ニセモノ

池田蕉陽

ニセモノ


 学校から帰ってくると、家には台所で味噌汁の味見をしているお母さんしかいなかった。


「おじいちゃんは?」


「さっき外に出てったわよ。封筒持ってたから多分あそこのポストじゃないかしら」


「ふうん」


 ぼくはまるでどうでもよさそうにしたけれど、これはチャンスだと心の中ではガッツポーズを決めていた。


 前にぼくは興味本位でおじいちゃんの部屋に入ろうとしたことがあった。だけどその時は「入ってはならん」といつにも増した怖い顔で追い出されたのだ。きっとおじいちゃんは何か大事な物を隠しているに違いない。ぼくはそう確信して、今日の今までおじいちゃんの部屋にこっそり忍び込むタイミングを狙っていた。


 ぼくはランドセルを居間に放り投げると、廊下の奥にあるおじいちゃんの部屋に向かった。ここに来て少し罪悪感を感じたけど、だからといって引き返す気は毛頭なかった。


 襖を開けると、そこには以前と同じ光景があった。一見何の変哲もない和室。真ん中にちゃぶ台があって、部屋の端に本棚がある。ぼくはまず本棚の方へと足を動かした。


 すると、さっそくすごいものを見つけてしまった。棚にずらりと並んだ本は難しい本だとばかり思っていたけど、いざ手に取ってみると違った。『淫乱人妻勢揃い』と書かれている。ぼくはその字を読むことは出来なかったけど、表紙に女の人のセクシーな絵が描かれていた。


 ぼくはすぐに、これがおじいちゃんが隠したかったものに違いないとわかった。あんな怖いおじいちゃんがこんなものを読んでたなんて。


 試しにページをパラパラとめくってみる。当然何を書いているのかちっとも理解できない。


 ひらり。紙をめくった拍子に何かが二枚落ちた。しおりかなと思ったけど、それはすぐに違うことが判明した。


 写真?


 どうやら古い年代のよう。傷や黄ばみがひどく目立っている。それに画質も悪い。


 一枚目は山の風景を撮影したものだった。どこの山かは知らない。緑がたくさんあって、まさに絶景だと言える。


 二枚目を見てみると、その山を背景にして二人の人物がこちらに向かってピースをしていた。


 一人は誰かわかった。若い頃のおじいちゃんだ。前にも別の写真で若いおじいちゃんを見たからわかる。でも、おじいちゃんの隣にいる若い女の人は知らなかった。おばあちゃんでないのはわかる。ただ、誰かに似てるような気もする。


 一体この人は誰なんだろう。それに、もう一つおかしいなと思ったことがある。おじいちゃんは山登りが嫌いだったはずだ。それなのにどうして山の風景なんか撮ったんだろう。


 ぼくは考えてみたけど、答えは全く出なかった。


「なにしてるの」


 ぼくは慌てて振り向いた。おばあちゃんがいた。


「ごめんなさい勝手に」


「うちはいいけど、おじいちゃんが怒るよ」


 掠れた声で言って、乾いた笑いをした。


 ぼくはおばあちゃんに、この写真のことを聞いてみようと思った。


「ねえおばあちゃん、おじいちゃんって山登り嫌いだったよね」


「んん、昔から嫌いだったね。それがどうかしたの?」


「うん。これ見てよ」


 ぼくは二枚の写真をおばあちゃんに見せた。


「変だよね。おじいちゃん山登り嫌いだって言っときながらこんな写真撮ってるんだよ。それにこの女の人誰だろう。おばあちゃんわかる?……おばあちゃん? おばあちゃん聞いてる?」


 おばあちゃんは何故か無表情のまま口も開こうとしなかった。その時、玄関扉が開く音がした。どうしよう。おじいちゃんが帰ってきた。


 おじいちゃんはぼくたちを見るなり、血相を変えて早足で近づいてきた。


「おまえ勝手に入る……」


 おじいちゃんは、ぼくが持つ写真を目にした途端、また顔色を変えた。さっきの怒り顔は突然熱が冷めたように消え失せて、今度は段々青くなっていくようだった。こんなおじいちゃんは初めてだ。


「ちょっと何騒いでるの。ご飯できたわよ?」


 お母さんが台所からすっと顔を覗かせた。ぼくはそのお母さんの顔を見て、ああ、と気づいてしまった。


 この写真の女の人、誰かに似てると思ったら、お母さんだったんだ。



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ニセモノ 池田蕉陽 @haruya5370

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