第16話

「こんにちは、メイヴィス嬢」


 天使のような美しい微笑みに、私も出来るだけ同じものを返した。

 前回から一週間、月が変わって、今日は三回目のだ。


「メイヴィス嬢からお誘いいただけると思いませんでした」


 オズワルドが声を弾ませる。私はお茶を飲んで微笑んだ。

 そう、今日は私から家に来ないかと誘った。


 令嬢たちの手紙はすぐに返って来た。皆、私が婚約を機に男性を理解しようと努力しているのだと思ったようで、お祝いの言葉が添えられていた。

 クレアだけは『次は何を企んでいるの?あまり無茶をしてはダメよ』と書いていたけど。


「今日は何を?」

「前にオズワルド様のお好きな歌劇を教えていただきましたから、今日は私の好きなものをと思っております」

「へぇ、何でしょうか。楽しみです」


 お茶を飲み終えると、オズワルドを連れて私は家の裏へ案内する。

 見えてくるのはいくつかの小屋と、繋がれた馬。

 オズワルドが驚いた顔をするのを見て、私はほくそ笑む。


 令嬢たちの手紙にはいくつかの質問を載せた。その中の一つ、「男性が嫌がりそうな行為・言動」に対して最も多く寄せられた回答が男性的な趣味を持つこと、だった。


 この国では女性が馬に一人で乗ることはほとんど無い。スカートだと乗りにくいし、この国の馬は体が大きくて力も強いから女性や子供が乗るのは難しいのだ。

 されど私は辺境伯家令嬢。数十年大きな争いが起きていないとはいえ、ある程度戦いの仕方は身につけている。乗馬もその内の一つだ。趣味と言うほどではないけど、乗り方を忘れないよう、時々走らせている。


 貴族社会で男女の役割は重要視されている。女性は女性らしく、男性は男性らしく。当然、年頃の女性が馬に乗れるのは好ましくないと思われる。

 オズワルドの前で馬を乗りこなせてみれば嫌がるに違いない。

 もし彼が乗れなかったら私の後ろに乗せて差し上げよう。そしたら効果はてきめんだ。

 そう思っていた私の耳に、オズワルドの弾んだ声が入った。


「素晴らしいです、メイヴィス嬢。僕も乗馬が趣味なんです」


 オズワルドがうっとりとした表情で馬を撫でる。その手つきは間違いなく馬に触り慣れている人間のものだ。


「あなたと一緒に馬で走れるなんて……夢のようです」


 どうやら私は今日も失敗したらしい。


 いくつかのパターンは用意していたけど、まさかここで引っかかるとは思わなかった。戦争なら読みの浅さは死に直結するから、全ての可能性を考えろと言っていた兄の声を思い出す。

 大丈夫、策が尽きたわけじゃない。今日は他にもやろうとしていたことはある。出鼻から挫かれたとは言え、全部が全部ダメになったわけじゃない。


 小さな絶望感を抱きながら、私は乗馬の準備を始めた。

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新婚一年目に突入したので全力で離縁を目指します PPP @myp_p

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