第3話 悠太郎



小学5年生の僕でもわかるくらいに、母さんは疲弊していった。


「悠太郎、ごめんね。ごめんね。」

「私がちゃんとしていれば、、、必ず見つけるから」


毎日僕に声をかけてくれる。


でも、

普通の僕たち家族に、突然こんな事が起きてしまって、

一番辛いのは母さんに決まっている。


親族も、母さんの様子を見ていると、さすがに責め立てることもできず、


僕らはただ、情報と父さんの帰りを待つしかなかった。






ある日、学校から帰ると、

家の中から、母の「おかえり」と猫の鳴き声がした。



父さんがいなくなる前は、ペット禁止のアパートだったけど、

一家の大黒柱が不在となった僕らは、やむなく近所のアパートに引っ越した。


偶然ペット可だったから、

たまに動物の鳴き声は他の部屋から聞こえてくるので慣れている。


でもそれが自分の部屋となっては話は別だ。

そもそもペットを飼うなんて話は聞いてない。



父さんの失踪以降、

母さんはシフト制で近くのスーパーへ働きに出ている。


念のために定期的にメンタルヘルスに通っているけど、

お医者さんからは「問題なし」と判断されているそうだ。


今日は休みの日だ。

もしや唐突に寂しさのあまり、ペットショップにでも行ってしまったのだろうか。



「母さん!」


玄関から慌てて駆け込んだ僕が目にしたのは、

母さんの膝の上で撫でられている茶色いネコだった。


首輪などの飼い主が分かる目印がないので、野良猫の可能性があるが、

それにしてはきれいすぎる。



「ベランダを開けたらね、この子がいたのよ。かわいいでしょ?」


「え?ベランダに?ここ2階だけど…」


「そうなのよ、不思議ね。どうやって迷い込んだのかしら。

 人懐っこいし、アパートの猫かしら。」


「ちょっと大家さんに聞いてくる」


僕は母のスマホでネコの写真を撮り、大家さんの部屋を訪ねた。


大家さんは、動物好きということもあり、

アパートで飼われているペットをすべて把握している。


住民が遠出をする時も、大家さんに預けるほど信頼されている人だが、

「この猫は見たことがない」とのことだった。



アパートのペットではないネコが、


2階のベランダにいたという事だけで不思議すぎる。


僕はふと、

身近に起こった不思議な事件である、父さんの失踪を重ねてしまっていた。





やっぱり変だ。


嫌な胸騒ぎがして、2階への階段を駆け上がる。


父さんを探しても、全く見つからない所か手がかりさえ掴めなかったが、

あの時の焦りと、似たような自分自身が急げと言っている。



また離れ離れになってしまうような、不安が入り混じったような。




玄関を開けると、


秋晴れの夕日に包まれた中に、母さんとネコはそこにいた。


太陽はもうすぐ隠れて、夜が来そうだ。


暗く、しかし言い換えようのない安堵をもたらしてくれる常闇。


ゆっくりと僕らを包み込んでいる。


母さんが、おいでと手招きしている。


ネコも、おいでとまるで僕を呼んでいるようだ。



嗚呼、いろいろと悩んでしまっていたけれど、もう何も迷うことはない。



身を任せればいい。


昔みたいに、二人に抱き着いていたみたいに。



「待っててくれて、ありがとう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

引く。 只野まさはる @Tadano_M

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ