はじめまして

梅雨入りしてから2週間が経ち、折り畳み傘が手放せなくなった。カバンをのぞくと、母親が置いていった赤色の傘が、早く使ってくださいと言ってきているような気がして、カバンの底に追いやる。


「ホント、最悪だよ」


駅のホームで、俺は誰もいないことを確認して呟く。昼頃から降り出した雨のせいで地毛の天パが姿を現そうとする。それを必死で押さえつける。

ホームの椅子にどかっと腰をおろして、カバンからワックスと櫛を取り出してスマホをのぞき込む。俺のイライラを小馬鹿にするようにスマホに映る俺の髪は元気よく広がっている。櫛で伸ばしても伸ばしても元に戻る自分の髪に呆れながら

、指でクルクルと遊ぶ。


「ホント、最悪」


今度は溜め息と一緒に呟く。


「今日は涼と健ちゃんと遊びに行くはずだったのに。ババアが新しい男と駆け落ちしたからって、なんで俺が会ったこともないガキの面倒見なくちゃいけねんだよ」


「大体、久しぶりに連絡してきたと思ったら

これかよ」


腹が立ったがそれ以上に呆れた。俺の母親は未婚のまま俺を産んだ。俺が小学6年生の時、新しい男と家を出て行った。もともと家に居ないことが多く、放ったらかしだったから寂しくはなかった。それに幼馴染の涼と健ちゃんがいたから毎日もそれなりに楽しかった。お金は時々母親が持って来ていたようだった。学校から帰って来たら、机の上に10万置かれているだけだったから会ってはいない。だから母親から連絡が来たときは驚いた。しかも子供を預かれと言われたので、さらに驚いた。


「どうしたもんかなぁ~」


 色々考えてるうちに電車が来た。重い足取りのまま電車に乗り込む。3時ぐらいなので人は少なく、座れた。窓から景色を眺める。ここから3駅乗って、10分ぐらい歩いたところにその子は母親と住んでいたらしい。今日から今のアパートを出て俺のアパートに来るらしい。本当に勘弁して欲しいと思った。もう、こっちにもこっちの生活があるのに都合のいいときだけ頼って来てほしくない。


 「プシュー」

 

 電車の扉が開く。慌てて降りて、改札を出る。


「この辺、初めてくるな」


などと呑気な事を言いながら、送られて来た地図を頼りに歩き出す。コーヒー屋さんの角を曲がって、潰れたカラオケボックスを少し通り過ぎる。そして目の前のアパートを見て、


「これか」


と呟く。


それから一旦深呼吸をして201号室のインターホンを鳴らす。2回鳴らしたところで扉がガチャリと音を立てた。ギィギィギィーと音をさせながらゆっくりと開いた扉の奥には、まんまるで大きな瞳を緊張させているまだ4歳くらいの男の子がいた。


「はじめまして」


俺はとりあえず挨拶をした。


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小さくて温かい手 坂元華子 @sakamoto12345

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