第26話
病院を出た私の足取りは、軽くはなかった。サトシと私の部屋だった部屋へ向かう。そう、ケリをつけるため…。
部屋に着いた私は、ドアノブをゆっくり握り、ドアをゆっくり開けた。
想い出に押し潰されて、記憶に溺れて。私はどうなるだろう。怖い。怖くてたまらない。
でも…
そこにあったのは、『
やがて見えてきた光景。脱ぎっぱなしの服があちこちに落ちている。ゴミもゴミ箱に捨てずそのまま。数日しか経っていないのに。こんなに散らかった部屋は初めて見た。サトシの残像が見えてくる。
はっきり見える前に動こう。
カーテンを開け、窓を全開にした。見慣れた景色をじっと見た後、私は気合いを入れる。
まずは部屋。掃除をしよう。ゴミをまとめる。服を洗濯機に入れてスイッチを押す。掃除機をかける。私にもスイッチが入ったように、体がすばやく動いた。
次は私のもの。
「必要なもの…必要なもの…。」
呟きながら探し、キャリーバッグに詰め込んだ。私は元々ものが少ない。そんな女でよかったと思いながら詰め込んでいた。
クローゼットを開けると、そこには『無』ではなく、想い出と記憶が詰まっていた。遂に固まる私の身体。それでも見えたものがあった。
ふたりで集めた本、バンドスコア、CD、DVD、Blu-ray…。
「そういえば…こんなものもあったっけ…。」
どれも古くて年期が入っていて、持っていたことさえ忘れていたものもあって。それらから懐かしさを感じた。でもそれはどれもふたりのもの。私だけのものではない。これはこのまま置いていこう。
「あ…。」
私は手が止まる。ふたりで書いた譜面を見つけた。譜面はあちこち、沢山あった。サトシの字に、何かが込み上げる。
「これ…は…。」
どうしよう。捨てる?持ってく?どうする?私はどうしたい?
“これからのお前に、本当に必要なものか?”
どこからか聞こえてきた気がして、我に返る気もした。私は手に持っていた譜面を、そっと床に置いた。
“必要じゃないと思ったら捨てちまえ、全部”
またどこからか聞こえた。
ふたりのものはふたりのもの。私のものではない。想い出も記憶も、捨てるんじゃない、置いていく。
全力だった私達。心の中だけとは言え捨ててしまったら、どの時の私もサトシも、かわいそ過ぎる。そんなの、悲し過ぎる。そう思った。
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