2014/2/14
「できあがり!」
翌年、バレンタイン直後の週末。陽向は自宅で、詩葉と共にチョコ菓子作りに挑んでいた。
ちなみに部活で義理チョコは交換している。そのうえでの本命は一緒に作ることにしたのだ、お料理デートも兼ねられる。
なお、陽向の両親はともに不在である。母は海外出張だし、父には家を空けるよう頼んでおいた。ついに彼氏かと警戒していたので「呼ぶの女の子だから大丈夫」と断っておいた、嘘は言っていない……まあ、近いうちに詩葉のことは両親に伝えるつもりなのだが。
そうして挑んだガトーショコラであるが、冷まして型を抜いた後の外見はイメージ通りだ。
「わあ、綺麗にできてる……!」
随分と感銘を受けているらしい詩葉に、内心でガッツポーズ――本番でリードできるように、先月から繰り返しリハーサルしてきたことは内緒だ。
「さてお嬢様、お砂糖はいかほど?」
低く作った声で訊ねると、詩葉は少し悩んでから「多めで?」と答えた。
「クリームもお付けいたしましょうか」
「あるなら是非」
「やっぱり詩葉、甘々派だよね」
「……子供っぽい?」
「いや可愛い」
「甘々なのはヒナちゃんもだよ」
何も言い返せないが、それでいい。
テーブルに運んで、紅茶も運ぶ。
「では」
「いただきます」
口に運ぶ。クリームや砂糖の甘さとチョコの香り、表面のほどよい歯ごたえと内部に沁み込んだチョコの濃厚な味わい――という、ケーキ自体の美味しさよりも。
目の前で、瞳を閉じて顔を綻ばせ、幸せ全開という表情をしている詩葉が。何よりのギフトであり、プレゼントであり、「美味しい」の幸せに相応しい存在だった。
「おいしいね」
「うん、詩葉と一緒に作ったから」
「あ~、それ私が言おうと思ってた!」
「じゃあ言ってよ」
「もう……ヒナちゃんと作ったから、もっとおいしいよ」
照れの混じったその笑顔が、あまりにも可愛いものだから。
「その顔が一番美味しそう!」
抱き寄せて頬にキスを降らせると、詩葉は「あーもう、こら!」と声を上げながらも、ぎゅっと身を寄せてくる。柔らかな頬に触れる唇で、彼女の表情が分かる。彼女の匂いにチョコの香りが混じって、いつもよりも鼻腔が熱く擽られる。鼻腔というか、全身が。
「……ちょっと興奮しすぎてショコラどこじゃなくなりそう」
陽向の申告に、笑いながら詩葉は離れていく。
「本当に止まらなくなったヒナちゃんも、見てみたいけどね?」
「時間の感覚も飛びそうだから、お父さんが帰ってくる日は無理かな……」
付き合う前は、後輩とはいえ陽向がリード役でいるつもりだったし、詩葉もそう見てくれていたのだが。いざ恋人になると、天井知らずの自分の願望と、温もりに対する閾値の低さに戸惑ってばかりである。詩葉の前でくらい、もっと余裕のある自分でいたいのだが――まあ、詩葉があまりに可愛いのだから仕方ない。
「けど本当に、魔法みたいに美味しいよ、ヒナちゃんが料理慣れしてるとは聞いていたけど……また、いや、ずっと、こうやって一緒に作って食べられたら、幸せだなって」
「……プロポーズですか詩葉さん」
「いや、告白のときの台詞の方がずっとプロポーズっぽいよ。ヒナちゃんも覚えてるでしょ?」
「忘れる訳ないけど、ほら、思い出すと気持ちが爆発するから」
「爆発……」
呆れつつも、ショコラを口に運んでは笑みを咲かせる詩葉。その表情に、昨年の寂しさすら、魔法のように甘く塗り替えられていったから。
「……こうやって詩葉に食べてもらいたいって、一年前から思っていたから。その分だけ、今の詩葉の美味しそうな顔が嬉しいよ」
「一年前って、去年のバレンタイン?」
頷くと、詩葉は紅くなった頬を隠すように口元に手を当てて。
「……ヒナちゃん、私に一目惚れしすぎじゃない?」
「うん、一生分の惚れを使い切ったね」
「私も一生分の縁を使った気がする」
「大学とか仕事の分は残しとこうよ……けどさ」
切り分けたショコラをフォークに載せて詩葉に差し出し、食べさせながら。
「昔は、よく分からないイベントだなんて思ってたからさ。こんなに楽しい日だって思えたの、詩葉とだからだよ」
ローマ・カトリックとさして強い縁もないこの島国で、この日にお菓子を贈る理由なんて。目の前の女の子の瞳と舌と胸に躍るときめきで十分だ。一年前の寂しさと、十数年越しの疑問への答えは、こんなにも甘い。
「えへへ……来年もその先も、もっと楽しくしてくれる?」
「勿論。君がいる限り、私は何度だって魔法を贈るし、魔法にかかる――誰より満喫するのは、私たちだよ」
返事の代わりに顔を寄せてきた詩葉にキス。どんなお菓子よりも甘い温度を、もっと熱く、喉の奥に。
ChocoLatency of CreaMagical SugaRealization いち亀 @ichikame
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます