第21話

「何度食べても思うが……本当に日本の食べ物は贅沢だな」

「カレーがです?」

「うむ。これだけ豊富にスパイスを使用しているなど、こちらの世界のどこの国に行っても無理だろう」

「日本では国民食とか言われるほど、どこの家庭でも食べれるようなものだったんですけどね」


 久たちの食事は日本から帰ってきてから更に充実したものになった。

 倉庫から強奪してきた物が大量にあるという理由もあるが、エミルが日本食を気に入ったという点が大きいだろう……シャイラが張り切って作るようになったのだ。

 だが倉庫にある物は、当然だが賞味期限や消費期限が存在する……存在するのだが、未だに全ての倉庫の食材は問題なく食べる事が出来ている。

 それはなぜか?

 倉庫の中の時が止まるようになっていたためだ。

 ではなぜ時が止まるようになったのかとなるのだが、その理由は簡単な話だった。

 久がエミルのうっかりによって食し不老となった桃だ。幾度となく倉庫番である精霊へとピーチパイの差し入れをした結果、その効果が精霊ではなく倉庫へと作用したらしい。

 そのために日本から戻って来て既に1年を迎えようとしているにも拘わらず、全ての食材が奪ってきた時のままで取りおかれているのだ。

 ――ちなみにこの効果は日本に行く前から既に表れてはいたらしいのだが、久が知ったのは戻って来てからだった。賞味期限を気にしてしょっちゅう倉庫番を呼び出しては期限を確かめる久が気になったらしい精霊からの素朴な『何をなされて?』という質問から会話となり発覚したのだ。


 豊かな食生活は久とエミルへ更なる活力を促す……つまり久は剣術・体術・魔法修行や勉強に熱が入り、エミルは研究に打ち込む事となった。


 そんなある日の事だった。エミルが大森林を南下して、魔結晶なる物を発掘する旅に出掛けたいと言い出した。


「魔結晶……ですか?」

「うむ、魔結晶だ」

「初めて聞くんですが、それは何ですか?」


 初めて聞いた言葉に首を傾げる久。

 魔とつくからにはこの世界独特の物だろうとは検討をつける事はできる。そして結晶という言葉から宝石のような鑑賞目的の物を想像したのだが、エミルの答えは全く違うものだった。


 端的に言ってしまえば、魔結晶とは魔力の結晶だ。

 この世界には一般的に魔力脈と呼ばれる目に見えない魔力の川のような物が地中に流れているらしい。それが地中奥深くにある水晶のような結晶に長い時間触れる事により、魔結晶と呼ばれる物に変化する。

 その用途は魔力を必要とする道具に使用される……つまり乾電池やバッテリー的な役割を果たす。

 まるで日本で暮らしていた際に見かけた電気製品にあまりにも似ていた為に久は気づかなかったのだが、これまで暮らしてきたログハウスの天井から吊るされているシャンデリアや、調理場のコンロにも使用されている。

 また、シャイラをはじめとした魔導人形のエネルギー源も魔結晶が使われている。

 ――魔結晶はその色によって、魔力の内包量が違う。様々な色があるのだが、最も内包量が多い物は虹色に輝いていると言われている。ただ虹色の物は滅多に見つからず、エミルがまだ国に暮らしていた時代では小指の先程の一欠片でさえ王都の一等地に大きな屋敷を構える事が出来るとさえ言われた程の価値を持つ。また、エミルたちが最果てのこの地に移り住んで250年の間に見つかったのは、拳大の物1つだったというのだからその希少性がわかるというものだろう。

ちなみにその見つかった拳大の物は、シャイラの動力部分に使用されているらしい。


 突然エミルが魔結晶を採掘しに行きたいと言い出したのにはもちろん理由がある。

 日本から帰って来てから彼女が熱心に行ってきたのは、魔力の存在しない科学の勉強だ。その中には高度な数学や化学なども含まれる。更には強奪してきたトラックなどの車両を分解し、未知なる仕組みをその手で学んでいた。

 そしてそれを参考に己の手で自動車を1から作るために魔晶石を必要と考えたのだ。ただ日本の自動車のように石油由来ではない魔力を元にした物であり、この世界に存在する物質を使ってのだが。


 魔結晶が眠る鉱脈は南にあると伝えられた訳だが、南にはほとんど出掛けた事がない。あるのは南西にある水の民が住まう湖くらいである。その際にも鉱脈の話など聞いた覚えがない事から、どれほど出掛けた先にあるのかを久が尋ねると、その答えは驚愕すべきものだった。


「だいたい歩いて400日も進んだ所に大きな谷があっての、その壁面に開いた穴を潜ったところにある」


 これまでの旅の最長期間で片道約50日程だ。それを考えると恐ろしい距離となる。

 ここでようやくエミルがわざわざお願いという形で申し出てきた事に納得がいった。


「それは結構な長旅ですね」

「うむ、本来ならそうなのだが……。久に負担を掛けてしまうようで申し訳ないのだが、途中途中で転移を用いてもらえれば、そう大した旅でもなくなると思うのだ……」

「そうですね、確かにある程度進んでは目印を付けて戻って来てを繰り返せば問題ないですね」

「うむ。良いかの?」

「もちろん大丈夫ですよ」

「そうか!そう言ってくれるとありがたい」


 久としては頼られる事が嬉しかった。

 元々ここはエミルとシャイラ、そしてリードのみで問題なく250年も過ごしてきていた……何一つ問題なく。最近では他の民との交易などで役に立てていれるとは思うが、それでもどこか自分は余り物なのではないかとの不安があった為に。


 翌日から一行は旅に出掛ける事となった。

 約20日程進んでは、近隣の木に布を幾つか巻き付けて目印を作り、転移で戻って来て数日身体を休めてまた転移で目印まで移動するを繰り返す。時には戻って来た際に、これまでと同様に他の民たちとの交易も行ったりもしていた。

 これらの行動には全て久の転移の力を大きく必要とするものだったが、久としては自分の力が必要とされている事が嬉しくて、その毎日にとても充実したものを感じていた。


 そしてエミルが願いを口にしてから約3年後、ついに谷へと到着する事となった。

 転移を多用しての長旅であったが、その道程は中々にハードなものだった。

 進めば進むほどに出てくる動物や魔物の身体は大きくなり、凶暴性も高くなっていた為にかなりの時間を戦闘に割けられる事となっていた。

 また、初めて遭遇する種族との交流もあった。5m程の身長であり筋骨隆々の体躯を持つ1つ目の者。蜘蛛のような多脚だが上半身は人に似た身体を持つ者。地球に住まうオラウータンのような容姿の者など。

 これまでどこの民とも交流がない故に、自らの種族の名を持たぬ者たちばかりだったが、集団で暮らし独自の文化を築いていた。

 お互いに容姿が全く違うのだ、警戒し武器を持ち威嚇行為となるのは致し方ない事だろう。ここで大活躍したのがリードだった。エルフと同じように神の遣いと思う者も少なくなかったようで、大きく揉める事なく交流出来る事となった。久の言語理解スキルが役にたったのも大きいだろう。エミルの知らぬ薬草や果物、それぞれの種族が作り出す特産物のような物を得る事も出来たのは、この旅の最大目的とは違うが、一行にとって大きな収穫となった。


 さて、エミルの言うに到着した訳だが、そのという響からそこまで深さもない光景を描いていた久だったが、向こう側へと渡ろうにも回り道がない程に延々と続いているばかりか、幅も数百メートルはあろうほどにに広く、更にそこは真っ暗でその深さは想像出来ない程だった……つまり大渓谷と表した方がいい場所だった。


 そして到着するや否や、持って来た太いロープを太い木へと結び付けそれを命綱のように己の腰へと結び付け始めるエミル。


「えっと、倉庫番さんに地下から魔結晶を取ってきて貰うというのはナシですか?」

「あっ……」


 どうやらエミルはすっかり忘れていたようだ。


「た、頼めるか?」

「はい」


 忘れていた事が恥ずかしかったのか少々頬を赤く染めながら、きつく腰へと巻き付けたロープを解くエミル。

 いつでもしっかりとしているエミルのそんな姿は、中々に新鮮なものだった。こう思ったのは久だけではないようで、シャイラも微笑みを見せていた。


 早速倉庫番を呼び出し、魔結晶を含めた鉱物などを回収して貰う事に。

 倉庫番と共に近隣を歩き回り続ける一行……一日中歩き回っても、未だに虹色に輝く魔結晶は見つからない為に翌日も行う事にして、本日はここまでにする事となったのだが、偶然にも拓けた場所があった為に、久しぶりに倉庫本体を呼び出しては泊まる事となった。

 ――ちなみにこの倉庫に泊まるのは、日本……いや、世界中を騒がせたあの日以来となる。こちらの世界ではシャイラの手によって造られ快適な家がある為に必要としないからだ。

 確かにログハウスも日本家屋もとても過ごしやすいが、この倉庫に付いたホテルはホテルでまた違った快適性を持っている。そして何よりもちょっとした旅行気分を味わえる事が大きいだろう、エミルもリードもはしゃいだ声を上げていた。ただシャイラだけは、何処かムッとした雰囲気を纏い、床に敷かれたマットやベッドの質を念入りに確かめていた事から、今後普段の住まいはより充実した物になるだろう。


 はしゃいでいたエミルもリードも、そして久もが寝静まった深夜の事だった。突然ドンッと大きな音が鳴ると共にグラグラと倉庫が揺れるのを感じ、誰もが飛び起きる事態となった。


「地震!?」

「いや、地震ではないだろう。現にもう揺れておらんしな。多分原因はあの音だと思うのだが……」


 久とエミルがそんな事を話していると、またドンッと大きな音が響くと共に揺れを感じる事となった。

 一体何が起きているのかと頭を悩ませるも、不用意に外に出るのも危険との判断から再度眠ることも適わず、真っ暗な外を窓から眺め待つ事しか出来ない。

 だが一行の不安とは裏腹に、2度の音と揺れ以降何が起きる事も一切なく、地平線より太陽が昇るのを迎える事となった。


「一体何だったのか……」


 それぞれが首を捻りながら外へと出ると、そこには30mはゆうに越える程の真っ赤なドラゴンが2匹倒れていた……頭が潰れた状態で。


「ふむ……どうやら倉庫に突っ込んで自滅したようだな」


 ドラゴンが倒れている場所から上を眺めてみれば、倉庫の壁に衝突したと思われる2つの赤黒い汚れと、小さな傷のような物が確かに見受けられた。


「久よ、悪いがこの2匹の亡骸も倉庫にしまってくれるか」

「いいですけど何かに使うんです?」

「うむ。例えば鱗は防具に用いたり出来るほどの強度を持っているし、肉はとても美味い」


 ドラゴンの肉、それは久にとって未知な物でありつつも、アニメや漫画で見ていた事による憧れもあり、とても魅力的に聞こえた。

 だがここで1つ疑問がうまれた。それは頭が潰れている事により、ツノが生えているかどうかわからない事だ。これまで額からツノが生えている魔物を食する事は一切なかった、瘴気に侵された物は人体に害を与えるという事で全て燃やしてきたためだ。

 その事をエミルに問うと、ドラゴンは瘴気に対して強い抵抗力を持っている為にほとんどツノが生えないというのだ。稀に侵されるモノもいるが、その場合は不思議な事に全身がツノと同じように真っ黒に染まる為にわかりやすいという事だった。


「じゃあ赤いから大丈夫って事なんですね」

「うむ。ほれ見てみよ、リードなぞ先程からヨダレをダラダラと垂れ流しておる」


 エミルの言葉にリードの方を見てみると、待ての状態でいるのだが、その視線はドラゴンに釘付けとなっており、口からは滝のようにヨダレを垂れ流していた。

 ――だらしなくダラダラとヨダレを垂らしドラゴンの亡骸を見つめる姿は、白銀の美しい毛並みを持ちエルフたちに神の遣いと崇められるフェンリルとはまるで思えない。

 そこが愛らしく感じる一面も無きにしも非ずではあるが。


「ねー食べないのー?」


 こちらの視線に気が付いたのか、いつも通り間延びした声を上げつつもすぐにでも食べる事を望む声を上げた。


「ふむ……朝食にちょうどいいか。シャイラ、悪いが捌いてくれ」

「かしこまりました」


 シャイラの手により、素早く捌かれ鱗と皮と肉と内蔵へと仕分けられていくのを横目に、久はエミルへと更なる疑問を投げかけた。


「これまでドラゴンはログハウスに飾ってある頭しか見た事がなかったんだけど……」


 そう、久がこの世界を異世界と判断した理由であるドラゴンを見たのは、これが2度目なのだ……どちらも亡骸ではあるが。


「ああ、谷の向こう側の……少し遠くだが山があるのは見えるよな?あの辺りにドラゴンの住まいがあるのが原因だ。大方当然見た事もない大きな建物が建った事に興味が湧いてやってきたんだろうよ」


 エミルの指差す方向に目を向けると、確かに茶色の山があった。更に魔力で目を強化して見てみると、何かが辺りの空を飛び交っているのが見えた。


「あれがドラゴンです?」

「うむ。ここからは1つの山しか見えぬが、南へと幾つか連なっておってな、そこに様々な種類のドラゴンが住んでおる。もし気になるならいっその事行ってみるか?」

「……遠慮します」


 確かに見てみたいという願望はあるのだが、もし襲われたらとの恐怖が勝り横に大きく首を振る事となった久である。


 そんな会話をしているうちに解体は終わったようである。

 食事には必要ない物を倉庫へと収納し、その場でバーベキューとなったのだが、恐る恐る口にしたそれは久が食べた事もない程にジューシーでいて口に入れた途端溶けて消えたと感じる程に美味しい物だった。そこまで食が太い久でさえ、厚さ3cmで直径30cm程の大きな皿からはみ出る程のステーキを3枚も平らげてしまえる程だった。

 ――ちなみにリードは無言で生肉にむしゃぶりついており、気付けば1匹丸ごと食い尽くしていた。


 苦労なく最高の食材を手に入れた一行。

 柳の下の2匹目のドジョウを狙うべく、魔晶石を大量に得た後も数日間倉庫を出しっぱなしにしてドラゴンが衝突するのを待っていたりもした……そして最初の2匹に加えて更に3匹頭の潰れたドラゴンを得たところで帰還する事となった。

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殺されかけたら異世界へと転移出来るようになっていた(仮 マニアックパンダ @rin_rin_rin

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