第27話

 “これからの私に必要なもの”だけを持ち、私は部屋を出る。いつものように、それまでのように、私は部屋に鍵をかけようとした。


「…違う…。」


 手のひらの上に鍵を乗せる。小さな鍵。だけど大き過ぎる存在と存在感。あとはこれを、置いていけばいい。それだけ。それだけなのに。


 想いや感情が、この時初めて一気に溢れた。涙まで。


 サトシと別れたのは事実。LPのように針を置き直すことはできないことを、選択したのは私自身。鍵は現実そのものだった。


 手離そう。その為にここに来たんでしょ?なのに私の手は、名残惜しい。


 大きく深呼吸をし、目を閉じた。涙が頬をつたう。ゆっくり目を開け、静かに鍵をかけた。


  コツン


 鍵がポストに落ちる音が聞こえた。とても虚しい音。小さく響いた後、静寂が響いた。


 歩き出さなくちゃ。足を進めなきゃ。ここから去らなくちゃ。


 本当は、立ち止まりたい。振り返りたい。帰りたい。サトシに、帰りたい。


 荷物は軽いのに、引きずる想いはひどく重い。やはり足取りは軽くなかった。


「これってケリ…だよね…。ケリ…つけられた…?かな…。つけられた…よね…?」


 ぶつぶつ呟くように、誰かに聞くように。私は多分、泣きながら。

 

 そんなことを考えながら歩く私は、公園に向かっていた。バンドが解散し、サトシと別れた後に来た公園。


 ケリをつけられたかどうか、誰かに確かめてもらいたかった。そんな私を、認めてもらいたかった。


 そんな相手、ひとりしかいない。そんなのわかってるのに、病院へは行かず公園に着いた。そして前と同じベンチに座る。隣にはギターケースではなく“これからの私に必要なもの”を置いた。

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セッション 凪 景子 @keiko012504

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