22. エピローグ

「無理だって言っていたこと、俺には出来たぞ」


 燈夜はフェンスにもたれ掛かり、雲一つない青空を見上げる。


「初めてお前に勝てた気がするよ」


 誰もいない学校の屋上。

 だが彼は誰かに語りかけるように話し続ける。


「やっと、それも少しだけだ……。

 でも俺は、確実にお前を超えれたんだ。だからさ――」


「燈夜ー!」


 なにか言いかけた燈夜の元に一人の少女が駆け寄ってくる。

 今日もまた、彼が落ち着くことが出来たのはわずか数分だった。


「桜嘉か……って、そんなに左腕を動かして大丈夫なのか!?」


 数日前に起こったイーステミスでの魔法災害。

 桜嘉はその際に翼の魔獣による攻撃によって左腕を骨折していた。

 にもかかわらず、彼女は燈夜に向けて大きく腕を振っている。


「だいじょぶだいじょぶ! あの後軍の人たちが到着したでしょ?」


「その時に治してもらったってことか?」


「そういうこと!」


 燈夜が翼の魔獣を倒した後、残りの魔獣はイーステミス軍の主力部隊によって掃討された。

 またこれは彼らが後で知った事なのだが、当時イーステミスには防衛部隊しか残っていなかった。

 つまり今回の甚大な被害は、他の部隊がどこかに出払っていたために起こってしまったと言える。


 そう、甚大な被害である。


「ここまでやられたとはいえ、守り切ったあたり流石イーステミスってところか……」


 燈夜は眼下の街並みに視線を移してつぶやく。


 イーステミスの美しい景観は破壊され、戦いによる真新しい傷跡がまだ残されている。

 それはルノロア魔法学園も例外ではなく、一部の教室や建物にも被害が及んでいた。

 とはいえ数週間もすれば、イーステミスの街並みはほぼ元に戻せるというのが国の発表だった。


 魔法によって壊された町は、魔法によって再び元の姿に戻される――。



 魔法技術の最先端を行く国、イーステミス。



 燈夜にとって二度目の災厄は、強大な国の力、そして他ならぬ彼自身の「力」によって最悪の事態を免れた。


「もう帰って休んだらどうだ? 明日からしばらく学校もないんだろ?」


 優秀な魔導士は町の復旧に追われることになる。

 これは国民としての義務であるため半ば強制である。


 魔法学園の教員といえどそれは例外ではない。

 もっと言えば教員ということは、それだけ優秀な魔導士であるということである。

 復興が終わるまでの数週間は臨時の休校となることが、つい先ほど生徒たちに告げられたばかりだった。


「燈夜こそ帰らないの? レイナ先生が念のため早く帰るように言ってたはずだけれど……」


「俺はもう少ししたら帰るよ。病み上がりのケガ人はさっさと帰れってことだ」


「それを言うなら燈夜だって……」


「おれは軽傷なんだからいいんだよ」


 桜嘉はぶつぶつ文句を言いながらも、従うように屋上のドアへと手を掛ける。

 だが彼女はその場で立ち止まる。


「ねえ燈夜? 本当にあの後なにも無かったの?」


「……まぁな」


 彼は何度も聞かれた問いに対し、また同じ答えを返す。


 燈夜が翼の魔獣と戦った際、彼が使った魔法の事を知っているのは意識のあった琴音だけだった。


 魔力が見える特殊な眼と同様に理解の出来ない魔法、そして謎のオラシオン。

 燈夜はこれらの事実をどう扱うべきか悩み、行き詰っていた。


「ふぅん……。やっぱり怪しい……」


 彼女は目を細めて燈夜の顔を見る。

 だが鬱陶しそうに睨み返してくる燈夜からは話を引き出せないと感じたのか、諦めたようにため息を吐く。


「まぁいっか……。燈夜の空好きは今に始まったことじゃないし、待ってても日が暮れそうだから私は帰るね?」


 彼女はそう告げると屋上を後にする。




 響き渡るドアの音。

 が、嵐のような少女が居なくなった屋上に、再び静寂が訪れることはなかった。



 燈夜から流れ出した青い粒子が彼の隣に集まっていく。

 やがてそれは人の形となり、光が弾け飛ぶ。


 背中を覆うように揺れる銀髪。

 そして空色の瞳。


 まるで最初から居たのではないか?

 そう錯覚させられるほど自然に佇む一人の少女。


「主様はまだ帰られないのですか?」


「さっき言っただろ。もう少しだけだ」


「分かりました」


 会話が止まる。


 燈夜はオラシオンを拾ってからというものの、突然現れるようになった少女と短い会話を交わす毎日を送っていた。


 今日もいつも通り、またすぐに消えるのだろう。

 そう考えていた彼だったが、この日はどうも違うようだった。


「晴れた空がお好きなのですか?」


 燈夜はなにも答えない。


 いや、彼はどう答えたらいいのか分からなかった。

 それは言葉を選んでいるというわけではない。

 以前までの彼ならすぐ答えを導き出せていたにも関わらず、今回に限っては何故か彼自身にも分からなかったのだ。


 そのため燈夜は曖昧に、けれども正直な気持ちをそのまま口にする。


「嫌いじゃない……と思うよ……」


「……そうですか」


 また会話が止まる。




 彼女はしばらくの間並んで空を眺めていた。

 おかげで満足したのか、いつものように粒子となって燈夜の体へと消えていく。


「さて、俺もそろそろ帰るか」


 燈夜は空から視線を外し、屋上を後にするべく一歩足を踏み出した。

 だが不意に立ち止まって目をつむる。


 彼は振り返らないまま一言だけ言い残すと、今度こそ地面を踏みしめて歩き出した。








「――だからさ、飛鳥。今度はお前が俺を超えてくれ」

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いつか夢見た、あの空を ~魔法に翻弄された少年はただ願う~ さくら紫水 @sakura_shisui

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