第63話 ムチャとトロンvs絶望の劇団15
トロンを救うべく劇場内に突入したムチャは、客席と舞台の手前にあるホールに足を踏み入れたところで足を止めた。
別に怖気付いたわけではない。
そこには、退治すべき宿敵がいたからだ。
ホールの中央には、グリームが「お待ちしておりました」と言わんばかりに立っており、ムチャを出迎える。
「やはり戻ってこられましたか、我らが王よ」
「だから俺は魔王になんかならねぇってば! そんな事よりトロンを返せ! ついでに町の人達を元に戻せ!」
ムチャは剣を抜き、構える。
肩の傷がズキズキと痛んだが、勝算がないわけではない。
先程グリームと戦闘した時、確かにムチャは敗北した。
しかし、あれは実質四対一の戦いであったからであり、正面からのタイマンであれば五分の勝負ができるだろうとムチャはふんでいたのだ。
「ふふふ、まるで囚われのお姫様を助けに来た王子様のようですな。良い芝居になりそうだ」
「へん、これが芝居ならお前は絶対負ける役だな!」
「いかにも、私は主役を張る器では御座いません。私はあくまで引き立て役……魔王様の復活劇のね」
にわかに張り詰めた空気が、これ以上は互いに言葉は要らぬ事を告げていた。
二人はこれから互いの目的を果たすために戦うのだと。
「うぉりゃあ!」
先に動いたのはムチャの方であった。
ムチャは足に喜の感情術を纏い、驚異的な速さでグリームとの距離を詰める。グリームは刃のように鋭い爪を伸ばし、ムチャの剣を受ける。
二人はそれぞれの獲物で斬り結ぶが、やはりムチャの予想通り実力は互角のようだ。
グリームは元魔王軍の戦士だけあり、力が強く、身のこなしも早い。一方ムチャは剣士としては体が小さく、まだ若過ぎると言っていいほど若い。しかし、有り余る才能による直感と、ケンセイ仕込みの剣技、そして想いを力に変える感情術が二人の実力差を埋めていた。
「喜の術! 狂喜乱舞!!」
感情術をのせたムチャの剣が、グリームの両手の爪を叩き折る。そしてムチャは剣の柄でグリームの鳩尾を強く打った。
「ガハッ!」
グリームはよろめき、呻き声と共に後退する。
「どうだ! 参ったか!?」
「フフフ……そうそう、そうでしょう。やはり魔王となるお方はそうでないと……」
ダメージを負ったにも関わらず、グリームは不適な笑みを浮かべてぶつぶつと何か呟いている。その不気味さと謎の威圧感に圧され、ムチャは本能的に追撃を繰り出す。
「くそっ……怒の術!! 憤怒衝!!」
怒のオーラを纏い破壊力を増した剣が、横なぎにグリームを襲う。焦りにより力加減を間違えたムチャは「ヤバい、殺してしまうかも」と思った。しかし、その心配は杞憂に終わる。
ズオッ!!
突如グリームの全身から放たれたドス黒いオーラにより、ムチャはその場から吹き飛ばされたのだ。
なんとか身を捻り着地したムチャは、グリームの全身に黒いオーラが集まり、纏わり付くのを見た。
それはまるで——
「まさか……感情術!?」
そう、オーラを身に纏うその姿は、ムチャやケンセイの使う感情術に似ていた。
「感情術、かつて魔王様を滅ぼした忌まわしき力。確かに心は人に力を与えます。しかし、それは喜怒哀楽のみにあらず」
グリームは再び爪を伸ばし、今度は自分からムチャに襲い掛かる。ムチャはグリームの爪をなんとか剣で受けるが、そのスピードもパワーも先程の比ではなかった。
「ぐっ!? なんだよそれは!」
感情術は本来、活性を司る黄色い喜のオーラ、破壊を司る赤い怒のオーラ、沈静を司る青い哀のオーラ、癒しを司る緑色の楽のオーラのいずれかを身に纏い、人の限界を超える力を引き出す技である。しかし、グリームの纏う黒いオーラは感情術の使い手であるムチャも見た事がなかった。
「この術は感情術にして感情術ではありません。この術にあえて呼び名を付けるとするならば……絶望術とでも呼びましょうか」
「絶望術!?」
そう、グリームの身に纏うその黒いオーラは、喜怒哀楽ではなく『絶望』だったのだ。
「絶望とは来るべき明日を顧みぬ力。大いなる虚無が、己の命をも削る力を生み出すのです!!」
グリームの爪が剣を絡め取り、ムチャの手から頭上へと弾き飛ばす。
宙を舞った剣は地に落ち、虚しい音を立てた。
剣を拾うために足を踏み出したムチャの首筋に、グリームの爪がピタリと添えられる。
「チェックメイトです」
「……ぐっ」
観念したムチャは脱力し、グリームへと向き直る。
絶望術の影響なのか、グリームの全身は皮膚が裂け、悪趣味なほどに赤い服を更に赤く染めていた。
「そこまでして、お前は魔王に拘るのかよ……」
「えぇ」
「お前くらいの力があれば、他にいくらでも生き方があるだろ!? 金を稼いだり、うまいものを食べたり、世界を旅したり、幸せを求める事ができるだろ!? それなのになんでお前は絶望に支配されているんだよ!?」
「人として生きてきたあなたには分からないでしょうね。人間に虐げられて生きてきた魔族の絶望は……。両親を人間に殺され、住処を焼かれ、家族の仇に奴隷として扱われる絶望も知らないでしょうね。そして魔王様が魔族のために立ち上がったと知った時の喜びも、魔王様が勇者に倒された時の絶望も……」
魔族。
それはエルフ族やドワーフ族や獣人族と同じく、人に近い姿をしていながら、人とは別種族として区別されている種族である。特徴としては額に角があり、国によっては鬼と呼ばれたりもする。
魔族は魔族という種族の中でも更に細かく種族が分かれており、強い魔法の才能を持つ種族や、ドズルのように特殊な体質を持つ者達がいる。
魔族は強い力と長い寿命を持っているが、繁殖力が弱く、数が少ない。そして人里離れた所に集落を作り、ひっそりと暮らす者達が多い。
魔族がひっそりと暮しているのには理由がある。
それはかつて、多くの国々で魔族の持つ力を恐れた人々によりその存在を忌み嫌われ、虐げられてきたからだ。そして人間の中には戯れに魔族を捕らえ、奴隷として扱う者達もおり、それを罰する法律の無い国が殆どである。
ムチャは深く聞かずともグリームの絶望の理由を察する。
「俺は魔族についてあんまり知らないし、魔族を差別する連中は酷いと思う。でも、だからって関係無い人達まで巻き込む事は無いだろ」
「関係ない人間など、この世にいませんよ。この世界は人間の物だと思い込み暮している人々は、我々魔族を虐げてきたという歴史の上で生きています。我々は彼等に訴え、教えねばならないのです。我々がこれまで与えられてきた絶望をね」
「でも……もっとやり方はあるはずだ!!」
「ならばあなたがこの世界を変えてみろ!!」
激昂したグリームはムチャの額を鷲掴みにし、魔力を込める。
それは洗脳の魔法であり、ムチャの脳内に人間に対する強い憎しみと怒りが湧き上がってきた。
「くっ!?」
ムチャは咄嗟に怒の感情術を発動させ、その怒りを外に逃す。
しかしグリームは空いた手でムチャの肩にある傷口を掴み、その集中を途切れさせた。
「ぐあぁぁぁぁあ!!」
「さぁ! 新たなる魔王よ、我々と共に人間達への復讐を……」
その時だ。
ガシャン
どこからか飛んできた花瓶がグリームの後頭部に当たり、砕けた。
つんのめったグリームが振り向くと、観客席に続く扉の前には、大きな杖を手にした少女が立っていた。
「ナイスコントロ〜ル」
気の抜けた声でそう言ったのは、ムチャの相方であり、お笑いコンビのボケ、トロンであった。
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