午前二時の証明

帝亜有花

BLUE SHIELD

「うう、ここは・・・・・・どこだ?」


 僕が目を覚ますと、まず真っ白い床が目に入った。

 体を起こすと他に二人の女性と、一人の男性が横たわっていた。

 勿論、この三人に面識は一切なく、何故僕がこの空間に居るかも分からなかった。

 取り敢えず、僕はまだ眠っている三人を起こす事にした。


「あのう、もしもし・・・・・・」


 僕は一番近くに居た男性に声を掛けた。

 だが、彼の様子を見て、すぐに息絶えているという事が分かった。


「ひぃっ、し、死んでる!」


 彼は首に細めの縄で首を締められていた。

 顔色に血の気は無く、目は白目をむき、余程苦しんだのか首には爪で引っ掻いた跡があった。


「な、なに?」


 僕の声に気が付いたのか、女性二人も目を覚ました。


「きゃああ、何? 死体?」


「あの、これ君達が?」


 僕は恐る恐るそう女性に尋ねた。


「そんな訳ないじゃない! そもそも誰よこの人。ここはどこなの?」


 どうやら、彼女達と僕は同じ境遇に置かれているらしい。

 全く知らない所に、全く知らない人物、そして横たわる全く知らない男の遺体。

 僕は取り敢えず警察を呼ぼうとポケットの携帯を探した。

 だが、僕の手はただ空気を掴むだけだった。

 無い、携帯が無い!

 それならと、部屋の扉から外に出て公衆電話か何かでと考えたが、この部屋が異様な事に初めて気が付いた。

 その部屋の壁は歩けばすぐに辿り着いたが、三百六十度見回せど見回せど扉が一切なかった。

 そして壁は青色の半透明なガラス素材になっていて、外の様子は全く分からなかった。


「何だこれ、どうなってるんだ? 俺達はここから出られないのか?」


 僕はドンドンと壁を叩いた。

 だが、その壁は強化ガラスか何かなのか、頑丈でそう簡単に割れそうになかった。


 僕はもう一度良く遺体を見た。

 そして、遺体の傍には一枚の紙切れが落ちていた。

 それを拾い上げると、そこにはこう書かれていた。


『この部屋に居る者の内、一人がこの男を殺した。その犯人が分かればここから出る事が出来る』


 何だよこれ・・・・・・。

 僕はそう思いつつもその紙切れをそっとポケットにしまった。

 何故ならば、僕が犯人ではないのは確かなのだ。

 人殺しなんてする訳がない。

 余計な疑いをかけられずに、自然に二人を探った方が得策だと考えたからだ。

 そして僕は早速二人とコミュニケーションをとることにした。


「取り敢えず、皆でこの部屋から出る方法を考えないか? まずはお互いに自己紹介から。僕の名前は前田 武まえだ たけしだ」


「あたしは橋本 直美はしもと なおみ


 橋本さんは髪も茶髪で派手な服でパッと見て遊んでいそうな二十代位の女性だった。


「初めまして、宮原 梓みやはら あずさです」


 宮原さんはここで初めて声を出した。

 橋本さんとは反対のタイプで地味で大人しそうな女性だった。

 年齢は二十代後半から三十代前半といったところだろうか。


「まず、この仏さんの事なんだけど・・・・・・、二人共本当に知らない?」


「知らないわよ! こんな所で死体と一緒に閉じ込められるだなんて最悪!」


 橋本さんはぷりぷりと不機嫌そうに言った。

 気持ちは分かる。

 僕だってこんな遺体と一緒に閉じ込められたくはなかった。

 ああ、早く帰りたい。

 早く家に帰って録画してあるお笑い番組でも見ていたい。


「んん・・・・・・そうですね、過去に会ってないかお顔を良く拝見しましたが、やはり見覚えがないですね」


 宮原さんは男の顔をじっと見た後そう言った。


「そうですか・・・・・・」


 これはいきなり困った。

 二人共知らないなんてどっちが犯人かなんて分かる訳がないじゃないか。

 僕は名探偵の孫でもなければ姿を子供に変えられた高校生探偵でもなんでもない。

 ごくふつーーーーーのサラリーマンなのだ。

 だが、一つ分かっている事は、二人の内、一人が嘘をついているという事だ。


「じゃあ、ここに来る前はどこに居たか覚えてますか? 僕は品川駅を歩いていたところまでは覚えているんだけれど、そこから先は記憶が無くて」


 僕は宮原さんの方を見た。

 すると宮原さんは続いて口を開いた。


「日本橋辺りを歩いていました。私も突然気を失って気が付いたらここに」


「どこに居たかなんて覚えてないわよ。何でそんな事言わなきゃならないのよ。もしかして、あたしの事疑ってる?」


「いやいやいや、そんな事ないですよ。僕は少しでも何故ここに皆が集められたかを知りたくて」


「だったら別に構わないでしょ、場所なんて覚えてないわ」


「わ、分かりました」


 ダメだ。

 僕はそもそも警察でも何でもないんだ。

 尋問とか向いていない。

 僕はもう一度男の遺体を良く観察した。


「ふむ・・・・・・」


 首元には細めのロープ、首元に残るロープの痣、このロープで殺されたのは間違いないだろう。

 服装は僕と同じ様なスーツ姿、きっと彼もどこにでもいそうなサラリーマンだったの違いない。

 勇気を出して男のポケットの中をまさぐったが、やはり何もない。

 身分を証明出来るものがあればまだ良かったのだが。


「あなた、そんな死体なんか見てどうする気? 気持ち悪っ! そんな事より、ここから出る方法でも考えたらどうなのよ」


「あはは・・・・・・」


 僕は精一杯の愛想笑いをした。

 まったくもって橋本さんの言う通りだ。

 だが、これが今の所脱出への近道なのだ。


「あのー、この中で警察とか病院の人とか居たりします? この人いつ死んだのかとか、分かりますかね?」


 藁にもすがる思いでそう言った。

 もう、ここから出られるのなら藁だろうと猫の手だろうと、犯人だろうと構わない。

 ついでにポロッと自白でもしてくれたらとっても助かる!

 幸い、二人共女性だ。

 逆上して襲われたとしても何とかなりそうな気がする。


「んー、そうですね、警察でもお医者様でも何でもありませんが、触った感じ結構冷たいですし、亡くなられたのは随分と前なのではないでしょうか?」


「ええっ! さ、触ったんですか!?」


 僕は宮原さんがいつの間にか遺体に触れていたのに驚いた。


「良く平気ですね・・・・・・」


「はい、段々と慣れてきました」


 慣れるものなのか!

 僕だって直接触れるのは物凄く躊躇うというのに。

 遺体を見ても検視官でもない僕には何も分からない。

 それよりも、彼女達を細かく観察した方がまだ良いのかもしれない。

 しかし、ここは慎重にいかないと、きっと気持ち悪がられるだろう。

 セクハラがどうのとか痴漢がどうのとか、本当に肩身が狭い世の中だ。


 さて、まずは橋本さんだが、身長は僕より少し低いくらいだから百六十五センチくらいだろうか?

 髪型は茶髪のロング、体型はとてもスレンダーで、もっと食べたほうがいいんじゃないかと心配になるくらいだ。

 服装は派手なピンクのキャミソールに、ショートパンツ、そしてゴージャスな金色のサンダル、おじさんは目のやり場に困る格好だ。

 そして、手足にはキラキラとカラフルなネイル? と言うのか? 最近はそんなのが流行っているんだろうか?


「えーと、橋本さんのその手の爪、凄いね、それって本物の爪なの?」


「これ? ふふん、おっさんにも分かる? このセンス。結構頑張って伸ばしたんだよね」


「へぇー、もう少し良く見せてもらってもいいかな?」


 爪には花の絵やら蝶の絵やらが描かれていて、これを塗るのにどれだけ時間が掛かるのやらだ。

 彼女は爪を褒められたので気を良くしたのか僕が自由に手を眺め回しても文句を言わなかった。

 随分と綺麗な手だった。

 苦労した事のない手とはこれを言うに違いない。

 手の指も、掌も、手の甲も・・・・・・ん? 肌の色と同化してよく見えなかったが、手の甲に絆創膏が貼ってあるようだ。


「その手、怪我でもしたの?」


「こっ、これは! 昨日彼氏の家の猫に引っ掻かれて・・・・・・、別にいいでしょそんなの」


 そう言って橋本さんは怪我をした手を隠すように引っ込めてしまった。

 どうやら、機嫌を損ねてしまったようだ。


 さてさて、次は宮原さんを観察してみよう。

 身長は橋本さんよりも低めで百六十センチくらいだろうか。

 髪型は黒髪で肩くらいの長さ、体型はなんとこれがいわゆるボン・キュッ・ボンである。

 服装も白のシャツにグレーのスカート、白いパンプス、清楚な雰囲気なのがまた良く、別の意味で捕まえたくなる。

 僕のハートを盗んだ罪で僕の家に終身刑でどう?

 なんちゃって。


「私の顔に何か付いていますか?」


「ああっと、何でもないよ、何でもない」


 おっと、ついじっと見詰めすぎてしまったようだ。

 とにかく、宮原さんはかなり真面目なタイプのようだ。

 爪だって橋本さんとは真逆でかなり短く切り揃えられている。

 そしてそっと体の前で組まれた手も美しい、ああ、言っておくが僕は決して手フェチとかではないから。


 大体二人を観察してみても、特に怪しい所がない。

 所持品を出してもらえば何か分かるかもしれないが、僕やこの遺体同様にすべて没収されている気がする。

 ここまで何も分からない自分が悔しい! 一応いいとこの大学は出ているのに!

 無駄に良い記憶力だけあったって、犯人なんて推理出来っこない。

 ここはもう、彼女たちの良心に賭けるしかない。

 僕は苦肉の策であの紙切れを彼女達に見せる事にした。


「あの、実はさっきこの仏さんの横にこんな紙があったんだ。頼む、君達だって早くここを出たいだろう? どっちが犯人か正直に話してくれ」


 彼女達は僕の持つ紙切れを読むと急に顔色を変えた。


「助けて、前田さん! 私は殺してない、だから橋本さんが犯人よ」


 宮原さんは僕の後ろに隠れそう言った。


「はあ? 何言ってんの? あたしじゃねぇし、ていうか! そのおっさんだって、あんただって十分怪しいっつうの!」


「白々しいわよ、私、あなたが犯人じゃないかって、ずっと怪しいと思ってたの」


 ああ、これは失敗したな。

 二人の言い争いは激化し、聞くに堪えない。

 僕は今までの事をよくよく思い返した。

 そして、僕は気付いてしまった。

 ああ、犯人は――――。

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