第62話 ムチャとトロンvs絶望の劇団14

 プレグが広場にてジェフとの戦闘を繰り広げていた頃、ナップもまた劇場入り口にて『怪腕のドズル』との戦闘を繰り広げていた。そして、例によってナップもまた芳しい状況にはなかった。


「フンッ!」

「ぬおっ!?」

 ドズルの振り回す岩のような拳を、ナップは紙一重で躱す。

 そしてドズルの側面に回り込むと、隙だらけのドズルに上段から剣を振り下ろした。しかし——


 ガキン


 ドズルの肩に振り下ろされた剣は、鉄で岩を打ったような音と共に大きく弾かれて、ナップの腕に強い痺れが走る。


「な、なんだお前は!? ゴーレムか!?」

 先程から何度剣を当てても弾き返すドズルの肉体にナップは驚愕していた。

 これは別にナップが剣士として未熟だからこのような事になっているわけではない。むしろナップは剣士としては一流の腕前を持っている。しかし、ドズルもまたただの巨漢ではなかった。


 ドズルは魔族の中でも鬼岩属と呼ばれる種族の出であり、鬼岩属はその呼び名の通り岩のような肌と鬼のような怪力を持っている種族である。その肌の硬さは剣を通さず、並の剣士では傷一つつける事は叶わないと言われている。


「おのれ……それならば!!」

 ナップはドズルと距離を取り、左手に魔力を宿す。そして剣に手を這わせ、炎を纏わせた。それは『魔法剣』と呼ばれ、様々な魔法を武器に纏わせて戦う高度な技術である。


「炎剣・サラマンドラ!!」

 ナップの振った剣から火炎が放たれ、ドズルの視界を遮る。

 ドズルはそれを意にも介せずに振り払うが、火炎の向こうにナップの姿はなかった。


「はあっ!!」

 火炎に紛れてドズルの背後に回り込んでいたナップは、今度は斬撃ではなく鋭い突きを放つ。十分に腰の入ったナップの突きはドズルの背の中心を捉え、剣先から迸った炎がドズルの全身を包み込んだ。


 ゴボァ


 全身火達磨になったドズルを見て、勝利を確信したナップは高らかに笑う。


「フハハ! 私の勝ちだ!」

 しかし次の瞬間、ナップは炎に包まれたドズルの裏拳を顔面に喰らい、剣を放り出して数メートルもの距離を吹っ飛ばされた。


「おごっ!? な、なんだと!?」

 ドズルは石畳に転がったナップにゆっくりと向き直り、ニヤリと笑う。ドズルは鬼岩属の中でも火山地帯で暮らす一族の一人であり、熱や炎に対する耐性を持っていたのだ。ナップが他の属性の魔法を剣に纏っていれば、あるいはあの一撃での勝利もあり得ただろう。ナップはただ単純に運が悪かった。


「今の一撃はヒヤリとしたぞ」

「ひ、ひいっ!?」

 ゆっくりと歩み寄ってくるドズルの姿に、ナップは恐れ慄き逃げようとする。しかし、立ち上がろうとする足は先程食らった裏拳のダメージによりガクガクと震えていう事をきかない。


 すると、歩みを進めるドズルの足に何かが当たり、カツンと音を立てる。ドズルが足下に目をやると、それはナップが吹っ飛ばされた時に手放した剣であった。


 それはドズルの気まぐれであった。

 ドズルは丸太のような足を振り上げ、ナップの剣を踏み折ろうと振り下ろす。しかし、砲丸すらも砕くその足が剣を踏み折る事はできなかった。


 グニュン


 足裏から気色の悪い柔らかな感覚が伝わり、ドズルは眉を潜める。

 ドズルが足を上げると、そこには折れずに不自然に曲がった剣があった。そして、その剣はグニグニと緩やかに蠢いていた。


「————たいわね」

 それは、色気のある妙齢の女性の声に聞こえた。

 そしてその声はドズルの足元に転がる剣から聞こえてくるものであった。


「……なんだ?」

 ドズルがまじまじと剣を見つめると、剣の中央に大きな一つの目が開かれる。


「痛いって言ってるでしょう!!!!」


 剣に開かれた目と、剣から放たれた怒鳴り声にドズルが驚き目を見開くと、剣はその形を触手のように変えてドズルの顔面にベッタリと張り付く。


「む、ムグッ!?」


 突如動き出した剣に向かい、ナップは叫んだ。


「アンダルシア!!」


 アンダルシア。

 ナップが呼んだその名は、自らが愛用する剣の呼び名である。


 かつてナップは修行の旅の途中、国からダンジョンと認定された洞窟の奥深くで一本の剣と出会った。

 その剣は、剣でありながら生命と性別を持つ魔剣であり、これまで多くの剣士がその魔剣を手に入れようとしたのだが、魔剣に拒絶されてその手に握る事すら叶わなかった。


 しかし、魔剣はダンジョンを訪れたナップを主として認めた。


 それはナップが特別な力を持っていたとか、試練を乗り越えたとか、選ばれし者だからとか、そういう事ではない。


「あらイケメン! あなたなら私を使ってもいいわよ」


 魔剣がナップを認めたのは、魔剣の性別が女であり、ナップがイケメンだったからだ。

 魔剣はナップにアンダルシアと名乗り、ナップもまた魔剣をそう呼んだ。そして魔剣は人間の女性と同じようにパートナーに強さと勝利を求め、パートナーがピンチになれば普段眠っている意識を覚醒させ、力を貸すのである。


「ふむぅ!! むぐぐぐぐぐ……!!」


 変形したアンダルシアにより視界と鼻と口を塞がれたドズルは、アンダルシアをなんとか引き剥がそうと顔面を掻き毟る。しかしアンダルシアはピッタリと張り付いて剥がれない。ドズルは苦しさのあまり、しまいには自分の顔面をボコボコと殴り始めた。


「アンダルシア! 戻れ!」

「はあぃ、ダーリン♡」

 ダメージから立ち直ったナップが叫ぶと、アンダルシアはドズルの顔面から離れてナップの手に収まる。そして再び剣の姿を成した。ドズルは酸欠と自分で顔面をしこたま殴った事により意識が朦朧としているのか、足元がおぼつかなくなっている。


「ダーリン! あのブサイク、私の事を踏んだの! 懲らしめて!」

「わかっている! やるぞ!」

 ナップは再び左手に魔力を宿し、アンダルシアに雷の魔法を纏わせた。そしてフラつくドズルの頭上へと跳躍する。


「あぁん、ダーリンの魔力美味しい……」

 アンダルシアは色っぽい声をあげながら、今度はその姿を剣から槌へと変えた。

 槌となり破壊力を増したアンダルシアを、ナップは重力を味方につけてドズルの頭に振り下ろす。


 ゴイィィィィィン


 とんでもなく痛そうな音が辺りに響き渡り、打ち下ろされたアンダルシアからドズルの頭へと雷が流れ込む。


「んごふっ!!」

 ナップの必殺の一撃をモロに食らったドズルは、盛大に鼻血を噴き出し、ヨロヨロと数歩下がると、大の字になって転倒した。


 カッコよく着地したナップは、ドズルが完全に沈黙した事を確認して胸を撫で下ろす。


「愛の勝利ね、ダーリン」

「あ、愛かどうかはわからないが、助かったぞアンダルシア」

 そんなやりとりをしていると、ナップは広場の方から走ってくるプレグとニパの姿を見つけた。


「向こうも終わったようだな……。ん? あの獣人は誰だ?」

「プレグ! あそこにも悪い人がいるよ!」

「ニパ! そいつは違う! 待ちなさい!」


 次の瞬間、ナップはニパの獣人ラリアットを喰らい吹っ飛ばされた。

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