エピローグ

 ムチャ達によって魔笛が壊された事により、町の人々は元に戻り、事件は解決した。


 あれから眠るように気を失ったムチャとトロンは、プレグ達によって宿に運ばれ丸二日も眠っていたが、三日目の朝に目を覚まし、町の食堂にて三日分の食事を腹に詰め込んだ。


「いやー、食った食った」

 ムチャはパンパンに膨れた腹を叩きながら、満足げな顔で口に楊枝を咥えていた。その隣ではトロンがまだアグアグとハンバーグを口に押し込んでいる。


「全く、心配していたらこの調子だもの……。あんた達って本当にタフよね」

 同じテーブルにはプレグとニパ、そしてナップの姿もあった。


「でも、二人とも生きてて良かったよぉ! 私本当に心配だったんだから!」

 ニパは涙目でトロンの裾にしがみつき、トロンはそんなニパの頭を優しく撫でる。ナップだけが憮然とした顔をしていた。


「しかし、お前達は一体何者なのだ? 魔笛を砕いたあの一撃は尋常ではなかったぞ」

「だーかーらー、俺達はお笑い……」

「お笑い芸人をやっているのはわかっている! 私が言っているのは貴様らの素性の事だ! 誘拐犯の貴様だけではなく、彼女の方も只者ではないようだし、私は本当に彼女をペシェ王国に連れて帰るべきか混乱しているぞ」

 ナップはまだムチャの事を誘拐犯だと誤解しているようだ。

 ムチャ達が寝ている間にプレグが何度も誘拐犯ではないと説明したらしいが、どうやら信じてくれなかったようだ。まぁ、プレグもムチャ達が何者なのかは詳しく知らないので、説明不足だったのだろう。

 そして、ナップはムチャ達の戦いを見ていながら、まだトロンを連れ帰せると思っているところが地味に凄い。


「こうなったら貴様も一緒にペシェ王国へ連れ帰り、その素性を調べ上げてから……」

 何やらめんどくさい事を言い出したナップの頭に、ハンバーグを食べ終えたトロンが杖を押し当てる。すると杖から紫色の魔法がナップの頭へと流れ込む。


「そしてその身柄を拘束し、ピーナッツのスポンジにアヘアヘ歩きの酒樽がホイッとなれば、泣いた仔牛と蟹のハサミにモチモチパーティーの始まりであるのがそもそもの……」


 トロンに混乱の魔法をかけられたナップは、意味不明な事を口走りながら席を立ち、虚な目でフラフラと食堂を出ていってしまった。


「さて、メシも食ったし、そろそろ行くか」

「うん」

 そう言ってムチャとトロンは席を立ち、少ない荷物を抱える。


「行くって、あんた達もう旅立つの?」

「あぁ、あの事件のせいで町もまだ騒々しいしな。みんなお笑いを見るどころじゃないだろ」

 町の人々が元に戻ったとはいえ、グリーム達の起こした事件は町の人々にとってはまだ謎に包まれていた。なぜなら主犯であるグリームが捕まっていないからだ。おかげで町のあちこちを衛兵達が走り回り、えらい騒動である。

 あの戦いの後、プレグ達が目を離した隙に、グリームはその姿を消していたのだという。仲間達と共に。


「えー、私まだムチャさん達と一緒にいたいなぁ……」

 しょんぼりとするニパに、二人は笑いかける。


「どうせまたすぐ会えるさ、お笑いと大道芸の違いはあっても、俺達は芸人同士なんだからな」

「そうそう。今度はニパの芸も見せてね」

 二人の言葉を聞いて、ニパは大きく頷く。


「うん、わかった! それまでにうんと練習しておくね!」

「あんた、私が練習しろって言ったら嫌そうな顔するくせに」

「それはそれ、これはこれ」

「まぁ、あんた達が行くっていうなら別に止めないけどさ。でも、衛兵達に事件を解決したのは自分達だって名乗り出れば、色々面倒だろうけど報奨金が出るんじゃない?」

 プレグの言葉にムチャは首を横に振る。


「いらねぇよ、そんなもん。グリーム達との件は、ただの芸人同士のイザコザだっただけだよ」

「ふぅん。まぁ、それも別にいいんだけどさ。とりあえずあんた達の宿代と、治療代と、ここの食事代を請求させてもらうけど……」

 プレグが脳内ソロバンをパチパチと弾き始めると、ムチャとトロンは顔を見合わせて脱兎の如くその場から逃げ出す。


「あっ!? ちょっと待ちなさい!」

「悪いなプレグ! 貸しにしといてくれ! 俺達が世界一の芸人になったら必ず払うから!」

「それは実質返す気ないって事じゃないの!」

 手を振りながらそそくさと食堂を出て行く二人を、プレグは追わなかった。顔には怒りの表情が浮かんでいたものの、その目は優しく、まるで遊びに出かける妹を見送る姉のようであった。


「またね」

「?」

 小さく呟いたプレグの顔を、ニパは不思議そうに眺めた。



 ☆


 食堂を出たムチャとトロンは、なけなしのお金で次の旅の支度を整え、町の出口へとやってきた。

 遠くには先日激闘を繰り広げた劇場の屋根が見える。

 劇場からは、先日感じていたあの禍々しい気配はすっかり消えていた。


「いつか俺達もあんなでっかい劇場を貸し切って、お笑いライブができるようになろうな」

「うん」

「だけど、グリームの野郎は最後まで俺の事を魔王の息子だって勘違いしてやがったな。次会ったらちゃんと誤解を解かないとな」

「……えーっ」

 トロンはやはりムチャの絶望的な鈍さに対して何も言わなかった。その方が、少しでも長くムチャとお笑いの旅を続けられるような気がしていたから。


「じゃあ、行くか」

「次はどんな町だろうね」

「さぁな。でも、今度はちゃんとお笑いしたいよなぁ。あれ? だけど、何か忘れてるような……」

 そんな事を話しながら、二人は劇場に背を向けて歩き出す。

 すると、遠くの方から二人を目掛けて走ってくる少年がいた。


「待って! 待ってくれよ、お笑いコンビ!!」

 二人が振り返ると、それは先日二人が助けた少年、ラキであった。

 ラキの後ろからは、ラキの家族も一緒に走ってくる。


「ここ三日ずっとあんた達を探してたんだ! なぁ、みんなを元に戻してくれたのはあんた達なんだろ!?」

「ん……。まぁ、そうかな」

 ムチャは少し考える素振りをして頷く。


「やっぱりそうだったのか……。ありがとう、本当にありがとう……」

 ラキは無理矢理二人の手を取り、目に涙を浮かべながら感謝の言葉を繰り返す。やがて追いついてきたラキの家族も、二人に感謝の言葉を送った。

 そこで、ムチャはこの町でやり残していた事をようやく思い出す。


「なぁ、トロン」

「ん?」

「芸人が涙のお別れなんて、絶対にやっちゃいけねぇよな」

「……うん!」

 ムチャは突然荷物を放り出すと、高らかに叫んだ。


「ただ今より、我々ムチャとトロンの、『ラキ少年のためのバースデー単独ライブ』の開催を宣言する!!」

「よっ」

 トロンの杖から光が放たれ、空中にハッピーバースデーの文字を描いた。

 それを見たラキは目を丸くし、数秒の後、大きく笑った。


「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ムチャとトロンのお笑いライブだよー!」

「ラキ君の誕生日もお祝いしてあげてねー」


 その日、セッコの町の片隅で、未熟なお笑いコンビによる、ステージすらない小さな小さなお笑いライブが開催された。

 結果としてライブはややウケで終わったものの、立ち寄った人々は二人が額に汗をかきながら必死にネタをする様子に心を和ませた。


 そして——


「じゃあな、ラキ」

「またいつか、私達のライブを観に来てね」

 すっかり笑顔になったラキ一家に背を向けて、ムチャとトロンは今度こそ旅立ちのために歩き出す。ラキはそんな二人の背中に、何度も礼を言いながら大きく手を振った。


 次に彼等が向かう先には、どんな冒険が——いや、どんなステージが待っているのだろうか。そして彼等は旅路の先にどこに行き着くのだろうか。それは、神のみぞ知るところである。


 二人の背中が遠くなり、声が届かなくなった頃、ラキは天に祈った。


「願わくば、あの二人に笑いの神の祝福があらんことを」


 と。

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