竜は禁異の迷い

電咲響子

竜は禁異の迷い

△▼1△▼


 駄目だ。

 あるじが認めない限り、我に権限はない。


 否。

 自身の管轄への裁量権はある。


 初耳だ。

 お前はなぜそれを知っている。


 なぜ知らないんだ。

 まさかその立場で法文書を読んでないとでも?


 その"まさか"だ。

 俺は本の類には興味がない。


 そうか……

 無知とはここまで及ぶのか。


 じゃあ、渡してもらおうか。

 "竜の卵"を。


△▼2△▼


「とんでもない惨状だね」


 卵からかえった竜が言う。


「後始末は?」

「気にするな。"掃除屋"を呼んである」


 長年の友、でもなかったが、利害の一致でつるんでいた男は死んだ。俺の手によって。

 主への忠誠を忘れ、私利私欲に走ろうとした人間を殺し、殺した直後に誕生したのだ。


 竜の子が。


「それにしてもうるさい。中に居た時とは大違いだ」

「聞いてたのか」

「当然聞いてた」


 このは、やはり世界をなめている。

 教育が必要だ。

 それも、とっておきの厳しい教育が。


△▼3△▼


(わかったか? これが我々竜族の掟だ)


「…………」


 耳を壊してしまった。再生には日単位の時間がる。


(聴こえなくともこえてはいるだろう。なぜ俺が貴様にこのような仕打ちを施したか。答えは簡単。貴様が俺に反抗したからだ)


 明確な音にできなくとも意思疎通は可能だ。

 そして、を俺と彼は本能に従って行っていた。


(反抗? 理由? てめえが気にくわなかった。それだけだ)


 だが。

 だが、反抗した理由はおそらく、


(てめえが、てめえが俺の最愛の)

(だろうな。だが、必要なことだ)


 そう。ほぼ間違いなく最愛の存在を奪われたためだろう。


(…………)

(なぜ?)

(……もういい。俺は―― 俺は負けた)

(何に負けた?)

(これ以上恥を)


 俺は彼の元にひと息で跳んだ。間に合った、はずだった。


「おい!」


△▼4△▼


 竜族の掟、その最も高位に存在する三の戒律がある。


 一、己が誇りを忘るならず。

 一、己が命より友の命を優先せし。

 一、竜族以外は物として扱え。


 どこで。

 どこで間違えたのだろう。


 俺の信念は別の、そう、もっと別のものだったはずだ。

 双眸から溢れ出る涙はとめどなく、刃を呑んだ口から戻される液体は大地を紅に染めた。


△▼5△▼


 俺は死に際に思う。


 はしょせんに打ち倒される運命なのだな、と。


「よし! 仇は討った!」


 人間の英雄が叫ぶ。


「そしてここまでついてきてくれたお前ら。礼を言う!」

「なんの! お嬢のためなら!」


 討伐隊が沸く。成し遂げた偉業に沸く。

 ああ、そうだ。これでいい。これが贖罪しょくざいになるのならば。


 俺の耳にだけ、かすかに声が届く。


 我が息子の哀悼の声が。


<了>

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竜は禁異の迷い 電咲響子 @kyokodenzaki

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