ファイナル・カウントダウン

 年末の仙台は寒い。寒いと煙草が美味い。俺は仙台駅の喫煙所でラッキーストライクを味わっている。その姿を人に見られるのは嫌だなと思うけど、結局のところ他人に見られてどう思われようと些細なことに過ぎない。俺にとって重要なのは喫煙所の外から視線を寄越している鈴の瞳にどう映っているかということだけだ。

「悪い。待たせたな」

「いいよ。煙草吸ってる四季を見てるだけで楽しいから」

「なんだそれ」

 仮にもプロスポーツ選手だしやっぱり禁煙すべきかなとも思うけど、鈴がこういう風に言ってくるのもあって意志が固まらない。まあ禁煙については後でゆっくり考えよう。

 仙台を訪れた理由は年末年始を実家で過ごすためで、横に並んで歩いている鈴を連れてきた理由は彼女を家族に紹介したかったからだ。一緒に帰省しようと誘うと、鈴はまるで結婚するみたいだねと恥じらいもなく言った。俺も将来的にはそうなったらいいと思う。俺の仕事は家を空けて鈴をひとりにしてしまうことが多いのが不安だけど、それでも上手くやっていける自信を掴んでそうしたいと思う。

 駅前でタクシーを拾ってふたりして乗り込む。車内ではFMラジオの番組が聞こえていて、リスナーがリクエストした音楽を流していた。カウントダウンの季節だからという理由でヨーロッパの『ファイナル・カウントダウン』が選曲されて俺は思わずふふっと笑ってしまう。

 実家より先に向かった場所は菜桜の墓だった。俺は真っ先に鈴と妹を会わせたかった。ふたりで墓を掃除して手を合わせる。そして少し緊張している自分の存在を見つける。菜桜は俺と鈴を祝福してくれるだろうか。

「今日は俺の大切な人を連れてきた。菜桜と同い年だよ。きっとこれから辛いこともあると思うけど、ふたりで乗り越えていこうと思ってる。だから見守っていてほしい」

 俺は菜桜への思いを馳せてから鈴にも挨拶するよう促した。きっと親友になれたはずのふたりがようやく出会う。

「初めまして。四季さんとお付き合いしている伏田鈴です。四季さんはかっこよくて優しくて、私なんかが彼女でいいのかなって思うこともあるけど、菜桜さんの大切なお兄さんを支えられるように頑張ります。応援してくれたら嬉しいです」

 鈴は白い息を吐きながら真摯に祈ってくれた。これなら菜桜も認めてくれるんじゃないかと思うし、そうであってほしいと思う。

「たまに不安になることもあるけど、そういう時にはどうか力を貸してください。四季が美人の女子アナに取材されて嬉しそうな時とか」

「おい」

 お前は人の妹の前で何を言ってるんだ。

「本当に傷ついたんだからね」

「悪かったよ」

 そんなに喜んでないだろと思いながらも俺は謝る。愛する人を悲しませてしまったならそれは完全に俺の責任だ。とはいえ謝れば解決するとも限らなくて、例えば謝る俺を見た鈴が四季は悪くない私が全部悪いごめんなさいと言って自傷行為に走ることもあるから難しい。でも俺たちはそういう難しさに少しずつ慣れることができていると思う。そんなことも含めて菜桜に報告したかった。

「まあ、どうにか楽しくやれてるよ。もうあれから11年も経つけど、やっと菜桜の兄として恥ずかしくない自分になれてきたかなって気がする。まだまだ足りないものばかりだけど……でも少しずつ自信を持って……菜桜が…………菜桜が憧れた未来を……………………生きて……………………る……………………って…………………………………………」

 もう言葉にはならなかった。俺は慟哭した。冬の墓地に叫びが響いている。今まで墓とか仏壇に向かって泣いたことは無い。それらは菜桜を弔う場所であっても菜桜本人ではなかったからだ。けれどもそんなことを言ったら菜桜はもうどこにもいない。俺はその事実を知っていても向き合ってはいなかった。もっと早く向き合うべきだったし泣いてしまうべきだった。溜め込んだ悲しみにすがることで菜桜の存在を忘れまいとする俺を解放しなきゃいけなかった。それができなかったせいで俺は大きく歪んでいる。その歪みはもう元に戻らない。けれどもまっすぐに愛してくれる人がいるから安心して泣く。俺と菜桜は兄妹だからひとりが死んでも強く繋がっているけど、どこかのタイミングで必要だったさよならの気持ちをありったけに込めて泣く。

 しばらくして俺は泣くことに満足して、かつての菜桜と俺のために必要な分だけ泣けたことを悟る。もう大丈夫だ。俺は鈴の隣でこの瞬間の地面を踏みしめている。きっともう菜桜を考えて泣くことはない。そうやって過ごすままならない現実の中にも幸せがある。

「行こっか」

 歩きだすと鈴に抱きつかれた。ふんわりした温かさと力強い柔らかさと太陽みたいに優しい匂いが俺を包む。俺はその全てを決して失わない。ここで起きた出来事はいつか必ず思い出になるけど、この確実な感覚をいつまでも感じ続けてみせる。鈴は生きていて、俺も生きている。だからそんなに難しくはないはずだ。

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モップアッパー 平都カケル @umauma_konbu

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