ChocoLatency of CreaMagical SugaRealization
いち亀
2013/2/14
高校入試までひと月を切り、受験生にとっては肌寒いだけでなく心も冷え冷えとする時季に差し掛かった。いくら学力には自信があるとはいえ、中高一貫の学校に通いながらも他校を受けようとしている珍しいケースとはいえ、その寒さに震えているのは
そんな彼女たちのムードとは正反対に、街には甘い空気が流れている――お菓子業界、あるいは「女の子」にとってのビッグイベント、バレンタインである。
陽向だって、興味がない訳ではない。人並みに甘いものは好きだし、同年代よりは料理慣れしているし、誰より渡したい相手だっている。
その相手が女の子なのも、名前すら知らないのも、少しばかりイレギュラーではあるが。
「……誰かに渡してんのかな、先輩」
先輩、としか呼べない「あの人」。
数ヶ月前、クラスで起きていた事件をきっかけに学校を離れると決めた陽向は、代わりの高校を探していた。その中で、成績も治安も良好だと聞いて候補に入れていたのが雪坂高校だった。その雪坂を含め、周辺の高校の音楽系の部活が合同で演奏会を開くというので、気分転換と偵察を兼ねて足を運んでみたところ。
この笑顔のために生きたい、この笑顔と一緒に生きていきたい――この笑顔があるなら世界は美しい。誇張でなくそう思える、合唱部の女子生徒に出会った。人の歌う姿でこんなに世界が塗り替わるなんて思ってもみなかったが、実際に塗り替わってしまったのだから仕方ない。
衝動のままに、終演後の「先輩」に声を掛けて、受験と入部を宣言して。驚きながらも嬉しそうに、大げさなくらい嬉しそうに、彼女は陽向の決意を聞いてくれた。だから少なくとも、陽向のことを疎んではいないはず。
「先輩」だって同性愛者かは分からないし、可能性としてはだいぶ低い。だから「恋人」になるというのはまだ願望の域でしかないが、友達には、仲間には絶対になれる。なれずには終われない――そう考えようとしたのに。
こうした恋人同士のイベントを見かけると、抑えようとしていた願望が膨らんで、妄想が先走ってしまうくらいには。「先輩」に恋してしまっていた。
こだわりにこだわった手作りのチョコを食べてほしい。女の子同士だし、一緒に作って食べるのもいい。けどそれとは別に、とびきり高級なチョコを楽しんでみるのもいいだろう――というのは、高校生には不相応かもしれないが。
だからこそ。この日を「先輩」がどう過ごしているのかは気になって仕方がないのだ。
女の子同士でチョコを贈り合っているかもしれない、それはまあいいだろう。
あの合唱部には男子もいたから、そこへ義理が行くのも……だいぶ心がざわつくが、演奏は格好良かったのだ、まあ、よしとしよう。
問題は本命である。相手が男女のどちらでも、「先輩」が恋している人が、あるいは「先輩」に恋している人がいる可能性は十分にある。あんなに可愛いのだ、誰が好きになってもおかしくない。
そもそも、交際相手がいないとも限らないのである。彼氏/彼女に想いを込めたチョコを贈っている可能性だって、ないとはいえない――それは非常に苦しい。
ふと思い出して、食事の味が分からなくなるくらいには、陽向にとって小さくない不安要素だった。
かといって、どうしようもない。あの場で連絡先を交換しておけば話は違ったのだが、「まずは同じ部に入ってから」という前提を崩したくはなかったのだ。いきなり「一目惚れしました」と言うのもリスクが大きすぎたし。
そうやって、やり場のない切実な想いを抱えながら、まずは雪坂に受かるしかないと、街の甘い色から目を背けたバレンタインから、一年後。
陽向は無事に雪坂に合格、合唱部で「先輩」――
詩葉が想いを寄せる人も、詩葉に想いを寄せる人も、そこにはいたけれど。
片想いの連鎖と、いくつもの失恋もあったけれど。
それでも、晴れて、陽向は詩葉と恋人になっていた。
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