第61話 ムチャとトロンvs絶望の劇団13

「雷よ!」

 叫んだプレグの杖から閃光が放たれ、前方にいた人形が一体後方へと吹き飛ぶ。続けてプレグは杖を大きく振り、上空へと掲げた。


「炎包陣!!」

 すると今度は杖の先端から炎が放射状に放たれ、プレグを囲っていた人形達を焦がす。

 しかし、人形達は一瞬その動きを止めたものの、すぐに何事もなかったかのように動きだし、プレグへと襲い掛かってくる。

 プレグは襲いくる人形達から身を躱し、大きく息を吐く。

 ムチャが劇場内へと消えてから数分、プレグはジェフの操る人形達と激しい戦闘を繰り広げていた。


「……キリがないわね」

 正直な話、状況はあまり良いとは言えない。

 ジェフの操る人形は動きは早くないものの、数が多く、一体一体が頑丈であり、魔法を当てても破壊する事ができないのだ。


「ヒョヒョヒョ、相手が生物ならともかく、木製の人形は硬くて痛みも感じませんからのう。魔力に限度のある貴女に勝ち目はありませんよ」

 ジェフの言う通り、このまま人形達を相手に戦い続けてもジリ貧になる事は目に見えている。

 そこでプレグは攻撃の対象を変えた。


「それなら、人を相手にするまでよ!!」

 プレグは大道芸仕込みの軽技で、一体の人形を踏み台にして上空へと跳び上がる。そして人形達の奥にいるジェフに向かって魔法を放った。


「氷刃の舞!!」

 杖から放たれた魔力は氷の刃となり、人形達の頭上をジェフに向かって飛んでゆく。しかし——


 ガシャガシャガシャ


 ジェフの周りにいる人形達が集まり、壁となって氷の刃からジェフの身を守った。


「私の人形達は矛にも盾にもなる優れ物ですよ。そして時には——」

 プレグの着地点に人形達が集まり、落下してきたプレグを捕らえた。


「ぐっ!?」

「拘束具にもなるのですな。いやはや、まさに隙はありません。あなたと違ってね」

 プレグは人形達から逃れようともがくが多勢に無勢、容易くその動きを封じられてしまう。


「さて、大人しく降参されてはいかがですかな? 我々は御子息を捕らえるように命じられたらだけで、あなた方を殺すようには命じられてはおりません。ここで大人しく引き下がるのであれば命だけは見逃して差し上げますが……」

 ジェフの言葉にプレグは唇を噛み締め、キッとジェフを睨みつける。


「誰が降参なんて!!」

「おやおや、あなたと御子息達の関係は存じ上げませんが、貴女には彼等のために命をかける義理があるのですかな?」

「無いわよそんなもの!」


 そう、プレグにはムチャとトロンのために命をかける義理はない。時折旅の途中で出会う知人であるというだけだ。

 ただ、初対面の時に一度だけ、道中で暴漢に絡まれていた時にムチャ達に助けられた事がある。しかしそれはプレグ一人でもどうにかなった事であり、その事に対する恩義をプレグは感じてはいない。


 だが、プレグにはムチャ達のために命を張る義理は無くとも理由はあった。


 それは、他人からすれば馬鹿馬鹿しい理由かもしれない。

 かつてプレグには、フロルという名の年の離れた妹がいた。

 フロルにはプレグ以上の魔法の才能があり、将来は姉妹で魔法大道芸人として世界を周ろうと約束を交わしていた。

 しかし、フロルは数年前、まだ恋も知らぬ年齢でありながら、流行病でその命を落とした。

 どこにでもある、ありふれた悲劇だ。


 悲しみを背負いながらも、プレグは師の元で修行をし、一人前の魔法大道芸人となり旅に出た。せめてフロルの分まで、世界を見て周ろうと。

 プレグはその道中でムチャとトロンに——いや、トロンに出会ったのだ。


 トロンはフロルに瓜二つだった。

 初めてその顔を見た時、フロルが蘇ったのかと思ってしまった程に。

 ただ、それだけだ。

 ただそれだけだが、それはプレグにとってトロンの為に命をかける十分な理由であった。

 プレグはもう二度と、妹を失いたくなかったのだ。

 例えそれが他人の空似であったとしても————


 プレグは杖に魔力を込めようとするが、人形達に全身を締め付けられて集中する事ができない


「おやおや、まだ抵抗されるようですね。それならば、トドメを刺さねばなりません。別にあなたを生かしておけとも命じられていないのでね」

 ジェフが軽く指を動かすと、一体の人形が手にした短剣を振り上げ、プレグの胸へと振り下ろす。プレグは自らの死を察し、きつく目を閉じた。


 その時だ。


 バゴォン!!


 プレグの背後で大きな破壊音が聞こえ、頭上から何かが降り注ぐ。プレグが目を開けると、それはバラバラに砕けたジェフの人形の残骸であった。

 プレグが驚く暇もなく、プレグに纏わり付く人形達が次々と何者かによって引き剥がされ、体が自由を取り戻す。そしてプレグが振り返ると、そこには半人半獣の少女がいた。


「ニパ!?」

 半人半獣の少女、そう、それはプレグの一番弟子であるニパに他ならない。ニパはその身を獣人の姿に変え、その怪力でプレグを救ったのだ。


「あんた! 引き返しなさいって言ったでしょう!?」

「だ、だって、心配だったんだもん! プレグ達が死んじゃうかもしれないって、怖かったんだもん!」


 数分前、ニパは確かにプレグの言う通りに劇場から引き返した。

 劇場前の広場の惨状を見て恐怖を感じていたニパは、プレグに「引き返せ」と言われて内心ホッとしていた。そしてムチャとプレグならばなんとかなるだろうと思っていた。

 宿に戻り神に祈っていれば、翌朝にはプレグとムチャがあっさりトロンを連れて戻ってくるだろうと——そう、思っていた。


 しかし、宿への道中で、危険から離れたはずのまだ幼いニパの心に湧き上がってきたのはまた別の恐怖であった。

 それは先程感じた身の危険に対する恐怖ではなく、大切な人達を失うのではないかという喪失への恐怖である。


 かつて、信じていたシスターに裏切られたニパは知っていた。

 いくら信じていても、物事が希望通りになるとは限らないという事を。


 ニパの中で二つの恐怖はせめぎ合い、やがて勝ったのは、喪失に対する恐怖であった。

 だからニパはプレグの言いつけを破り、この場に馳せ参じたのだ。


 プレグはニパに説教をしてやりたかったが、今は余計な言葉を交わしている暇は無い。そして、言葉を交わす必要もなかった。


「き、貴様は何者だ!? なぜ獣人が!?」

 ジェフは突然の援軍に焦りつつも、人形達を操りプレグ達を襲う。


「プレグ!」

 ニパは一言だけそう言うと、爪をを振り回して迫りくる人形達をなぎ払い、数歩助走をつける。そして石畳にヒビが入るほどに踏み込み、前方に群がる人形達に向かってドロップキックを放った。


 プレグの魔法とは違う、獣人の強靭な筋力を最大限に活かした何の捻りもない単純で純粋な物理的破壊、それは木製の人形達を容易く砕き、砕かれた人形達の破片はジェフに向かって散弾の如く飛ぶ。


「ひいっ!?」

 ジェフは咄嗟に自らの前方に人形達を固め、盾とした。

 しかし、ジェフが全ての木片を防ぎ切った時、プレグは既にニパを踏み台にして天高く跳躍していた。


「雷の精よ、熱と衝撃の申し子よ、今こそ我に力を貸し与え、眼前に立ちはだかる我が敵を打ち震わせよ——」


 ジェフの背後に着地したプレグは、ジェフが振り返る暇もなく、その背に杖をつきつける。

 そして叫んだ。


「雷轟!!!!」


 プレグの杖からジェフの背中へと電撃が迸り、ジェフは全身を駆け抜ける衝撃に、人間がおよそ発音できないであろう悲鳴をあげながら痙攣する。そしてプレグが魔法の発動を止めると、口から泡を吐きながらその場に膝をついた。それと同時に人形達も、言葉通り糸の切れた人形となって地面に崩れ落ちる。


「ふぅ……」

 プレグは熱くなった息を吐き、ジェフの背中を蹴って地面に這いつくばらせる。


「セリフを返すわ。『命だけは見逃して差し上げますが』だっけ? もう聞こえてないみたいだけど」

 カッコつけてそう言った次の瞬間、プレグは愛弟子に熱い抱擁を受けて無様に転倒したのであった。

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