第8話
時は過ぎ、七月の半ば。梅雨が明け、本格的に夏が訪れた。
灼熱の太陽が容赦なく照りつける河川敷、広大なサッカー場。その全面に作られた、いくつもの少年用サッカーコート。
『市長杯』の栄光を勝ち取るため、朝も早くから集まった市内の全てのサッカークラブが、熱戦を繰り広げていた。
『妖怪』と『工事』から解放された一ヶ月の間。市内の少年サッカークラブは、全てを取り戻すかのように、この日のために練習に打ち込んだ。
繰り広げられる熱戦。本部席のテントの下。穏やかな笑顔で眺める市長、喜怒哀楽の激しい谷崎。二人並んで悲喜こもごもに、だが晴れやかな表情で、子供達の戦う姿を見守っている。
谷崎に無理矢理引きずり出されたコムをはじめとする藤建設の一同は、逆に無理矢理乗り込んだかのような大応援を繰り広げていた。榊原から釘を刺されたのか、怒声ながら爽やかな応援に徹する屈強な男達は、見た目は異様だが大いに会場を盛り上げていた。
そして――榊原の姿は、そこにはなかった。
夕焼けに染まる、藤建設の事務所。椅子の背に体を預け、榊原は大きく伸びをする。軽く肩を回し、煙草に火を付けた。
電話が鳴る。会場からコムが熱戦の様子を伝えてきた。『山手』、市長の孫のチームは五位と無冠に終わったが、悔しさを噛みしめながら凛とした孫の顔に、市長も目を細めていたそうだ。
「若、ちょっとまって変わり――」
「おじさーん!!」
電話口から聞こえる甲高い叫び声。優作だった。
三位に入っただの、勝った負けたシュートを入れただの、自分の試合の様子を、たどたどしく、だが事細かに教えてくれる。榊原は口の端を少し上げて笑った。
「ねぇ、おじさん」
「なんだ」
「こんどこそ、しあいをみにきてよ!」
榊原は顎をさすりながら、ゆっくりと煙草の煙を吐いた。
「――ああ、いいよ。凄ぇシュート、期待してるぜ」
受話器の向こう。絶叫に近い歓喜の声が聞こえた。
電話を終え、机を離れる。窓を開け、煙草をくわえる。長く吐き出した煙は風に流され、赤みを帯びた空へと溶けていった。
開け放たれた窓から、さらりと流れ込む風。眩いほどの窓の外から流れ込む風は、しがらみにも似た室内に漂う埃や光の差さない陰に沈積する闇をぐるりと掻き混ぜていく。外の世界と中の世界。決して交わることは無かったその境目を。
今、明日檜(あすなろ)の風が取り払っていった。
明日檜(あすなろ)の風 速水俊二 @hr_sunfish
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