第30話 after story



「そうしてイービル・デビルとアリィヤは人類最大の敵として憎しみの対象となり、グン・シーは英雄と称えられるようになったと。いやー、いい話だね」




「少し嘘くさかったけれどね。特にイービル。あなたあんな薄っぺらい内容の遺書をよくもまぁ書けたわねぇ。あれってどれくらいが本当なの?」




「うーん、一応本当の事も書いてあるよ。僕が孤児だったっていう所だね」




「っていう事は色々騙されて酷い事をされたりっていうのも本当の事なの?」




「いいや? 幼い僕を騙そうとする輩は居たけど騙されたことはないね。逆に絞れるだけ絞らせてもらったよ」




 僕こと、イービル・デビルとアリィヤは死んだ。少なくとも世間ではそう言われている。


 でも、御覧の通り僕はぴんぴんしている。


 現在は魔王が住んでいたという豪邸で生活している。どれもこれも高価な物ばっかりで心臓に悪いね。



 さて、何が起こってこうなったのか簡単に説明するとしようか。


 魔王を倒したあの日、僕は逃げる事を既に決めていた。理由はグン・シーさんが裏切りの算段を立てていたからだ。


 そう、僕はグン・シーさんの裏切りを察知していたのだ。いや、正確に言えばいつか裏切るだろうと思っていたというべきか。


 グン・シーさんは僕が薬の力を信じていると思っていたようだけどとんでもない。薬はしょせん薬。効きにくい特異体質の人もいるだろうしね。人間よりは信じられるっていう程度さ。





 でも、さすがはグン・シーさんだね。僕がグン・シーさんの裏切りに気づいたのは彼に傭兵を集めてもらったときだ。つまり、グロウスが率いていた魔族軍を殲滅した後の事だね。それまではグン・シーさんは薬に溺れていると思っていた。その時点で裏切られていたらちょっとどうなっていたか分からないね。





 え? なんでグン・シーさんが裏切るつもりだと分かったのかって?


 それはね……彼のミスのおかげだよ。いや、むしろ仕事をうまくこなしすぎたがゆえのミスというべきか。


 グン・シーさんには兵力増強の為に力を貸してもらっていた。彼は以前から付き合いのあった人たちにも声をかけていると言っていた。そうして今までの付き合いをフル活用して兵力増強に尽力してくれたって訳だね。そうしてグン・シーさんは以前から付き合いのあった人たちを味方に引き入れたわけだ。




 でも……それっておかしくないかな?



 グン・シーさんが味方に引き入れてくれた兵士たちの事だ。彼ら、以前からグン・シーさんと交流があったのならあのイカれた状態のグン・シーさんを見ておかしいと思うんじゃないかな? 少なくとも何があったのか調べたりはするんじゃないかな? それが何もせず、そのまま味方になった。これはとてもおかしい。


 おそらく僕の目が届いていない場所でグン・シーさんは真面目に交渉していたのだろう。


 魔族を滅ぼすための戦力を集める事を重視しすぎたために僕を騙しきれなかったのだ。僕はこの一件でグン・シーさんが正気を保っている可能性があると考えた。その後、彼を注視してみるとやはり所々で理性的な判断をしていた。それを見て僕はグン・シーさんが正気を保っている事を確信した。さらに、薬物中毒の演技をする事で僕を油断させ、裏切るつもりだと気づくことができたのだ。




 さて、そんなわけでかしこいグン・シーさんの裏切りを察知した僕は彼がどの段階で裏切るのかを考えてみた。グン・シーさんの魔族に対する憎悪は本物だ。つまり、魔族に勝利するまでは僕の手足となってくれるだろうと考えた。なので、それまでは予定通り魔族殲滅に全力で臨むことにした。




 そうしてグン・シーさんの力も借りながら魔族の頂点に位置する魔王を倒す事ができた。やったね。ミッションコンプリートだよ。


 さて、そこで残った問題は一つ。グン・シーさんをどうするかだ。正直グン・シーさんを始末しようかとも思ったが、彼の事だ。タダでは死んでくれないだろう。




 僕はグン・シーさんの命を握っている。彼に取り付けてある爆弾を起動させれば簡単に彼を殺せる。しかし、これはグン・シーさんも理解している。つまりは対策されている可能性があるのだ。




 そう、彼が死んだらそれでおしまいとは限らない。かしこいグン・シーさんの事だ。自分が死んでも僕に一矢報いることができるように準備だけは整えている可能性がある。困ったことに僕を恨んでいる人は多い。僕を倒す作戦を実行してくれる後継者なんて探せば簡単に見つかるだろう。僕は人類の為に尽力しているっていうのに酷いよねぇ。



 グン・シーさんは僕以上に頭がきれる。非情に徹しきれないところもあるけど、そこにさえ目を瞑ればこれ以上の軍師はいないだろう。




 そんな人が考えた作戦を躱し続ける? はは、そんな危ない橋わたりたくないね。





 なら、どうするか?




 答えは簡単だ。


 僕が死ねばいい。





 もちろん実際に死ぬわけじゃない。周りにそう思わせるだけでいい。


 僕がグン・シーさんに借りた家。あの場所で僕は敗残兵である魔族を家に招き入れて脱出路を作ってもらっていた。戦術都市マリュケイカから脱出して魔族領域へと行くことができる地下通路だ。魔族は人間より身体能力が高いし、魔法を使える個体も多い。脱出路は短期間で出来た。もちろん、手伝ってくれた魔族さんたちには申し訳ないけれど死んでもらった。脱出路を知ってる人は出来る限り少ないほうが良いからね。




 そうして魔王を倒したあの日、僕はアリィヤと共に家に帰り、脱出路を使って魔族領域へと達した。その後、家に仕掛けていた爆弾を起動したのだ。家には僕とアリィヤに体格が似ている二人の男女を連れ込んでいた。僕とアリィヤしか居ないはずの家から僕とアリィヤに体格が似ている二人の男女の死体が出れば、それは『イービル・デビルとアリィヤの死体』として処理されるだろう。死体から偽装がばれないように爆弾の量は多めにしておいた。死体の判別が出来なくなるようにね。





 そうして今日に至る。僕の期待通り、イービル・デビルとアリィヤは死亡したという事になっているようだ。死人を殺そうとする人間は居ない。つまり、僕の命を狙う人間は居なくなったっていう訳だ。これで安心して眠れるね。




「それにしても良かったの? あれだけの部下を簡単に手放すなんて。イービルならグン・シー程度どうにでも出来たんじゃないの? 言ってくれれば私も協力するのに」




 アリィヤが今更そんな事を聞いてくる。やれやれ、分かってないなあ。




「グン・シーさんをどうにかして多くの部下を持って……それでどうするんだい? 今まで僕が多くの部下を欲していたのは魔王を倒すためなんだよ? それが為された今、部下なんていても邪魔なだけだよ。いつ裏切られるか分かったもんじゃないしね。僕はこうして平和な毎日を過ごしていたいだけなんだよ。おっ!? この紅茶美味しいねぇ」




 僕はアリィヤが淹れてくれた紅茶を飲み、今の平和な日々がいつまでも続くように願う。




「そう言ってもらえると淹れた甲斐があるわ」




 アリィヤが幸せそうに微笑む。いやぁ、本当に便利な玩具を手に入れたなぁ僕は。




「ねぇイービル?」



「何かな?」



「イービルはこれから何を為すの? 何を望むの?」




 そんな事を聞かれてもなあ。




「別に何も。僕はただ静かに生きていたいだけだよ。そんなささやかな願いしか持たないごく普通のつまらない人間さ」




「それじゃああなたはなぜ魔王の討伐なんて平和とはかけ離れた事をしでかしたの? 勇者に選ばれたから。とかじゃ納得しないわよ? あなたならそんなものどうにでも出来たでしょうしね」




 まぁそうだねぇ。途中で逃げ出す事なんていくらでも出来ただろうね。




「勇者に選ばれたからっていうのも理由の一つだよ。まぁ、確かにそれはきっかけの一つに過ぎないかな。一番の理由は魔王が僕の平和の邪魔だったからだね。あのまま魔王が健在だったらいつか人類は滅びちゃってた可能性がある。いくら僕でもそんな状態で魔族に襲われたら自分の身を守るのも難しい。だからやられる前にやったっていうだけさ」




 魔王の討伐に出向いた勇者は何人も居たが、その全員が生きて帰ってこなかった。戦術都市マリュケイカはグン・シーさんがその優れた手腕で魔族から人類を守ってくれていたが、逆にそこを破られれば終わりという状況だった。僕が動いていなければ今頃人類は魔族の侵攻を抑えられず、敗北していた可能性が高い。そうなると僕の命も危うい。それはとても困るんだ。




「なんだかつまらないわね。もっとかっこいいイービルが見たいのに」




「やれやれ、アリィヤは物騒だねぇ。さすがは魔王の一人娘ってところかな?」




 そうなのだ。


 アリィヤ。その正体は魔族の頂点に立つ魔王。その娘だった。


 アリィヤは魔族かもしれない。グン・シーさんから魔族に関しての情報を聞いてから僕はそう思っていた。まさか魔王の娘だとは思わなかったけどね。


 アリィヤの正体が分かったのは魔王の戦いぶりを見物していた時だ。まぁ分かったっていうかアリィヤが自分から伝えてきただけなんだけどね。そりゃあ魔王について詳しい訳だよ。




「それにしても良かったの? お父さんを見殺しにするなんて酷い娘だなぁ。天国でお父さんが悲しんでるんじゃないかな?」




「アハッ。天国なんてものの存在、信じていないくせによくそんな事が言えるわね。いいのよ。私はお父様よりイービルの方が好きになった。それだけで十分よ」



「分からないなぁ。僕のどこに惚れたんだい? アリィヤは僕に会った時からずっとそんな調子だったよね? 正直、未だにアリィヤの事がよく分からないよ。そんなんじゃあいつまでも信用できないじゃないか」




「信用するつもりなんてないくせに……」




「心外だなぁ。僕はアリィヤの事をちゃんと信用しようとはしてるよ。だからこそ一緒に逃げてきたんじゃないか」




「はい、嘘」




 アリィヤはその人差し指を僕の唇へと触れさせる。




「イービルは誰も信用なんてしてないし、信用しようともしていない。周りはぜーんぶ敵。そう思ってるでしょ? 私にはね……視えるの」




 アリィヤはその紅い瞳で僕をジッと見つめていた。




「視えるって何が?」




「その人の色よ。恐怖に支配されている人は震える灰色。愛を感じている人は燃えるような赤。そして……誰も信じていない人は暗い黒色ね」




 へぇ。




「それで? 僕はどんな色なのかな?」




「真っ黒よ。それはもう見事なくらいにね。ある意味芸術品のようだわ」





「それは喜んでいいのかな?」




「少なくとも私は好きよ」




 そこまで言ってアリィヤは自分の淹れた紅茶へと手を伸ばし、一息つく。




「最初はお父様に尽くしたいと思って人間たちを滅ぼすつもりだった。戦術都市マリュケイカを滅ぼして、お父様に喜んで貰おうと思ったのよ。そうして実際、マリュケイカを滅ぼしてもう帰ろうかと思った時、酷く怯える『灰色』に出会ったの」




 ああ、やっぱり戦術都市マリュケイカを滅ぼしたのはアリィヤだったか。まぁあそこに居たっていう時点でそんな気はしてたけどね。


 『灰色』っていうのは確か怯えた人の事だったかな。マリュケイカに住む住人の事かな? そりゃあ自分の都市が滅ぼされたんだから怯えるよねぇ。




「『灰色』はその人の周りにたくさん居たわ。私が出会ったどんな『灰色』よりもその『灰色』達は震えていた。何に怯えていたのか私は興味を持ったのよ。そして少し後に出合ったのがイービル、あなただった」 




 え? そこで僕?




「私は理解したわ。『灰色』達はみんなこの人を恐れていたんだってね。お父様よりも濃い黒色。誰も信じていない黒。美しいと思ったわ。そうしてイービルの事を視れば視るほど好きになった。誰よりも邪悪なのに自分を邪悪だとは微塵も思っていない傲慢さ。目的の為ならばどんな非道なことでも『仕方ない』の一言で済ませる異常さ。真の邪悪っていうのはこういうものを言うんだって思い知らされたわ」




 心外だなあ。僕ほど謙虚な人はそう居ないっていうのに。


 善良な元道具屋を捕まえて邪悪邪悪ってひどくない? まぁいいんだけどさ。




「これが私がイービルに惹かれる理由よ。どう? 少しは信用してくれた?」




「もちろんさ」



「ふふっ、嘘つき」




 そう言ってアリィヤは僕の胸の内に飛び込んでくる。




「まぁまだまだ話したいことは色々あるけれど……ねぇ、いいでしょ?」




 そう言ってアリィヤが誘ってくる。僕の方に断る理由は特にない。




「ああ、もちろんだよ。まぁ話したいことがあるなら好きなだけ話せばいいさ。ベッドの上でね」



「そんな余裕与えてくれないくせに。ふふ」





 そうして僕とアリィヤは寝室へと向かった。





 僕はこの平和な日々を守ろう。誰にも騙されず、誰にも邪魔されず、損をしない生き方をしよう。





 でも……もし僕の平和を脅かす存在が今後も現れるのなら……容赦なく叩き潰そう。




「ふふ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ。どうかこの平和な日々が永遠に続きますようにってね」




 僕だって暴力なんて振るいたくないんだ。だからさぁっ! だぁれも僕に敵対しないでほしいんだよぉ!




「くふ、ふふふふふふ」



 何がおかしいのか、アリィヤも笑っている。分からない。分からないけれど……ああ、アリィヤにつられたのかな? 僕もまだまだ笑い足りない。いいさ。一緒に笑ってしまおう。




「「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」」

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