絶望のシンクロニシティー

８

それまで逃げるだけのウサギだった兵は一転、

川の上を駆ける奇跡の野ウサギになっていた。

別にこれは魔族の特殊技能（とくしゅぎのう）と言う訳（わけ）ではない。

いやあったとしても人間よりひ弱な民兵に、

そんな力は無い。

これはダイラタンシー現象（げんしょう）と呼ばれる

自然現象だ。

粘液質（ねんえきしつ）な液体（えきたい）は、

走っている間は水面に沈（しず）まない。

兵が跳び跳ねるウサギに見えるのは、

沈む前に飛び上がり進んでいるからだ。

軽装（けいそう）にさせたのはこの為（ため）でもある。

一方敵（いっぽうてき）は水面の上を駆（か）けて迫（せま）る我が兵に、

度肝（どぎも）を抜かれ逃げ出そうとするが、

泥土（でいど）に阻（はば）まれ思うように身動きが取れない。

重装備（じゅうそうび）が仇（あだ）となって、

必要以上に足を取られている。

途端（とたん）に戦場は一方的な虐殺（ぎゃくさつ）の舞台（ぶたい）となった。

身動き出来ない敵の背後に回り、

竹槍を突き刺すだけの簡単（かんたん）なお仕事。

その求人文句（きゅうじんもんく）そのままに、

見方は一人も負傷する事なく、

敵の死体だけ次々に川の中に浮かんでいった。

一方的な地獄絵図（じごくえず）。

暴虐（ぼうぎゃく）なる戦乱の火蓋（ひぶた）はこうして幕を開けた。

無数の死体で埋（う）め尽（つ）くされた、

真っ赤に染（そ）まった川を気分良く眺（なが）めていると、

副臣（ふくしん）に抜擢（ばってき）した侍女のダークエルフが

報告してきた。

「敵が森に配（はい）したこちらの伏兵（ふくへい）に気付き転進（てんしん）、

　川の上流に向かった様（よう）です。

　忌々（いまいま）しい裏切（うらぎ）り者の売女（ばいた）のエルフを従（したが）え、

　敵の別動隊が森に入っています」

誘引（ゆういん）は成功したか。

その頃我（ころわ）が軍の別動隊が川の上流より、

大量に糞尿（ふんにょう）と小麦粉を撒（ま）き散（ち）らしていた。

「人間に股（また）を開く淫売（いんばい）のエルフ目が・・・　」

柳眉（りゅうび）を逆立（さかだ）て玲瓏（れいろう）な声が呪詛（じゅそ）を吐き出す。

余程（よほど）人間に裏切ったエルフに恨（うら）みがあるのか、

副臣のダークエルフは仕切（しき）りに毒づいていた。

エルフはもともとは、

純潔（じゅんけつ）のダークエルフの中に産まれた奇形児（きけいじ）で、

色白のエルフは魔族の中でも迫害（はくがい）されており、

そうそうに人間に裏切（うらぎ）ったらしい。

俺の世界のゲームやお話の中では、

ダークエルフの方が淫売（いんばい）だと言われているが、

立場が違えばその立ち位置も違うらしい。

「大丈夫、作戦通りだ」

耳の効（き）くエルフが上流の別動隊の存在（そんざい）を察知（さっち）し、

敵軍の一部が森に詳（くわ）しいエルフに先導（せんどう）され、

こちらの伏兵（ふくへい）に迫（せま）ってるらしいが問題ない。