第8話 「病的なハッピーライフ」というゲーム
俺が元にしたヤンデレゲーム。
その名も「病的なハッピーライフ」
という名のゲーム。この作品のキャッチコピーは
幼馴染しか友達のいない俺が突然他の女友達を作り始めたら幼馴染がヤンデレ化⁉︎
だった。もはや買わない理由もなく、即座に購入したのだが、驚いたことにこのゲーム幼馴染がヤンデレになるまでが主題となっているゲームであり、初めのうちはヤンデレなど存在しないのだ。
しかしこれが「病的なハッピーライフ」をヤンデレゲーム界隈のNo.1ヒット作にした所以たるところ。
あの頃のヤンデレゲームは、監禁されたところからゲームが始まったり、元々ヤンデレだった女の子が主人公を困らせたりなどのストーリーそして、ゲーム内容はサウンドノベル形式か脱出ゲームのようなものが多く最初からヤンデレなヒロインがテンプレだったのだ。
そんなヤンデレゲーム界隈に一石を投じたのが「病的なハッピーライフ」だったわけ。幼馴染がヤンデレになっていく過程を見ることができるのだ。
とにかく面白かったので、俺は狂ったように数個のエンディングを1日で拾った。
このゲームのストーリーを大まかに説明すると、主人公が幼馴染以外の女の子とだんだん仲良くなっていく現状に耐えられなかった幼馴染は段々とヤンデレになっていき、最後には…というバッドエンディングが二つきちんとしたハッピーエンドが一つ
そしてシークレットエンドが一つだった。
そしてこの作品を十分にプレイした俺は唐突にしかし鮮明に理解したのだ。「病的なハッピーライフ」の主人公は幼馴染のヤンデレ化に成功しているということに。小学生の頃男の友達がおらず、佳奈しか友達のいなかった俺の状況にもこのゲームの主人公と通ずるものがあった。全て偶然なのだ。誰に用意されたわけでもない、ただの運命なんだ。そこに誰かの手が加えられたなんてあるはずもない。
そこから俺の育成計画は始まった。
今ではヤンデレ好きを語るには避けて通れないとさえ言われているゲーム「病的なハッピーライフ」を元にした本格的な育成がスタートしたのだ。
まず作戦の決行に必要不可欠な存在。美少女幼馴染。そんな夢のような存在は幸いといってよいのかわからないが身近にいたため特には困りもしなかった。
そして俺が仲良くする幼馴染以外の女友達。彼女たちもラッキーなことに自ら俺の方へ寄ってきてくれた。そう、まるで前世の俺が徳を積んだとしか考えられないほど全てがうまくいってしまった。
後悔はしている。だが、ここまでの説明でわかるように、俺の当初の計画は、幼馴染の朝日佳奈。一人だけをヤンデレにするはずだったのだ。
その計画に異変が生じたのはいつ頃だっただろうか?
やはり、女友達として接してきた彼女たちが俺にあからさまな好意を寄せてきた頃だろうか。
俺には…まだ解明することができていないんだ、いつ頃から計画が狂ったのかわかっていないんだ。
大方のヤンデレ育成計画の実行理由を思い出し終えて…自分の行動がどれだけ不誠実で無責任なものだったのかを身に染みて感じた。
そうだ、俺は最低なことをした。まだ確証はないが、佳奈の脳内スイッチを作ってしまったのも恐らくは俺の責任だ。
だから、俺はその責を放り投げてはいけない。
ああそうだよ。投げてはいけないんだ。
あの時の気持ちを思い出せ。
佳奈と初めて出会った頃は、そんな邪な気持ちなんて抱いていなかっただろう。
自分のことを好きになってもらおうなんて塵一つの気持ちも持ち合わせていなかったと断言できる。
ただ仲良くなりたかった。それだけだ。
…だったはずだ。
そう、それは10年前…
「本日から、坂城さん宅の隣に引っ越してきた朝日です。どうぞ、ほんの少しの気持ちです。粗品ですが受け取ってくださいな!」
引越しの挨拶に来た、朝日家の母親であろうマスクをつけた人物は目元だけでもわかる。美人だ。
そんな女の人の後ろに隠れるようにして、へへっなんて、無邪気な笑顔を作って笑ってみせた女の子。その子が朝日佳奈だった。
「可愛い…」
初対面の女の子。だけど、その姿は口では形容し難いほどに
「あれっ?私の娘のことを言ったのかな?
正直な子だね。この子は佳奈っていうの。君の名前は何なのか教えてくれるかな?」
「えっと。あの…坂城伊都で、す。」
少し照れ臭く手を頭の後ろにやって頭をかく。そんな俺の動作を、興味深そうに見ていた朝日佳奈は少しだけ目を見開くと小さなかわいらしい口を開いた。
「これからよろしくね!伊都君//」
「うっうんよろしくね。佳奈ちゃん」
透き通るような佳奈の声音。自然にある何もかもを透明にしてしまいそうな美しい声。佳奈の声に魅入られ呆然と立ち尽くす俺を見た母さん。そんな俺の姿を見ながら少し口角を上げて見せる。
「この子ったら、初対面の子を名前呼びだなんてませてるわね、ごめんなさいね佳奈ちゃん」
「そんな。あっ、あのわたしも伊都君のこと名前で呼んじゃったから…」
「佳奈ちゃんはいいのよ。かわいいから何でも許しちゃう。」
「いやいやそれを言ったらお宅の伊都君だって十分かっこいいじゃないですか!」
母さんは先ほどの不敵な笑みのまま俺を出汁に使って朝日家の方々と親睦を深めていた。
そのあとは俺たち子供のことを放っておいて主婦間での世間話に勤しんでいたので俺と佳奈は少しだけ会話するのだった。
「なんで佳奈ちゃんはこの街に引っ越してきたの?」
「う~ん。ごめんねそれは内緒って言われたから言えないの」
「そうだったんだね。ごめんね変なこと聞いて。でも悪気はなくてちょっと仲良くなれたらなって気持ちからだったんだ」
「ううん、全然気にしてないよ。ところで伊都君は友達っている?」
佳奈に悪気はないのだろうが、その質問に俺は少し傷ついてしまった。
その当時小学校にに通えていなかった俺にとってその質問は少し答えにくいものがあったのだ。しかしそんな現状を変えるため、佳奈と仲良くなるためにあえて真実を話すことにした。
「い…ないよ。その僕ちょっとだけ空気?ってものが読めないらしくて、いじめられちゃったんだ。だから小学校にもいってないし友達もいないよ、だから…ぼくと
――――――友達になって下さい。」
勇気を振り絞って言葉を伝えたが、こうしても断られたことは何度もあった。
え~伊都と友達?いやだよ!
なんて答えられたこともあった。だけど友達が欲しかった当時の俺は佳奈に頼んだ。
ありったけの勇気を振り絞ってお願いした。すると佳奈は俺の顔をまじまじと見つめて。
「私もね、友達いないの。だから一緒だったんだ。
でもね、今友達ができたよ。伊都君っていう友達ができたよ!」
満面の笑みで俺が最も欲しかった言葉をかけてくれた。
その言葉だけで俺はこの子のことを…。
それが俺と佳奈との出会いだった。
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