第7話 ④ ミルメコレオ

 ジャッ。ジャー。

 台所から、炒めものをする音が聞こえる。見ると、エプロン姿の美樹がフライパンを揺すっている。  

 いいなぁ、こういうの。

 ここ最近、歯車のずれた感がある僕たちだけど、美樹を見ていると気持ちが暖かくなる。だから、大丈夫だと強く思う。

 僕がこういう気持ちになる女性は、美樹だけなんだから。


「どう? 美味しい?」

 赤いトマトと、黄色い炒り卵が色鮮やかで、中華だしを使った味付けは濃い目。『トマトの中華炒め』、めっちゃ美味い。

「うん、いける。美味しいよ。

 これなら飯のおかずにもなるし、僕の好きな味だな」

 言って、白飯を追っかける僕を、美樹は満足そうに見つめていてーーなかなか箸を取ろうとしない。

 僕は小首を傾げる。

「どうしたの? 何か言いたそうだけど」

「う、うん。でも、食べ終わってからにする。あまり気分のいい話じゃないから」

「そう言われたら、余計気になるよ。言ってみてよ」

 美樹は少し思案顔をした後、決意したように僕を見据えた。

「実は私、普通の人間じゃないの。

 私の身体には悪魔の血が入っている。私は、魔女なのよ」


   〇


 絶句……理解が追い付かない。

 悪魔って? 魔女って? どういう事だ?

 茫然としてしまう僕に、美樹の赤い唇が、やけに目に染み込んできた。少し間を置いて、その赤い唇が開かれる。

「おじいちゃんの先祖は、イギリスの魔術師だった。呼び出した悪魔に魅入られ融合してしまったの。

 見た目は人間のそれだったけど、禍々しい雰囲気を纏うおじいさんを、誰も普通の人間とは思わなかった。故郷では忌み人として扱われ、失意のうちに、アメリカへ移住した」

 美樹は一旦口を閉じ、立ち上がったかと思うと、僕の隣へ移動してきた。

「代を重ねるごとに、身体の中の“魔”は薄れていった。おじいちゃんの代には、もう人間と何ら変わりはなくなっていたの。

 でも、おばああちゃんとの子、私のお母さんはその“魔”が強く遺伝し、その子にも“魔”は受け継がれた」

「それって……」

 僕はゴクリと唾を飲んだ。美樹は頷く。

「そう、私にも“魔”は遺伝したの。私は、魔女なのよ」

 美樹はシャツの襟に指を掛け、引っ張った。

 豊かに膨らんだ胸の上あたり、逆さになった五芒星の痣があった。

「こんな痣くらいじゃ、信じられない?」

 美樹は言うと、次は僕の額に手を押し当てる。子供の体温を測る母のようにーー

 一瞬、意識が暗転した。

 すぐに意識は取り戻した。が、僕の目に映る美樹の顔の左半分が、悪魔の顔になっていた。中世に伝わる、雄山羊のような……

 !?

 僕は声にならない悲鳴を上げ、後座すりをした。美樹の手が額から離れると、悪魔の顔は消えた。意識が暗転する前に見た、美樹の顔があった。

 僕は後悔する。

 だって、さっきの顔ーー右半分の美樹の顔からは、悲しそうに涙を流していたんだから……


   〇


「ごめん」

 語気強く謝ると、僕は美樹の手を取った。

「ちょっと驚いただけなんだ。僕は美樹の事、嫌ってなんかいない。

 美樹は、その……美人だし、一緒に居て楽しいし、その不思議な力だって、別に気にならないし」

「カズくんが私の事、想ってくれているの、ずっと前から気づいていた。

 だって私、そういう風に見られた事ないし、見られないんだって諦めていたから。すぐ気づいた」

 美樹は少し嬉しそうな顔を見せる。が、すぐに表情を曇らせる。

「でも、私と居ると、カズくんを死なせてしまうかもしれない……お父さんがそうだったように……」

 美樹の父親が夭折したのは知っている。美樹が中学生の頃、父親が病死した母親は美樹が高校を卒業した矢先、その姿を消した。今も行方不明のまま、見つかっていない。

「それは、美樹の中の“魔”と関係があるの?」

「分からない。でも、お母さんは言っていたわ。

 自分が魔女で、お父さんを惑わし、拐かしたから、お父さんの寿命を削ってしまった。悪魔に捧げてしまったんだって」

「偶然だろ。だって、美樹のおばあさんはまだ生きているって言ってたじゃん。その理屈だと、おじいさんがその命を奪ってしまってないといけないって事になる」

「うん……でも、影響がないって事は無いと思う……」

 失意の表情を見せる美樹の手を、僕は強く握った。

「一緒に良い方法を探そう。僕はもう、美樹じゃないと嫌なんだ。美樹が、好きなんだ」

「私も、カズくんじゃないと、嫌だよ……」

 僕は美樹の肩を掴み、引き寄せた。

「もう、拒絶しないね?」

「ん……」

 美樹は小さく頷く。

 そして、僕と美樹の唇が、重なった。


 美樹が帰った後、僕は空腹だった事に気づく。

 料理の残りのサイコロステーキを小皿に乗せ、フォークで刺す。

 すると、肉が半分に分離してしまった。

「あーあ、成型肉の安物なんて買うんじゃなかったな」

 悪態を付きつつ、ひょいと口の中に放り込む。味は悪くない。美樹の料理が上手いのだろう。

 そういえば、美樹はほとんど食べていなかったけど、大丈夫かな? と、僕はそんな事を考えながら嚥下した。

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ふたりでごはん 園生坂眞 @sonousaka

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