第29話 道具屋さんは滅びる

 私の名はグン・シー。


 イービル・デビルの盛った薬によって操られている哀れな道化だ。


 そう周りの者は思っているだろう。イービル自身もそう思っているに違いない。


 しかし、それは真実ではない。



 イービル・デビルが薬を用いて私を傀儡にするだろうという事は奴に出合う前から見当がついていた。奴が薬を売りさばいていたこと。そしてその薬を自分が支配したい者に飲ませているという情報は私は既に得ていたのだ。もっとも、証拠は掴めなかったし、イービルが薬を服用させていたと思われる者たちは全員行方不明となっていたのだが……。




 しかし、その情報を得る過程で私は多量の『悪魔の薬剤』を手に入れていた。イービルがこの薬で私を支配しようというのならば私はそれを利用するまでだと私は考えた。


 どんな薬でも服用し続ければ耐性がつく。それは『悪魔の薬剤』といえども同じはずだ。


 部下には猛反対されたが、私は『悪魔の薬剤』を服用した。ああ、分かっているとも。自分でも無謀だと思う。しかし、あの残虐非道で頭のキレるイービルを相手にするにはこうするほかにないのだ。イービルとはまだ対面していなかった私だが、奴の情報を集めれば集めるほど、イービルが恐ろしい相手だという事が分かるのだ。



 そんなイービルの裏をかくには、奴の信頼している『悪魔の薬剤』という罠に自ら飛び込むほかない。私はそう考えて『悪魔の薬剤』を服用した。




 地獄だった。


 抗えない快楽。なんでもできるという全能感が押し寄せてくる。薬が効いているうちはいい。しかし、薬が切れると薬の事が愛おしく思えて堪らなくなるのだ。欲しい、欲しい、何を犠牲にしてでも薬が欲しいと渇望してしまう。




 しかし、私は抗い続けた。こんな薬になど屈しない。精神力で薬が欲しいと思う自分を律した。そして自分が獣に堕ちていないと確信出来たら耐性を得るために更に薬を服用した。




 心臓が悲鳴を上げる。このまま爆発してしまうんじゃないかと思うくらい大きな音を立てていた。私はただ耐えた。残虐非道なイービル・デビルの裏をかくにはこれしかない。そう信じて私は薬に対して立ち向かった。



 そうして私は――勝った!


 私の手元に渡った『悪魔の薬剤』は残り一回分。服用してみる。


 快感が私の体を支配する。しかし、もう耐えられない程ではない。私は――薬に勝ったのだ!!



 そうして準備を全て整えた私はイービルの来訪を待った。しかし、ここで予想外の出来事が起こる。


 それは、戦術都市マリュケイカの壊滅だ。


 何が起こったのか分からなかった。状況だけ見れば力のある魔族が攻めてきたのかのように見える。しかし、魔族の姿を見た者は一人も居ないのだ。


 訳の分からぬ間に私は家族を失った。グン・シーが来訪するのに合わせて逃がそうと思っていた家族を殺されたのだ。会うのが最後になるだろうからと別れを後伸ばしにした結果がこれだ!! 自分が許せない。




 しかし、私は心のどこかでこれは好機だと冷静に分析していた。


 これで私は家族を失い、魔族を憎む理由を得た。つまり、魔王を倒そうとするイービルの傘下に加わっても全く違和感のないポジションだ。



 私は人類に仇を為す魔族、魔王、そして悪逆非道の限りを尽くすイービルを屠るため、イービルの傘下へとおさまった。






 そして……この日が来た!!


 魔王は倒れ、残った魔族は敗走し後は餓死するのを待つだけ。仮に魔族が再び攻めて来ようとも簡単に撃退できるだろう。


 もうイービル・デビルに価値はない。イービルは人間だが、その精神は魔族よりも醜悪だ。あの男を生かしておけば、必ずや人類に害をなすだろう。それに奴に支配された者たちを解放しなければならない。




 用心深いイービルの事だ。支配下に置いた者を爆破する手立てを何通りも整えているかもしれない。もしかしたら私は失敗してしまうかもしれない。そうなればイービルは支配下に置いた者たち全てを爆破してしまうかもしれない。なにしろ、もう魔王は滅んだ。イービルにとってもはや部下など必要ではないのだ。ゆえに、いつ処理されても不思議ではない。




(許してくれ皆。だが、動かなければどのみち皆イービルに殺されるだろう。皆を救う為にも、私はやらねばならんのだ!! どのみちこれ以上イービルの食い物にされる人間が増えるなど私には耐えられんのだ!)




 イービルは今、私が奴に貸した家でお楽しみ中だ。


 唯一の懸念点は……奴にいつも付きまとっているアリィヤという女だ。


 奴の正体はほぼ間違いなく魔族だ。そして、それはおそらく戦術都市マリュケイカを落とした魔族だろう。


 証拠はない。しかし、あれほど卓越した能力を持つ者が人間だとは思えない。それにアリィヤが最初に発見されたのは壊滅した戦術都市マリュケイカだ。それにアリィヤの過去を密かに探ってみたが何一つとして情報が入ってこない。あまりにも怪しすぎる。



 証拠はないのでもしかしたら何の罪も犯していない一般市民である可能性もある。しかし、そもそも悪逆非道のイービルに心酔しているという時点で討つ理由は十分なのだ。それに、アリィヤがただの一般市民である可能性は限りなく低い。




 私は私兵に家を包囲させた。これらの兵はイービルには見せていない。爆弾も取り付けられていない奴の言いなりにならない兵だ。


 作戦はこうだ。まず、私が奴の前へ顔を出す。奴は私が薬でイカれていると思っているはず。傍にはアリィヤが控えているだろうが、私がイービルに内密の話があると言えば席を外してくれるだろう。イービルの命令に絶対に従う。それがアリィヤという女だ。アリィヤに関しては外に待機させている私の部下に任せる。


 イービルと二人きりになれれば後はこっちのものだ。隙を見て奴を拘束する。そうして永遠に暗い牢獄に閉じ込めてしまえばいい。イービル自身の戦闘能力は決して高くない。拘束することはそう難しくないだろう。



 仮に失敗しても外を包囲している兵がイービルを討つという作戦だ。この場合はイービルに爆弾を取り付けられている全ての者が死んでしまうが、やむをえまい。




「さぁ、行こう」




 私は家のドアを開ける。


 その時だった。




 ――ドガァッ――




 聞きなれた爆発音が家の中に響く。


 爆発音は鳴りやまず、家は火に包まれようとしていた。




「なっ――」



 何事だ? まさか私と同じようなことを考えた人間がイービルを殺害せんがために早まったのか?


 しかし、イービルを殺してはならないのだ。殺すのならば、少なくとも多くの者に取り付けられている爆弾を解除してからでなければならない。最悪の場合、それも仕方ない事だと腹を括っているが、そうならないように努力はするつもり。いや、するべきなのだ。





「グン・シー様。退避してください! このままではあなたも巻き込まれてしまいます」



「くぅっ。仕方ないか」




 爆発音はまだ鳴りやまない。私がイービルへと貸した家が崩壊していく。この調子ではどれほどの爆発物があるのか分かったものではない。撤退すべきだろう。


 そこで私は開けたドアから一枚の手紙がひらりと落ちるのを見た。なんだ? これは? なにやら書いてある。内容は気になるが今はそれどころではない。とりあえず持っておくとしよう。




「くそ、一体何なのだ。総員退避、退避ーーーー!」




 そうして私たちは家から距離を置いた。




 数分もしないうちに家は崩壊した。あの中にイービルが居たのであれば、生きてはいないだろう。しかし――




「私に取り付けられた爆弾が起動していない? つまりイービルはまだ生きているのか? もしくは爆弾はただの脅しだったのか?」




 そこで私は先ほど拾った手紙の存在を思い出す。


 何か仕掛けられていないか確認するため裏返しにもしてみる。




「こ、これは!?」




 そこには『遺書』の二文字が書いてあった。






『どうも、イービル・デビルです。この遺書が誰の手に渡っているのかは分かりませんが、僕はきっとこれを読んでいるあなたにも多大な迷惑をかけたのでしょう。申し訳ありませんでした。


 思えば多くの人に迷惑をかけてしまいました。幼少の頃、孤児だった僕は多くの人に騙され、酷い目にあってきました。その恨みつらみを何の関係もない人たちへと向けてしまいました。今では後悔しています。


 魔王を倒す道中、僕は多くの人を見てきました。


 打算も何もなく、手を差し伸べる聖人のような人間。辛い事は分け合えると仲間を励ましている素晴らしい青年。愛する者の為に自身の命すらも惜しまない戦士。僕の人生で出会ったことのない人種ばかりです。僕は彼らを見て思ったのです。「この世界は僕が思っているよりも綺麗なんじゃないか」と。


 そんな彼らの居るこの世界を守りたい。僕は強くそう思いました。


 でも、こんなに汚れてしまっている僕にはどうすればいいか分かりませんでした。思いつくのは非情な手段ばかり。そこで決めたんです。この世界の人間に害をなす魔王を倒したら僕も死のうと。


 そうして僕は魔王を倒しました。もう思い残すことはありません。


 僕一人で逝くつもりでしたが、アリィヤも僕と共に逝くようです。彼女も自分のしてきた非人道的な行いを悔いているのです。全部僕が指示した事だから気にしなくてもいいと言っても、僕が死ぬなら私も死ぬととっても頑固です。彼女には生きていてほしいと思っていたので、そこだけは無念でなりません。』




 まさかあのイービルがこんな事を思っていたとは……。


 にわかには信じがたいが……。


 色々と釈然としないが、私は遺書を読み進めていく。




『さて、これを読んでいる貴方にお願いがあります。


 どうか、僕、イービル・デビルを悪者のままで居させてください。


 僕のという巨悪に立ち向かう限り、みんなは協力意識を持つでしょう。始まりはそんな事でいいのです。そうしてみんなで協力する。それこそが僕が新たに知った人間の力です。


 そして、みんなに取り付けている爆弾。僕が死んだからといって外さないように呼びかけをお願いします。


 僕が死んだときにみなさんの爆弾を起爆するという機能は取り外しましたが、爆弾を無理に取り外そうとしたときに爆発するという機能は取り外せませんでした。力及ばす申し訳ありません。


 以上です。この遺書は燃やすなりなんなり好きにしてくださって構いません』




「…………家の中を調べろ。イービル・デビルとアリィヤの死体があるか確認をしたい」




「畏まりました」



 グン・シーの部下が崩壊した家の破片を取り除きながら捜索を開始する。


 イービル・デビルとアリィヤの焼死体が見つかったのは、それから数時間後の事だった。

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