変わったね?昔はいーくんに話しかけることなんて出来なかったのに。卒業式の日にはいーくんの学ランのボタンもらったりしちゃって!

……欲張りすぎじゃない?」



いつも明るくふるまっているまどかの顔に陰りが見える。ワントーン下がった彼女の声音は静かに、だが確実に怒りを含んでいた。

それを聞いて吹雪さんの体が小刻みに震えだす。


…俺も十分その気持ちがわかる。彼女たち二人に詰め寄られるだけでお化けや怪獣など歯が立たないほどの恐怖感を覚えるのである。



「あら、ふたりとも彼女に詰め寄りすぎですわ。やさしく、だけど丁寧に教えてあげましょう。その体に…」


「…私も協力する。人間が感じる痛みの最大を教えてあげたい」


「もー。早紀ちゃんはいつもやりすぎちゃうんだから。おねえちゃん感心しないぞ!でも爪と肉の間に針を差し込むぐらいしても、だれもきづかないよねー」



まどかの後に続いて登場した3人は何やら物騒な会話を展開している。

もうやめてくれ。これじゃあ中学の時と同じだ。俺がまたボッチになってしまう。彼女たちに囲まれてろくなことは起きないんだよ!だが…そんな彼女たちにしてしまったのは俺だ…。ヤンデレ育成などと言う愚行を犯したのは紛れもない過去の俺だ。どうすればいいって言うんだよ!!


今にも失禁してしまいそうな2つの果実ちゃん…ではなかった。吹雪ちゃんの様子を見て、さすがの俺でも彼女たちを止めに入ることにした。


「…まってくれ!彼女はさみしかっただけなんだ!誰だって高校入学初日は知り合いに話しかけたくなるだろ?だから彼女を責めるのはやめてあげてくれ」


これが俺にできる精一杯だった。だがこれ以上ない最高の一手。誰を悪者にするわけでもない完璧な物言い。これで彼女たちが引き下がることを期待したのだが、いつも通りヤンデレ美少女たちは俺の想像もつかないくらい恐ろしい。



「ふーん。庇うんだ。どこの誰かもわからない子を伊都は庇っちゃうんだ。わたし知らないわよ」



恐ろしく冷たい声音。すかさず俺も失禁しそうになるほど恐ろしい微笑。彼女たちの先陣を切るのはいつも佳奈だ。そんな様子の佳奈を見て思う。やはり俺は彼女たちにかなわない。


「…ごめん。俺が悪かった。庇ったつもりはないんだ。ただほんとのことを言っただけなんだ」



「もう、遅いです」



佳奈はいつも通り恐ろしい笑みを張り付ける。そしてほかの4人にアイコンタクトをとった。そんな佳奈の目に浮かんだのは涙のようで、ほか4人はそれぞれなにやら目薬らしきものを気付かれないよう目に差し込む。



「私たち、伊都に告白したよね?」


「いーくんまだ返事してくれてないよ!!」


「わたくしたちの告白にはまだ返事をくれないって言いますのに」


「ほかの女の子とイチャイチャするんだ…」


「浮気者だねーお姉ちゃん許せない」


息を合わせたかのような連携で一人一人が言葉を紡ぐ。それはもともと計画していたのか、突発的な行動なのか今となっては確かめようがない。ただ一つ言えること、それはまたもや俺がはめられたという事実。


ヤンデレ美少女たちの目に浮かぶものは涙、そして涙の理由は俺。

周りにはたくさんの人だかり。


言い逃れもできないほど俺は悪者だった。


間髪入れず周りの女子たちは彼女たちを慰めようと駆け寄り。その場にいた男子は俺を蔑むような眼で見つめていた。

皆口々に浮気者と俺を責め立てる。


「うーわきーものー」


一人の男が手を叩きながら周りを掻き立てる。それにつられ一人また一人とドミノのように波状する俺への「浮気者」コール。


「うーわきーものー!」



「うーわきーものー!!!」



そのコールは瞬く間にその場にいた全員を飲み込んだ。誰もが俺を責め立てる、事情も知らないのに俺をののしり、蔑む。


…ああ。俺はいつまでたっても変わらない。いや、変われないのだ。その運命は誰が決めるのか。そんなものは決まっている。彼女たちだ。


5人が泣き止むまでやむことのなかった浮気者コール。それは俺をこの学園で一人ぼっちにするには十分すぎる理由で、きっとまた中学の頃のように俺は一人での暮らしを強いられるのだろう。自分で蒔いた種。誰も悪くはない。俺が悪いのだ。


経てして俺は今日この日。学年一のプレイボーイ。古今東西探しても見当たらない浮気者。俺にかかわる女子は全員食い物にされる。といった根も葉もないうわさと不名誉な称号が学校中に響き渡ることになってしまった。


学年一のプレイボーイ?女子とまともに話せない俺が?


古今東西探しても見当たらない浮気者?それは事実かもしれない。


俺にかかわる女子は全員俺の食い物にされる?童貞の俺が?そんなことできるなら童貞などやっていない。



どれもこれも根も葉もない戯言だが、噂に真実など必要ない。それを受け取る側にしてみれば面白ければそれでいいのだ。


そして翌日登校するころには、誰もが俺を警戒し、しゃべりかけてくることはなかった。ヤンデレ美少女たちを除いて誰一人として。


俺が助け舟を出した吹雪さんでさえ俺の目を見るなりすぐさま逃げて行ってしまう始末。彼女の容貌は中学の頃に戻り、眼鏡に黒髪だった。奴らに何かされたのかその目はおびえ切った様子。


これから始まる希望に満ちた学園生活など夢のまた夢。みんなで楽しむ文化祭。ともに汗を流す体育祭。ありとあらゆる知恵をめぐらす研究会。そのすべてが俺の妄想へと変わっていったのだ。その事実を俺は受け止め切れない。


ああ神よ。できるなら、時間を戻してくれ。それも小学生の時に。俺が愚かな間違いを起こす前に。


学年一のプレイボーイなどというあだ名がつかない平凡な学園生活を送ることの出来る平和な世界になるように。


どうか、時間を巻き戻してほしいものだ。



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ヤンデレ育成を現実でしたら嵌められた 班目眼 @pauma

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