リンネの日記
譜楽士
エンディングにもつながる物語
これは弟の成長を見守る姉の、愛しき日々の記憶である。
今回はその日記の中から、いくつかの記事を抜粋する――
6月25日(湊リンネ 5歳、湊鍵太郎 0歳)
わたしに、おとうとができた。
なまえは、けんたろう。おとうさんが『わふう』のなまえにしたといっていた。
わたしのなまえも、おとうさんがつけた。これが『わふう』なのかはわからないけど、びょういんでねむるおとうとは、とてもかわいかった。
これからこのこと、どうやってあそうぼうかな。たのしみだ。
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9月18日(湊リンネ 6歳、湊鍵太郎 1歳)
おとうとは、同じ年の子とくらべると、小さいほうだということだった。
よくねているのに。『ねる子はそだつ』って、学校でおそわった。あれはうそなのかもしれない。
でも、歩くのははやかったみたい。ちっちゃいから体がかるいのだろうか。今日はじめて、二歩だけ歩いた。
お父さんとお母さんはとてもよろこんでいた。そのあとすぐ、おとうとはころんで、ものすごいないていた。
あまえんぼうだなあ、とわたしはおもった。わたしなら、あのくらいじゃないたりしない。
男の子なんだから、もっとしっかりしないと。わたしはこの子をつよい子にしないと、とけついした。
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3月20日(湊リンネ 8歳、湊鍵太郎 3歳)
弟はかわいかった。最近は「おねえちゃん、おねえちゃん」と私の後をついてくるようになった。
あんまりかわいいから、私のかわいい服を着せてみた。でも弟はなんだか不安になったらしく、泣きそうな顔をしていた。
「おねえちゃん、これ、なあに……?」と涙目で見上げてくる弟がとてもかわいくて、お父さんのカメラを借りて、写真をとった。
これはたからものにしよう。もう少し大きくなったら、弟にも見せてあげよう。
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2月2日(湊リンネ 9歳、湊鍵太郎 4歳)
弟といっしょにプリンを食べた。弟はプリンとかアイスとかが好きだった。
ぷっちんするプリンを見るたびに、弟は目をかがやかせた。おもしろくてれいぞう庫のプリンを全部ぷっちんしたら、お母さんに怒られた。
せきにん取ってぜんぶ食べた。私はとちゅうで気持ちわるくなってきたのだけれども、弟は平気な顔をして食べていた。あまいものが好きなんだなあ、とにこにこしている弟の顔を見て思った。
そうだ。こんどのバレンタインデーには、頭からあっためたチョコをかけてあげよう。
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5月10日(湊リンネ 10歳、湊鍵太郎 5歳)
弟が泣いて帰ってきた。幼稚園で近所の男の子に殴られたらしい。
弟は相変わらず身体がちっちゃくて、ケンカが弱かった。足が速かったから逃げることは得意だったけれども、今回は囲まれて逃げられなかったそうだ。
殴られた理由を聞いたら、「ミキちゃんと仲良くしてると思われたから」だそうだ。弟はやさしいから、なんだかわりと女の子に好かれるらしい。
それが気に入らない子から殴られたのだ。本当なら私がそいつを殴りに行きたいところだったが、それじゃこの子のためにならない。
だから、ふざけんな殴り返してこい、と命じた。ぐずぐず言ってたから今度は私が殴って家から追い出した。弟は泣きながら歩いていって、また殴られて泣きながら帰ってきた。
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11月25日(湊リンネ 14歳、湊鍵太郎 9歳)
弟は時代劇が好きだった。なんだかよくわかないけど、あれがかっこいいと言っていた。
弱きを助けるお忍びの将軍とか、大好きみたいだった。いんろうを見せるとみんなひれ伏すあたりにも、深い感銘を覚えたようだった。
その時代劇のテーマを口ずさんでいる様子がかわいかったので、友達の家から模造刀を借りてきて見せてあげた。実際に振るったほうがもっとかっこいいかなと思って、目の前で振り回してみせた。
それが弟の頭に当たって、ひれ伏したのは弟の方だった。「姉ちゃんがそんなんだから、俺はこういうの好きになったんじゃないか……」とか目を覚ました弟に言われて生意気だったので、黙らせるためにもう一度殴ってみた。
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7月9日(湊リンネ 17歳、湊鍵太郎 12歳)
弟の野球の試合だった。弟は近所の友達の祐太くんと一緒に、一番セカンドとして試合に出ていた。
これで負ければ小学校の野球部は引退だった。でも負けてしまって、とても悔しがった弟は中学に行っても野球を続けると言った。
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12月14日(湊リンネ 18歳、湊鍵太郎 13歳)
最近、金属バットを持った不審者が、うちの近所をうろついているらしい。
被害も既に何件か出ている。打撲、骨折、ひどいやつは病院送りになっているらしい。
しかしそれは全員、周りから評判のよくない悪たれどもだということだ。正義の味方気取りの馬鹿が、もっと馬鹿なやつを成敗して回っているということか。
今どきそんなことをするやつがいるもんなんだなあ、と私は思った。このご時世そんなの流行らない。
弟にそう言ったら、あいつは時代劇を見ながら「でも誰かがいじめられてるのを見たら、手を出さずにはいられないでしょ」と言った。最近弟は身体のあちこちに傷をこさえて帰ってくるが、いったい外でなにをしているのだろうか。
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10月13日(湊リンネ 19歳、湊鍵太郎 14歳)
弟は中二病だった。リアルに中二だが中二病だった。
弟の友達の祐太くんが教えてくれたのだが、あの金属バットの不審者、よりにもよってうちの弟らしい。
彼は騒ぎのもみ消しに必死だったようなのだが、もうどうしようもなくなってきて私に相談してきたのだ。
闇から闇へ暗躍する正義の味方、なんて本の中だけの存在だ。弟は本やゲームも好きだったが、まさか本当に現実と空想の区別がついていないとは思わなかった。
情けない。友達に迷惑かけるなんて、あいつは本当に馬鹿な弟だ。私はお仕置きの意味を込めて、金属バットで弟に襲い掛かった。そして弟をコテンパンに打ちのめし、もう二度とこんなことはしないと誓わせた。
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7月28日(湊リンネ 20歳、湊鍵太郎 15歳)
弟が骨折した。
野球の試合で相手の選手が、誤って弟に怪我を負わせてしまったらしい。弟は病院に運ばれ、しばらく入院ということになった。
全治3か月ということだった。一足早く野球部は引退だ。よほどショックだったのか、弟はベットの上でぼんやりとしていた。
今度お見舞いに行くとき、あいつの好きなぷっちんするプリンを持って行ってあげようと思う。寝ていたら寝てる口にぷっちんしてあげればいい。
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4月10日(湊リンネ 21歳、湊鍵太郎 15歳)
弟は高校に入学し、吹奏楽部に入ると言いだした。
怪我が治っても足の痛みが取れないらしく、運動部に入るのはもうあきらめたようだった。ずっと暗い顔をしていた弟が久しぶりに前向きなことを言いだしたので、私はおかしくておかしくて大爆笑した。
それを見た弟はなぜか嫌そうな顔をしていた。なんなんだ、私はこんなに嬉しく思っているというのに。どうしてこの愛が伝わらないのだろう。
しかし、たまにつけているこの日記にも、少々飽きてきた。これから就活やらなにやらしなければならないし、しばらく日記をつけるのはやめようか。
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3月20日(湊リンネ 23歳、湊鍵太郎 18歳)
久しぶりに日記をつけようと思う。なぜならネタができたからだ。ネタと言ったら失礼かもしれないが、私にとってそれはネタとしか言いようがなかった。
弟が彼女を家に連れてきた。
マジでびっくりした。そんなことは初めてだったので、私はまた大爆笑した。
どこまでいったんだと訊いたら、弟は真っ赤な顔をして「姉ちゃんには関係ないだろ!!」と言ってきた。いいや、ある。大いに関係がある。この子は私の妹になるかもしれないのだ。今のうちに仲良くなっておかずしてどうするというのだ。
話してみれば、いい子だった。うちの愚弟にはもったいない。今度来たら、あの子の小さい時の女装写真を見せてあげよう。あれは私のたからものだ。
今その写真を見てみれば、弟もだいぶ成長したものだ。だいぶ背も伸びて、顔つきも多少は大人っぽくなった。
まあ、外見は育っても、中はどうか知らないけどね。私にとって弟はずっと弟のままだ。いつまでもかわいくて、いつまでもいじめたくなる愛おしい存在だ。それはいつまで経っても変わらない。
弟の彼女も、きっと似たような心境なんじゃないかと思う。昔から、思い込みが激しく依存気質で繊細で、そのくせ人が傷つくのは放っておけなかった優しいあの子のことを、どんな形であれいつまでも愛してもらえれば、私はそれで構わない。
ああ、そう思ったらすごく楽しくなってきた。
そうだ、あの子の彼女とは連絡先を交換したんだった。ひょっとしたら妹になるかもしれない存在。家族になるかもしれないとてもかわいい存在だ。あの子と同じく愛してあげないといけない。
さっそくメールして、親睦を深めなければ思う。ええと、あの子の彼女、確か名前は――
リンネの日記 譜楽士 @fugakushi
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