第9話 嘘つきは泥棒猫の始まり
「お~い、いーくん。ぼぉ~っとしすぎだよ!もうすぐ入学式始まっちゃうんだからね」
十年前の出来事を思い出していた俺を現実へ引き戻したのはまどかの言葉だった。気が付けば俺はすでに入学式の席に座っていた。
何とも無意識というモノは恐ろしい。意識をしていなくても自分の足が勝手に動いていたからだ。だからこの席順も無意識のうちだった。
右隣に佳奈、左隣にはまどかが座っている。その先には桜白、満智、早紀、風香が並んでいる。だからか周りの男子からの俺に対する視線が痛い痛い。ちくちく刺さってくる。
ホントやらかした。初日から中学校の時のようになるなんて。
だから俺は一度だけ冷静になるためにお手洗いに行こうと席を立ったのだが、唐突に誰かが俺の服の裾をつかんだ。振り向くとそこには佳奈がいた。
「ん?どうした佳奈?」
疑問に感じて佳奈に尋ねるも、当の本人はつんと明後日の方向を向いて俺と目を合わせもしない。
普段の佳奈ならばこんなにも幼い行動は取らないはずだ。何か理由があるのかと思い、尋ねてみることにした。
「どうかしたのか?」
するとその少女は小ぶりな口を開く。上目遣いでな!!
「伊都。私に何か隠し事してますよね。顔見てるとわかるよ」
「うっ…い、や?何もしてないよ。作戦なんて考えてないよ」
「えっっ…あれ。作戦?私一言も作戦なんて言ってないですよ。やっぱり隠し事してたんだね、……ほら伊都の顔どんどん青ざめて行ってるよ」
いやいやいや。なんで俺が隠し事をしているとわかるんだよ。
俺が考えていたこと、別に作戦といえるほど大それたものでもないのだが、中学校の二の前にだけはならないための計画というかそれだけだったのだが、隠し事といえばそうだろう。
やっぱり佳奈はすごいな。
佳奈の洞察力に関心を寄せていたその間にも俺のほうを見る彼女の視線は厳しいものになっていく。
「観念してその作戦とやらの詳細を教えてください」
上目遣いを行使しながら俺に顔を近づけてくるヤンデレ美少女に俺は観念した。
ここで逃げたとしてもどうせ詰め寄られると理解したからだ。
俺は観念して席に座る。そして隠し事の内容を話そうと口を開いた。
「…わかったよ、言うよ。言えばいいんだろ。だからその目はやめてくれ。ちょっと怖いよ。」
そして俺は、先程考えていた隠し事の正体を話した。少し怒るだろうか?心配して佳奈の顔を覗き込むと、俺の予想とは裏腹に、佳奈は泣き出してしまった。
ポロポロと端正な顔立ちの彼女から溢れ出す雫は、一滴一滴赤く染まったほおを伝うようにして、流れ落ちる。
鼻水を啜る、グスッグスッと言った物音もやはりこの体育館の中では響きすぎる。
「どど、どうしたんだよ佳奈?」
側から見れば女の子を泣かせいている、クズ男といったところか。
あまりにも外聞が悪すぎる状況に俺は焦りを隠しきれなかった。
やはり、怒ってしまったのか。それとも、他に理由があるのか。しばらくの間考えるのだが、俺が思いつく正解はおそらく間違っている。
だから、俺は周りの目を気にしながらも最大限に配慮した頭なでなでという技を披露した。
結局のところこれが1番いいんだよ。なんだかんだ泣き止んでくれるし。
自分の浅慮を恥じながらも、佳奈の髪がくしゃくしゃにならないよう、髪の流れに沿って佳奈のロングヘアーに指先を通す。大切なのは言葉じゃなくて行動だ。未来ではなく現在だ。今を乗り切るにはこれしかない。
俺だって自分の行動が痛いことなんてわかっている。だからお前ら、俺の方に殺気を向けている男ども。その目をやめろ、やめてくれ。怖いんだよ!
まずは、佳奈の涙を止めるのが優先ってだけなんだ。
だから…
「なぁ。あいつどう調理してやろうか。佳奈ちゃんを泣かせやがったぞ」
「煮付けなんて、いいんじゃないかな?じっくり火を通しながら、じわじわ…な」
なんて物騒な会話はやめろぉ!
俺に聞こえるほどの大声で喋る男2人に気がついてくれたのか、佳奈は頭を上げる。
「ごめんね。伊都。なんだか、目にゴミが入ったみたいで、そんな時は涙を流すのが1番だから、ね。
泣いてみたの。でも、伊都が頭撫でてくれるなんて。案外悪くないものですね。ふふっ」
佳奈が口を開きこの言葉を発した瞬間。俺の中の時は止まったように感じた。
「…おまッ、ふざけんなよ…どんな気持ちで俺が。」
佳奈が今まで取っていた行動すべてが演技だとわかったからだ。さすがは女優、演技の出来栄えが違う、とかそんなことではなく。俺は彼女に騙されていたことに少なからず苛立ちを感じた。
「ふふっ、おふざけが過ぎました。ごめんね。
だけどね、ちょっと角が立ったんです。私の好意を無碍にする発言に、ね。」
この女。やはり俺の置かれている状況を知らない。どんな気持ちで俺が佳奈を慰めたのか知っているのだろうか?
たしかにその場を凌ぐためだけの、頭なでなでだったが、その代わりに、他の理由から恨みを買うことになったんだぞ。
俺が佳奈をキッっと睨みつけるも、彼女は顎に人差し指を置いて、
私わかんない。
とでも言いたげな顔をしている。
そんなこんなで、俺はまたもや男の敵を増やしただけの結末を迎えた。
しばらくすると、前の方からマイクを通し、そのせいかくぐもった大きな声が聞こえた。
「はいっ!おしゃべりはそこまで。静かにしろ。それでは入学式を始める。まあ司会である俺の自己紹介はいらないだろう、と言っておきながらも一応はしておく、お前らの学年主任であり、Aクラス担任でもある
松風透一と名乗る男のあまりにも礼儀を欠いたあいさつの仕方に、新入生はあっけにとられている。ところどころヤジを飛ばしているものも見受けられる。
ヤジのほうが非常識だろうと思うのだが…まぁそこは置いておいて。
彼はそんな新入生のヤジを意に返さず淡々と司会進行を続ける。
「それでは、校長先生のあいさつからだ。姿勢は一応正せ、礼はしたくない奴はしなくていい。うちの校風は自由主義だからな。それでは校長先生の話だ」
「あ…はい。皆さんこんにちは校長の
そこまで言って、校長は一息つく。ステージの演台の端の方に置かれている水に手を伸ばしながら、反対の手では禿げきった光る頭に手を当て困ったように後頭部をこする仕草を見せた。
「う~んとそうですね。この学校についてですが、基本的には学期ごとに二回ほど行われるテストで基準を超える点数を取っていただければ、出席日数など足りていなくとも進級については問題ありません。ですがクラス分けについては問題が出てくる可能性もあります、基本的にわが校のクラス分けは優秀な人からA、B、C、D、E、Fと上から順に振り分けていく伝統ですが、各テストごとの順位によってクラスが変更されるのです。上のクラスの下位8人と一つ下のクラスの上位8人のクラスが変動します。
ここまで、学校説明で無駄に時間を取りましたが、何が言いたいのかと言いますと、出席日数が足りていなくとも、どれだけあなたたちが非行に走ろうとも、優秀な成績を収めてくだされば、それで問題はない。ということです」
ガラガラな声をマイク越しに響かせるうちの校長が言っているクラス分けについて、これは仕方のないことなのかもしれない。俺は、膝の上に広げていた入学資料に目を向ける。
国からの支援金を受けて設立している千歳高校の教育カリキュラムは優秀な人間とそうでない人間を徹底して差別化することによって成り立っている。
らしい。
成績がすべてのこの高校ではA、B、C ...と上から順に授業の質が変わってくる。それに、選択できる科目も変わってくる。つまり生徒一人一人にかける金の量が変わってくるということだ。
入試の点数によって、選べる授業の幅が広がることは知っていた。
だから俺はプログラミングの教育を高い水準で学ぶために入試で500点を取るつもりで勉強してきた。
このように俺は目標をもって千歳高校に入学したのだが、この高校にこれほどの差別意識があることは知らなかった。基本的には優秀な人材が集まる千歳高校だ。自分の能力を過信したもの。自己顕示欲が異常に高いものなどいろいろである。だから学力による差別意識が生まれているのだと思うが……ん?
無意識のうちに深い思考の渦に巻き込まれていたようで、静井と名乗る校長先生が俺のヤンデレな幼馴染やヤンデレ美少女たちの名前を呼ぶことに気が付いていなかった。
考え事をするときによく行ってしまう癖で両眼をを覆い隠すように顔に置いていた右手をふとおろすと同時に彼女たちが自分の席を起立しステージの上に上がっているのが目に映る。
いつの間にか禿げきった頭の校長先生の姿は見えなくなり、壇上には五人の美少女が列をなして並んでいるだけである。その姿は一人一人が一本一本の細く少しの衝撃を加えれば折れてしまいそうな花…。いや華に見えた。
「これより、入学試験主席であったこの6人に挨拶をしてもらう。この6人は千歳高校創立以来、はじめての入学試験満点者だ。彼女たちの話を心して聞くように」
あまりにも態度のでかい、司会者。松風透一は先ほど名前を呼ばれてステージ上へと入場した、佳奈に一本のマイクを渡す。
そして、俺の幼馴染は入学の祝いを話し始めた。
「春の息吹が感じられる今日、私たちはこの都立千歳高校に無事入学できたことを心からお喜び申し上げます…なんて堅苦しい挨拶はやめましょう。業に入っては業に従えというからね。司会の先生もあんな口調だったのです。私たちも真似をさせてもらうとしましょうか?
入学試験を主席合格しました。
朝日佳奈です。」
「そしてその隣の私ね!小悪魔が世界一似合う女の子こと、七瀬まどかだよ!よろしくね。」
そうして順々に彼女たちは自己紹介をしていく。
「
「
「はぁい、黒瀬満知で~す。気軽に満知とか満知お姉ちゃんとかよんでね~」
「えっと、この流れ僕も自己紹介するのかな。佐竹風香だよ//。あはっなんだか恥ずかしいな!」
こうして5人全員の自己紹介が終わるのを横目で眺めていた佳奈は再び自分のターンだとでも言いたげに、潤った唇を優美に反発させた。
「本来ならば私たちの言葉は、あらかじめ用意したこの薄っぺらい紙に書かれた堅苦しい挨拶を一説ずつ復唱してつまらない時間を皆さんに与えるそんなものだったんです。だけどねそんなもの辞めにしたの。つまらないでしょう?
だから、私たちの愛する彼に送る言葉にしちゃおうと思います。
そっちの方がみんなにとってはつまらないかな?」
会場が佳奈の一言でどよめき立つ。こんなあいさつ前代未聞なのだろうが校長含め先生たちは止める気配などみじんも感じさせない。
「ぷく〜。も〜。佳奈ちゃん一人でしゃべりすぎだよ。ずるいなホントに。
まどかにもしゃべらせてよね!」
プンっと唇を尖らせる仕草と手を上下に揺らす運動で怒りを表現しながら、小悪魔が世界一似合う女(自称)が言葉を紡ぐ…ように見えたのだが、その隣の桜白が唐突に横槍を入れる。
「はい!ストップですわよ。まどかさん貴方も十分にしゃべったはずです、その続きは
「――――それを言うなら、桜白もしゃべりすぎ…その続きは私から言う。」
「はいはい、落ち着いて!みんなせっかち過ぎるぞ。だけど僕も言ってみたい気持ちはあるな。恥ずかしいけどな」
桜白→早紀→風香の順でマイクは一巡をする。
壇上では一本のマイクをめぐる争奪戦が行われていたのだ。
そこで今までしゃべっていなかった満知が割って入ることにしたようだ。
「はいはい~。皆素直になろうねぇ~。結局みんなが何を言いたいのかというと、『私が彼にあらためて1番に告白したい!』これだよね~当然私もおんなじ気持ちってこと!一緒に言おう。マイクは使わずに自分の声で、ね?」
彼女が壇場の空気を整理したことにより先ほどから他のことを考えていてぼぉーっとしていた俺の思考とやらも霧が晴れたようにクリアになった。そのため今の状況に頭が追い付いたのである。
あれ?さっきから彼女たちは「彼」に告白するとか何とか言って喧嘩をしていたよな。
その「彼」ってもしかしなくとも俺なんじゃないか?これってやばい状況だよな!??こんなにもたくさんの目がある入学式という場で五人の完璧美少女から告白なんてされてしまえば俺は間違いなく中学校の時のように周りからはぶられてしまう。
俺は心の中で突発的に焦りだすも、今この場からできることは何一つない。
ただ祈るしかないのだ、彼女たちが俺の名前を出さないでくれる限りなく低い可能性に賭けるしかないのだ。そんな中桜白だけが、何やらムズムズと身悶えしている。
「わたっ、わたくしは、彼に告白をしたいだなんて思ってもいませんわ。貴方方もこの場での告白はロマンに欠けると思いませんの?やめた方が賢明かと。けっ、決してわたくしが、この場で告白するのが恥ずかしいとかそんなこと言ってるのではないのですよ!!」
俺はそんな彼女の言葉を聞きながら勢いよくパイプ椅子から立ち上がってしまいそうになった。困った時の神頼みが薨じたのだろうか桜白はそんなことを口にし始めた。
「またまたぁ。桜白ちゃんそんなこと言っても顔は真っ赤だよ!いつも冷静な桜白ちゃんはどこへいったのかな?」
まどかは桜白を煽るような口調と声音で彼女に指摘をする。
「へっ!?いやですわ。わたくしが焦っているとでも?やめてくださいな。私は今も冷静ですわ!」
「それはない。桜白は焦ってる。」
桜白の否定を後も簡単に切り捨てる早紀。
流石に桜白が不憫になってきたのだが、ここで諦められて仕舞えば俺が困る。頑張ってくれ桜白!
と喝を送ったのだが、桜白はとうとう根負けをしたようで、わかりましたわ。私もこの場で決心します!そう言って告白をすることに同意を返してしまった。
やっぱり神様は頼りないらしいが、神以外何に頼ればいいのか?
ギシギシと鳴るパイプ椅子に体重をかける。お願いします。神様!!どうかどうか…
俺の目には壇上にいる六人が同時に口を開いたのが見えた。そしてヤンデレ美少女たちは佳奈が言った「せーのっ!」という掛け声に合わせて
「伊都」
「いーくん」
「伊都さん」
「さかき」
「い〜と」
「坂城君」
6人全員が俺の名前を呼びながら、
「世界で一番君のことが好きぃぃぃぃぃぃ」
実に簡潔で無駄のない告白をして見せた。
そのあとの会場のざわめきは説明するまでもないだろう…
大半のものは彼女たちの告白に呆気に取られ開いた口がふさがらない様子だ。
だがあるものは俺を目の敵にし、あるものは満足げな笑みを浮かべていた。
そして壇上から退散した佳奈、まどか、桜白、満知、早紀、風香は俺の方を見てしてやったりというような顔をした。
ああ、またもや俺は嵌められてしまった。
高校に入学して一日目、さわやかな春の息吹に揺られる俺は不安定な軌道のまま長い長い三年間という不確かな道のりへの一歩目を踏み出した。
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