外面のいい女と、そいつのことを嫌いな私

稲荷竜

外面のいい女と、そいつのことを嫌いな私

 外面のいい女はむかつく。


 まず顔が良すぎる。成績が良すぎる。運動もできすぎる。

 廊下ですれ違う時もたいていみんなに囲まれているし、その全員を分け隔てなく相手している。

 ちなみに取り巻きたちも顔がよくて成績がよくて運動ができるので、つまりはまあ、そういうグループということだ。

 ここに生徒会長とかいう役職まであるのだからちょっとファンタジーに片足を突っ込んでいる

 素行不良もないしいつ見ても姿勢はいいし、髪は長いのにサラサラだしいい匂いするし、制服の着こなしも完璧で、学校指定の紺のハイソックスはいつでもぴったりと足首に吸い付いていて、ずれてたわんだところを見たことがない。


 こうなってくると色々と弱点をあげつらってみたくなるのが人情なのだけれど、いくら私が『家ではだらしない』とか『風呂に入ると着替えを忘れて全裸でリビングに戻るタイプ』とか『トイレットペーパーを使い切っても替えたりできない』とか言っても、『あの完璧な彼女がそんな人のわけないじゃん』と一蹴されてしまう。


『だいたい、他人のクセに、なんでそんなこと知ってるんだよ』


 うるせぇ。


 学校なんて他人の集合体だ。そこでことさら『他人のクセに』と言われるのは、つまり、日常において、本当に、なんの接点もないということなのだった。


 あいつは私に声をかけない。

 あいつは私を見もしない。


 外面のいいあの女は分け隔てがない。

 誰にでも平等に接する。


 でも、私にだけは接しない。差別もしないけれど、接触もしない。

 用事があるなら代理を立てるし、声をかけても聞こえないフリをする。


『嫌われてんじゃん』


 嫌われてない。

 私はあいつに恐れられているのだ。


 全校生徒300名ほどのこの学園で、あの、何者をも恐れない外面のいい女が、私だけを恐れている!


『なんでよ』


 私はあいつの秘密を知っている。

 それは髪を乾かしたあとドライヤーを出しっぱなしにするだらしなさだったり、高校生にもなって夜に一人でトイレに行けない怖がりなところだったり、頻繁にブランケットを蹴っ飛ばしてヘソ丸出しで寝てる姿だったり、そういうところを知っている。


 でも、言わない。


 どうせ誰も信じない。だから私は一人でほくそ笑む。

 外面のいい女。

 私はお前のとこが嫌いだ。


 唐突にできた妹。

 同い年の妹。


 表で完璧ぶってるところも、私との接触を避けるところも気に入らない。

 あと私のプリンを勝手に食べたのはまだ許してない。


 今日も悶々としたまま家に帰る。

 部屋着に着替えてリビングでゲームをしていると、私よりだいぶ遅れて外面のいい女が帰ってくる。


 私は『なんで学校で無視するの』と問いかける。


「してないよ!」


 してたよ。


「いっぱいいっぱいで気付かなかっただけだと思う……」


 そんな言い訳がいつまでも通じると思わないことだ。私はまだお前を許してない。なんで許してないかもお前はわからないだろうけれど……


「あ、買ってきたよ」


 ガサゴソとビニール袋からプリンを取り出す。


 ほんとうに、参ってしまう。

 私は、ただ単にこの女を許したくなかっただけだ。なんとなく憮然と接したかっただけだ。

 だっていうのに、不機嫌に接するための理由を奪われてしまった。やっぱり私はこの女が嫌いかもしれない。


 外面のいい女は制服のまま私の隣に腰掛けた。


「二人で食べよう、お姉ちゃん」


 外では見せないアホっぽい笑顔だ。


 アーホアーホアーホ。


「なんで!?」


 こうでもしないとやってられない。

 こいつは最初から妹だったみたいに接してくるけれど……


 私はまだ、このかわいい生き物が自分の妹である幸福に、うまく接することができないのだから。

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外面のいい女と、そいつのことを嫌いな私 稲荷竜 @Ryu_Inari

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