第65話 ムチャとトロンvs絶望の劇団17

「じゃあ、町の人達を元に戻してくれよ。あ、一応聞くけど……戻せるよな?」

「そうそう、それだけはしてもらわないと」

 そう、二人の本来の目的は、グリームの持つ魔笛によって絶望を与えられた人々を元に戻す事にある。

 グリームは観念したのか、懐から黒く不気味な形をした魔笛を取り出すと、ムチャ達に差し出す。


「これを砕け、そうすれば全て元に戻る」

 ムチャは頷き、グリームの手から魔笛を受け取ろうとした。

 その時だ。


「させぬ……」

 辺りに地の底から聞こえてくるような声が響き渡り、ムチャとトロンは周囲を見渡す。しかしホール内にはグリームを除く三人以外には誰もいない。

 二人がキョロキョロとしている中、グリームだけはその声の正体に気付いていた。


「……あなたか」

 グリームが話しかけたのは、その手に握る魔笛であった。

 次の瞬間、魔笛はグリームの纏っていたものと同じドス黒いオーラを放ちながら空中に浮かび上がる。


「させぬぞ! もっと絶望を! もっと絶望を振り撒くのだ!」

 ムチャとトロンは驚き、武器を構え後ずさる。


「笛が……」

「喋った……?」

 宙に浮く魔笛は黒いオーラを更に巻き散らしながら、グリームに語り掛ける。


「グリームよ、魔王が敗北し、悲観にくれる貴様の復讐に私が手を貸してやったというのに何という体たらく……」

「黙れ! 確かにあなたは私に絶望の力を与えた。しかし、あなたはなぜ私に偽りを語ったのですか!?」

 ケンセイの語った魔王の死に際と、グリーム達の知る魔王の死に際が異なるという矛盾。それは、この魔笛がグリーム達に語った偽りによって起こった事であった。


 かつて、魔王の死を報された後、王国軍から逃れてひっそりと暮らしていたグリーム達の元に、この魔笛が現れた。そして魔笛がグリームに偽りの魔王の死に際を語った事により、グリームの凶行が始まったのだ。


「馬鹿めが、今更気付いたか。私の口車に乗り、絶望に振り回される貴様の有り様、実に面白かったぞ。私にとって貴様の復讐や魔族の事などどうでも良かったのだ。私はただ、世に絶望をばら撒いてくれるのであれば誰でも良かったのだ」


 するとそこに、劇場の正面玄関が開き、プレグ達が現れた。


「あんた達! 生きてる!?」

「ムチャさん! トロンさん!」

「華麗なる魔法剣士、ナップ参上!」

 プレグ達はニパのラリアットにより気絶したナップを介抱していたため、劇場内に駆けつけるのが遅くなったのだ。

 ホール内に足を踏み入れた三人は、禍々しいオーラを放ちながら宙に浮く笛を見て身構える。


「ぷ、プレグ、何あれ……?」

「知らないわよ!」


 すると、ナップが手にしていた魔剣アンダルシアが突然叫んだ。


「あ、あれは! 魔笛デスペアル!?」

「知っているのか!? アンダルシア!」

 ナップの剣が喋った事に対し、ムチャ達は思考が追い付かずにツッコミは入れなかった。


「デスペアルは別名悪魔の笛と呼ばれていて、絶望を司る悪魔がその身を笛の姿に変えたものなの!! どうしてこんなところに……」

「ククク……久しいな、色欲の魔剣よ。どうやら持ち主が見つかったようだな。しかし、申し訳ないが貴様の持ち主も含めてこの場にいる者達は皆殺させて貰う。この身を砕かれるわけにはいかぬのでな!」


 そう言うと、魔笛はその身で不気味な音色を大音量で奏で始めた。それは数時間前にムチャ達がグリームに聞かされた音色よりも更に邪悪で、悪意に満ちた音であった。


「ぐうううっ!!」

 音と共に急激に襲い来る不快感と絶望感に、ムチャ達は思わず耳を塞ぐが、魔笛の音色は体全体から染み込んでくる。


「フハハハハ! どうだ、絶望の味は!? 死に向かう気力さえも奪い取り、心を殺す力! これこそが真の絶望である!」


 プレグとニパ、ナップ、そしてグリームさえも地に膝をつき、絶望に抗おうともがく。しかし、魔笛の放つ音色の中では立ち上がる事さえもできなかった。


 そんな中、一組の芸人達は、ムチャとトロンはまだ立っていた。


 そして——


「……ふっ」

「……ふふふっ」


 笑っていた。


 それを見た魔笛は声を荒げる。


「なんだ貴様ら!? 何がおかしい!? いや、なぜ笑っていられる!?」

 魔笛の問いに、ムチャ達は表情を歪めながらも答える。


「それはな、俺達がお笑い芸人だからだ……!!」

「みんなが悲しい時、辛い時、私達まで泣いていたらみんなを笑わせられないでしょう……」

「だから俺達は、世界中の全てが泣いていても笑ってやる! そしてみんなを笑わせるんだ!!」

「天上天下唯我独笑!!」

「それが俺達、お笑いコンビ『ムチャとトロン』だ!!」


 それは、ただの虚勢だったかもしれない。

 ただ負けを認めたくない二人の、精一杯の抵抗だったかもしれない。


 しかし、その虚勢が、お笑い芸人という二人の生き方が————奇跡を起こした。


「バカめが! だからどうしたというのだ! 最大の絶望を味わうがよい!!」


 魔笛がその音色を更に強めようとしたその時だ、突如二人の体が金色に輝き始めた。

 それと同時に二人の体に力が漲り、魔笛の音色を周囲から遮断する。


「な、なんだこれ!?」

「……私達、光ってる」


 二人は光り輝く互いの体を見やる。

 するとその光の中に、これまで笑わせた人々の笑顔が浮かんできた。


「これは……」


 かつて、魔王が詩人だった頃、魔王は人の心を集める力によって、多くの人々の悲しみや苦しみをその身に封じてきた。そして、魔王のその力は死後も失われてはいなかった。

 魔王の人の心を集める力は、息子であるムチャと、心臓を受け継いだトロンにも引き継がれていたのだ。


 二人はこれまでの旅の中で、滑ったり失敗したりしながらも、多くの人々を笑わせてきた。そして無意識でありながら、少しずつ、ほんの少しずつ、笑わせた人々の心の力をその身に集めてきていたのだ。

 そして、これまで集めてきたその力が今、絶望に立ち向かう力へと変わったのだ。


「なんだかわからねぇけど、いくぞトロン!」

「うん。やろう、ムチャ!」


 二人は互いに頷き、地を蹴って高く跳ぶ。

 そして上空にて剣と杖を交え、その先端に全身の光を集める。すると光は、天井に達する程の巨大な光の剣となった。


「「うぉりゃぁぁぁぁぁあ!!」」

 二人はそれを雄叫びと共に振り下ろす。

 これまでの旅の思い出と共に。


 二人の旅路の全てが詰め込まれた一撃。

 その一撃こそが、『ムチャとトロンの冒険譚』であった。


「バ、バカなぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


 次の瞬間、魔笛は巨大な光の剣により、跡形もなく消滅した。

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