エピローグ

三月 二分の二

 段ボールが山積みになった部屋で、みんなで記念撮影をした。

 俺が撮って、美樹が撮って、これじゃあいつまでたっても全員がうつらないとわあわあ騒いで、最後はタイマーでなんとか収めた。腕時計にさっと目をやり、母が仕切る。

「そしたら、そろそろ良さんに送ってもらおうかね」

「お母さん、忘れ物ない?」

「あったら持ってくよ」

「だめだめ、余計なことしてたらいつまでも引っ越し終わんないよ。もしなんか見つけても、今度来るときでいいからね」

 良さんの気遣いを、母の分厚い手がしゃきしゃきと制する。みんなでぞろぞろと玄関に向かった。

「じゃ、行ってきます。引っ越し屋さん来るまでには戻れると思うから」

「良さん、運転気を付けて。美樹、母さんよろしくな。旦那さんは?」

「今日から出張。仕事仕事でやんなっちゃう」

 ふん、と息をつくその横顔が、以前よりもだいぶふくふくとした。全体的な輪郭が、母に似た感じになってきて、なんともいえないつながりを感じる。

 わいわいと騒ぐ声が、閉まるドアで区切られる。その音を合図に、ばたばたと部屋へ引き返して、クローゼットの扉を勢いよく開けた。


 スーツバッグからジャケットとパンツを取り出して、急いで着替える。ネクタイなんて久しぶりすぎて、でも指が感覚を覚えていた。

 鏡を見て、スマホを見て、電話で頼んでいた花束を取りに、外へ飛び出した。


 花屋のお姉さんは俺のスーツをちらりと見て、口の端を愛想よく上げた。奥から持ってきてくれた大きな包みを、どうぞと差し出してくれる。

 生まれてはじめて持つ大きな花束は、思っていたよりもふんわりと重い。

 ふっくりとふくらんだばらの花が、甘やかな香りをぽわんと放つ。ぴんと伸びた緑のまっすぐな茎が、何本も集まって、根元でぎゅっとひとつに束ねられている。

 なるべくたのしく、と頼んでいた通り、赤や黄色やピンクや白の、いろんな色がにぎやかに顔を出す。

 通りを急いで歩いて戻る。一歩、一歩と進むごとに、目の前からやわらかなバラの香り。

 これを見たら、店にも置こうよと言い出しそうだ。思い浮かべて勝手に笑う。

 花のある店もいい。どこまでもどこまでも、人がいる限り店は変わっていく。

 誰かのうれしいを見失わないように、いつもじっと目を凝らしていられたら。いつの間にか、ずっと前には見えなかった道が、足の先をまっすぐに伸びていく。


 スマホにメッセージが入った。今どこ? と首をふるリスのかわいいスタンプ。

 見上げると、マンションの廊下に良さんがいる。手すりに手をかけて、あたりを見下ろして、きょろきょろと探すように首をふっている。

 その姿が、スタンプのリスによく似ている。花束を背中に隠して、通りから大きく手を振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

井上カレーつぐみ店 西ノ原はる @nishinoharaharu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ