第64話 ムチャとトロンvs絶望の劇団16
「トロン!!」
グリームの手から解放されたムチャは手放した剣の元に走り、拾い上げる。そんなムチャの隣に、杖に跨ったトロンが舞い降りた。
「トロン、無事だったか!」
「……もう、なんで来ちゃうかなぁ」
「馬鹿野郎! なんで俺だけ逃がしたんだよ!」
「だって、ムチャが魔王になるなんて嫌だったんだもの」
「だからって自分を犠牲になんかするな! いいか? 俺達は生きるのも死ぬのも一緒だ! なぜなら——」
「わかってる。私達はお笑いコンビだもんね」
二人は互いに頷き、獲物を構えてグリームへと向き直る。
グリームはただ俯き気味に、並び立つ二人を見ていた。
これまで無表情だったその顔には、僅かに苛立ちが浮かんでいる。
「いいでしょう……いいでしょうとも。二人揃おうとも、結末は変わりません。あなた達は私に勝つ事はできないのですから!!」
グリームの全身から先程よりも大量の黒いオーラが溢れ出し、グリームに纏わり付く。その圧力と迫力に、二人は目を丸くする。
「うはぁ、すげぇな……」
「ねぇ、逃げた方がよくない?」
トロンの言葉に、ムチャは首を縦には振らなかった。
「なぁ、トロン。俺も詳しくは知らねぇけど、あいつはすげぇ悲しいやつなんだ」
「ほう」
「悲しいのとか憎いのとかがこねくり回されて、あいつの中で暴れてる」
「ほうほう」
「そういう奴を見たら、俺達芸人はほっておけねぇよな!」
「おうともよ!」
そこに立っているのは、勇者の弟子でも、魔王の心臓を持つ者でも無く、一組の芸人であった。
そして二人の覚悟は決まっていた。
一組の芸人として、グリームを倒すと。
「どうも、ムチャです!」
「トロンです」
「「よろしくお願いします!!」」
挨拶をした二人に、グリームは地を蹴り襲い掛かる。
それと同時に、二人は左右に分かれていた。
グリームは人とは思えぬ動きで、地を蹴り壁を蹴り、縦横無尽な動きでフェイントをかけながら、ムチャに狙いを定めて斬りかかる。
「炎よ」
ムチャに斬りかかったグリームの背に、トロンの杖から火炎が放たれ、グリームはそれを跳躍して躱す。
「飛脚!! からの狂喜乱舞!!」
跳躍したグリームに向かい、ムチャは手足に喜のオーラを纏い、大きく跳躍して斬りかかる。
「ぐっ……!?」
ムチャの剣を爪で受けたグリームは、蹴りを放ちムチャを地面に向かって叩き落とす。しかしムチャが地に落ちる前に、杖に跨ったトロンがムチャを拾い上げていた。
グリームはトロンの背を追うが、杖を足場にしたムチャが再度グリームに斬りかかる。そして剣を受けたグリームの背に、回り込んだトロンが雷の魔法を放つ。
「グオッ!?」
電撃により一瞬動きを止めたグリームの腹に、今度はムチャが剣の腹を叩きつけた。
「ナイストロン!」
「ナイスムチャ」
二人の息の合った戦い。それはまるで、熟練のお笑いコンビの行う漫才の掛け合いのようであった。
「ムチャ、無茶しないでね」
「トロンこそ、トロンとしてるなよ!」
二人は絶妙なコンビネーションで、実力差のあるはずのグリームを圧倒してゆく。
「なぜだ……なぜ勝てない!?」
ダメージと絶望術の副作用でボロボロになり、地に膝をついたグリームの問いに、二人は並び立ち答えた。
「なぜお前が勝てないか……それはな!」
「私達がお笑い芸人だからだよ」
本来ならば二対一でも埋められぬ程に圧倒的なパワーとスピードを持つグリームが二人に勝てぬ理由、それは二人がグリームを殺す事を目的としていなかったからだ。
二人はただグリームの消耗を狙い、常に踏み込みの浅い距離で戦い続けていた。その距離感のせいでグリームは本来当てられるはずの攻撃を紙一重で躱され、攻撃の度に大きな隙を作ってしまっていたのだ。更に絶望術の副作用が徐々にグリームを蝕み、結果としてグリームは二人の前に膝をつく事となったのだ。
「おのれ……ふざけるなぁ!!」
激昂したグリームは力を振り絞り、身に纏う黒いオーラを右手に集める。すると、黒いオーラは形を成し、巨大な漆黒の球となった。
「がぁぁぁぁぁあ!!」
そしてグリームは腕を突き出し、それをムチャ達に向かって放つ。
迫りくる黒い球の凄まじい風圧にムチャ達は吹き飛ばされそうになりながらも踏み止まる。
「トロン! あれやるぞ!」
「うん」
ムチャは喜のオーラを剣に纏わせ、トロンは杖に魔力を込める。そしてそれらを互いに交錯させた。すると、剣と杖の間に黄色く輝く球が生まれる。
「「芸人奥義!! 笑撃魔法・ゲラ!!」」
剣と杖を二人が同時に振り下ろすと、喜のオーラの塊である黄色い球はグリームへと向かって真っ直ぐに飛び、黒い球とぶつかり合う。
暴風を巻き起こしながら二つの球はせめぎ合い、相殺された。
だが——
「おかわりどうぞぉ!!」
二人は既に二発目のゲラを放っていたのだ。
グリームは身を躱そうと立ち上がる。
しかしその時、絶望術の副作用が一気に押し寄せてきて、グリームは再び膝をついた。副作用は急激に強くなり、グリームは自らの肉体が滅びようとしている事を知る。
「……ここまで……ですか」
迫りくる球を前に、グリームは死を覚悟して目を細めた。
二人が放った球は、それまで人の暗い部分だけを見続けてきたグリームにはただただ眩しかった。
グリームに命中したその球は、体内に入り込み、弾ける。
そしてその身に纏う黒いオーラを綺麗さっぱりかき消した。それと同時に、グリームを襲っていた絶望術の副作用も止まる。
「これは……?」
不思議な事に、長い間作り笑い以外の笑みを浮かべていなかったグリームの口角が今は自然と上がっており、冷え切っていたその胸には温かい——いや、熱いほどの何かが宿っていた。
「バカな! 何だこれは!? 私は絶望の力で人間達を……」
グリームは再び絶望術を発動させようと力を込める。しかし、その身から黒いオーラが放たれる事はなかった。
そんなグリームに、ムチャは穏やかな声で語りかける。
「大きすぎる辛さや悲しみを抱えている時は、ついつい極端な事ばかり考えちまう。自分でなんとかしようとしてもどうにもならなくて、嫌な物は全部壊したくなったりする。俺達は本来そんな人達の為に存在してるんじゃねぇかなって思うんだ」
「お前達は一体……」
グリームの問いに、二人は食い気味に答える。
「言っただろ」
「私達は」
「「お笑いコンビだ!」」
そして、グリームに向かってグッと親指を立てた。
そんな二人を見てグリームは唖然とし、やがて自重気味に笑う。
「ククク……なるほど、敵わないわけだ……」
「笑ったな。俺達の勝ちだ! 町の人達を元に戻せ!」
だが、グリームはまだ諦めてはいなかった。
「どうやらルシール達も敗れたようですし、確かにあなた達の勝ちだ。しかし、私は退くわけにはいかないのですよ! 今も苦しみ続ける魔族のためにもね!」
グリームは血を吐きながら、ヨロヨロと立ち上がる。
絶望術の副作用は止まったとはいえ、ダメージが回復したわけではないのだ。
「バカ! 死んじまうぞ!」
「結構! 魔王様の意志を継げなかった私の命にどれほどの価値があろうか! ここで退いては魔族のために死ぬまで人を呪い続けた魔王様に顔向けが……」
すると、剣を構え直したムチャの前に、トロンが割って入った。
「ねぇ、待って。魔王は人を呪って死んだんじゃないんだよ」
「……なんだと?」
「魔王はね、最後は人の事を想って死んだんだよ。自分が幸せになれなかった分、せめて子供には幸せになって欲しいって、そう思って死んでいったんだよ」
「バカな! 心臓の器如きが何を知る!?」
「本当だよ。だって、魔王の最後を看取った人がそう言ったんだもの」
トロンは半ば強引にムチャの剣を奪い取り、グリームに見せつける。
「ほら、この剣」
「……それは」
ムチャの剣、それは即ち、魔王を倒した勇者ケンセイの剣である。
トロンは剣を床に置き、魔力を込めて杖の先端を剣に当てる。
「この剣に刻まれし記憶を、かの者に見せよ」
すると、杖から放たれた白いモヤがグリームの頭部に吸い込まれていった。そして、グリームの脳裏に、かつてケンセイがムチャ達に語ったのと同じ光景が映し出された。
「……なんと」
「ねぇ、魔王は自分の息子が新しい魔王になる事を望むかな? きっと、自分と同じ血塗られた人生を送らせたくないと思ってたと思うな。だから勇者に息子を託したんだよ」
トロンの言葉に、グリームはガックリと項垂れる。
「ならば私はこれまで何をしていたというのだ……。絶望に支配され、絶望を振り撒き、魔王様の意志を継ぐ事もできず……」
「うーん……。確かにあなたは間違った事をしてきたかもしれないけど、人生回り道したっていいじゃない」
トロンの言葉に、ムチャも乗っかる。
「そうだ! 俺には難しい事はよくわからないけど、これだけは正しいと言える事がある! 今が笑えなくても、いつか心から笑うために人は生きているんだ! そのいつかのために頑張る人達を一時でも笑わせるのが、俺達芸人なんだ!」
そして二人はまた、グッと親指を立てた。
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