終章 魔法のような

終章

 翌日。

 先週は大変濃密な日々を過ごしたな~なんて余韻に浸る間もなく、月曜日がやってきた。


「もう事件に巻き込まれるんじゃないぞ、母さんも不安がる」

「は~~~い」

「……今日は、ケイのご飯を食べたいぞ」

「わかったから、さっさと仕事にゴーだ」


 最近夕飯作りが不定期になってたからなぁ。ちょっと反省だ。

 いそいそと出発の準備を済ませ、駅に向かう。

 まだまだ朝の早い登校は慣れないなあ。慣れるまで何ヶ月かかることやら。

 電車内でスマホをいじり、ネットニュースを確認する。

 先週末に緑公園で発生した破壊跡は、結局爆破痕で落ち着いたらしい。また、昨日敷地内に出入りする男女の二人組がいたとして、目撃情報を募ってる……(冷や汗)

 心当たりのある方は、下記の連絡先にご連絡を……

 スマホを閉じて、臭いものに蓋をする。あまりネットの情報ばかりに毒されてはいけないね!

 学校に着くと、昇降口でばったり凪ちゃんと遭遇。


「あ、おはよ」「おはようございます」


 外向けの顔でにこやかに微笑まれた。

 いつもの優しい顔も素敵だけど、凜と背筋を伸ばした佇まいも凪ちゃんっぽい。生徒会長然としてて、スタイリッシュだ。仕事の出来る大人って感じで憧れる。

 オレも同じく周囲の目を気にして、慣れない発音で「碧木さん」と呼んだ。


「え?」と笑みの迫力が強くなった。


 き、聞こえなかったのか……?


「碧木さん、朝早いですね」

「ええ、規則正しい生活を心がけてるの。ケイくんもその調子で続けましょうね」


 顔を合わせて話していると、なんだか顔の細部に目がいってしまう。抱きしめられた瞬間が、脳裏に再生される。あの、首筋にかかった息の感触とか、ちょっと肌に触れる凪ちゃんの毛先とか……うわ、なに考えてんだ。

 ちょっと自己嫌悪だ。


「あら、火堂君じゃん~お久~」


 肩越しに声をかけられた。

 この声は、山田さんか? 山田さんだ。


「お久~」と手を挙げて返事をした。

「うぇいうぇい」

「でぃすうぇいでぃすうぇい」

「じゃじゃんけんじゃじゃんけん」


 凪ちゃんに視線を戻すと、目が険しくなってた。

 身が竦む。ひえっ。


「……いまの方は?」

「クラスメイトですが……?」

「そ、ならいいの。……ちょっと警戒しすぎかなぁ」


 ぼやくように言って、凪ちゃんは廊下を歩いてった。

 教室で山田さんと合流すると、悪代官みたいな顔で話しかけられた。


「知ってるかね、火堂君」

「なんですかね山田さん」


 ひょいひょい、と手の平で招かれた。

 耳を差し出す。すごい力で耳たぶつねられた。絶交。

 怒るオレを「冗談冗談」といなし、再度耳打ち。


「実は転校生が来るみたいなんだよ」

「え、今日?」

「きょうきょう」


 それは、突拍子も無いな?

 まだ入学してから一週間しか経ってないのに。

 一週間、登校できなかった理由でもあるのだろうか?


「上下関係をビシバシたたき込んでやるんだ!」と、拳を上下に振ってえらく血気盛んだ。

 

 ひぉえ~~! 恐ろしいぜ、山田さんは!

 どぅどぅ、と今にも暴れ馬と化しそうな山田さんを宥めていると、章が登校してきた。

 立ち上がりたくなる衝動が、一瞬あった。そわそわしていたら、向こうから近づいてきてくれた。ほう……近づいてくるか、このケイに……。

 章は登校してきたその足で、オレの元に来た。


「世話になったな」

「お、出来上がってるの?」ヤジが隣から。山田さんの口を塞ぎたくなった。

「別に大したことしてないだろ」


 肩をすくめて答える。

 それに、現状はなにも解決につながっていない。礼を言われる筋合いはないのだ。


「ノート、サンキュー。すげー助かった」

「あ、ああ……」


 面と向かってお礼を言われると、ちょっと照れる。


「ともかく、そういうことだから」と、吹っ切れたような顔で。


 本当に、なんも出来ていないのにな……

 まあ、章の心境の変化に一助できたのなら、うれしいかぎりだけど。

 ぽけーっと話していると、窓から茉梨が登校してきた。まじかこいつ。


「わたし、参上」


 拳骨を落とす。

 軽く叩かれて、茉梨は涙目だ。痛いのはストレスで悲鳴を上げるオレの胃じゃい!


「な、なにをする……!」

「なに窓から登校してんだよ。昇降口から廊下歩いて階段使って入ってきなさい」


 そう叱ると、渋々だが納得した。

 ……なんだ、えらく素直だな。

 一応、昨日の今日だ。少なくとも反省してるってことか……って茉梨が登校してきた!? 衝撃が遅れてやってきた!!


「おま、茉梨……どうして?」

「どうしてって、一緒に戦うって約束した」

「お~~」と、隣で山田さんが歓声を上げる。「二股だ二股」


 やめて、茶化すな! 別に他意はないんだよ!


「お暑いね~入学早々カップルの誕生カナ? カナ?」


 なんてワチャワチャとしている間に、五島先生が来た。

 びくう、と視界の隅で茉梨がビビってた。

 ……あぁ、元レディースの総長だって伝えたし、ちょっと苦手意識があるのか。


「今日はみなさんにご報告がありま~~す!」


 朗らかな笑みだった。


「実は、転校生が今日から編入することになりました~!」


 うわ、ホントだった。

 山田さんを盗み見ると、意地悪くほくそ笑んでいた。

 さすがの情報網だ……


「さ、橘さんお入りください!」


 橘?

 猛烈に嫌な予感がする。

 鮮やかな紅が尾を引き、クラス中の視線を席巻する。

 長髪をポニーテールにまとめ、年上が無理にコスプレで制服を着ているみたいな、そんな違和感を着たままの姿で現れた。


「本日より配属となりました、橘クラリーサと申します」


 フロア熱狂。クラス中のバイブスが、美人の登場によってブチ上がる。

 オレの脳裏には、襲来の二文字がカットインしてきた。


「どこから来たの!?」「出身は!?」「ハーフ!?」「どこ住み!?」

 

 きょとんと、彼女は目を瞬かせてから。


「皇国フィリアより参りました。父は純系のヒューマンです、母がエルフです」

「特技は!?」「趣味は!?」

「特技は催眠術で、趣味は勇者様を観察することです」


 もうやだこいつ……なんでまだいるの……帰れよ……みんなよ……

 嘆きのままに視線を窓にやると、ちょうど茉梨の瞳とぶつかった。


「まだ、魔法を認めない?」とでも言いたげに、試すようにオレを見てきた。


 思いっきり首を振っといた。これは魔法とかそういうやつじゃないだろ。天災ディザスターな類いだ。

 視線を正面に戻す。

 にっこりと、橘さんは手を振ってくる。


「…………」


 視界を切り替える。

運命瞳フォルトゥーナ〟は、彼女の上に『クラス:女子高生』を浮かべていた。

 この瞳は『異世界での運命を見抜く』って……いや、まあ、橘さん視点では此処は異世界だけども。

 

 そんな雑な(見え透いた)伏線回収ってある?

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異世界なんかに行かせない! 田中卵 @tanakatamago3

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