エリーカ/マーチンのポンコツ飛行機設計日誌
玄海之幸
第1話 航空省 要求仕様書F.7/30
基本設定
時は皇国歴1930年
動力飛行機が誕生してから僅か30年弱。
航空機が急速に発展する情勢の中で、皇国航空省は新しい高性能戦闘機を欲していた。
そこで新型戦闘機の開発仕様書を「要求仕様書F.7/30」という名前で作成し、各航空機メーカーへと新型機の開発を打電した。
これに応えた各メーカーが開発した試作機を集めて競合させ、最も優秀だった航空機を正式採用とするものである。
その中には何故か社員が二名しかいない弱小航空機設計局の主人公エリーカの会社名もあったのだった。
要求仕様書F.7/30
全金属製、最高速度400km/h、7.69mm機関銃4丁という要求
なお時期として複葉機から単葉機への転換期なのでこの仕様書に応募した試作機は複葉機あり単葉機あり水冷(?)エンジンあり、空冷エンジン有りの非常に賑やかなものになった。
楽しいな。
なお航空省に指定されたエンジンは蒸気冷却式という新機軸を採用したゴスホークエンジンである。
(なおクソエンジンの模様。詳細は後述)
主人公
エリーカ・ハイネマン(24歳・女性)
この若さと女性にして航空機設計を行う天才。
ただし設計思想が先進的すぎて時代が追いついていない。
故に駄作機、珍飛行機を大量に生み出すことになる。
なお実家が高名な貴族家の為、人脈とか資金とかはけっこう無茶ができる。
主に資金はお父様に強請れば・・・・・・いや頼めば何も問題は無い。
いいね。何も問題は無い。
なお今回の新型機の開発依頼が彼女の所にも来たのは勿論彼女が実家の権力を乱用・・・・・・おや誰か来た様だ。
基本的に出来る女だが、根底がポンコツ。
今回の開発要求に応えて試作戦闘機E/M-1を設計し、機種選定に挑む。
マーチン・ベイルマン(27歳・男性)
エリーカの下僕・・・・・・もとい使用人・・・・・・もとい助手。
毎回エリーカに振り回される可哀想な人。
ただし、エリーカの突飛な発想の元を素人故の着眼点で作る事もあり結構自業自得。
余計な事を言わなきゃ苦労もしないのに余計な事を言っちゃうウッカリさん。
テストパイロットも兼ねる。試作機のトラブルで死にそうな目に遭ったり、エリーカのせいで心労で倒れたりするけど基本的に死なない死亡フラグブレイカー。
ポンコツ。
ゴスホークエンジン
今回の新型戦闘機の選定は百花繚乱の大混乱になるのだが、その主な元凶がこのエンジン。
高効率の冷却機構の売り文句はどこへやら。
頻発するオーバーヒート。
Gがかかると停止する冷却水。
そもそも熱したエンジンに水をぶっかけた時に蒸気になる際の気化冷却を利用するという謎機構であるために、発生した蒸気を水に戻す機構が必須であり、通常の水冷エンジンよりも遥かに巨大なラジエータ(冷却機)を必要とする。
つまりラジエータの表面積が大きくて空気抵抗が非常に大きい。
ゆえにパワーだけあってもスピードが出ない。
その肝心のパワーについても、エンジンの冷却水を循環させるポンプに加速Gがかかるとポンプが蒸気を吸ってマトモに仕事をしないのでパワーが出る所までエンジンを回せばオーバーヒートが待っている。
加速Gさえかかっていなければ普通に稼動するので、台車に固定した地上試験では何も問題が出ないのが更に性質が悪いエンジンであった。
結果、このエンジンを積んだ地点で駄作機の誕生は避けられなかったのである。
「このクソエンジンを選んだ航空省の無能のバカはお父様の屋敷まで出頭しなさい! お詫びのプディングも忘れずにね!!」
とは選定に参加した若き天才航空機設計技師を自称する、とある貴族令嬢の捨て台詞である。
なお彼女の飛行機はそもそも飛び立つ事すら叶わず、飛行機を名乗る何かを越える事は出来なかった模様。
(詳細は後述)
試作戦闘機E/M-1
エリーカ/マーチン1号機の意。
まだ複葉機が主力の中、まさかの全金属、単翼、先尾翼形態の航空機である。
(先尾翼=有名な所で震電のように、プロペラで機体を押し出して推進し、主翼と尾翼の配置が通常と逆の航空機の事。揚力のみで機体バランスを取れるために、理論上は非常に効率のいい翼の配置でもある)
エリーカが求めたコンセプトは高速性能と一撃離脱。
エリーカはマーチンが野良猫に襲われて買ってきたフィッシュ&チップスを奪われる様を見て鈍足機では格闘性能が低い事は致命的であると理解し、マーチンが忘れ物をした乗合馬車を追いかけていく様を見て、速度性能さえ優位であれば格闘性能が劣っていても完全に優位に立てる事を閃いた。
それを元に、今後の戦闘機では高速を維持したまま戦闘が可能な一撃離脱が最も重要であると睨み、機体設計を開始する。
コンセプトは流麗な機体による高速性能の実現と機首へ機銃を集中配置しての火力の集中が設計方針であった。
設計上の理論最高速度は驚愕の520km/hである。
この数字は同世代の航空機を遥かに圧倒する速度性能であり、実現した場合には当機は世界最速の軍用機になるはずであった。
(1930年での最速機は、前年にシュナイダートロフィーカップで優勝した、スーパーマリンS6が記録した528.89km/hであるが、S6はレース機であり戦闘機ではない。戦闘機の場合、武装や燃料の搭載量、離着陸性能の兼ね合いもありレース機とは設計条件が異なる)
その速度を実現する為に、空気抵抗を極力排除することを命題とし、主翼を極限まで薄く仕上げている。
その為に翼の中に機銃を仕込めず、また機首にエンジンを積むと要求された機銃4丁を積めなかった為に、機体後部にエンジンを積み、プロペラで押し出すプッシャー方式で設計された。
上から見た胴体の形状は、ほぼ人参の形状に似ており、前方が尖り、後方が太くなっている。
機体後部に設置された主翼は、上翼配置から12度の下反角をもって取り付けられており、主翼の翼端には大き目の垂直尾翼を有する。
極限まで翼を薄くする為に、なんと低速域で揚力を補助する離陸フラップを未装備である。(フラグ1
離着陸については先尾翼を全遊動式にして効果面積の大型化で対応する予定である。(フラグ2
メインの降着装置が胴体の前後に一輪ずつのタンデム配置(自転車のようなタイヤ配置)であり、そのままでは左右に機体が倒れる為、それを支える目的で垂直尾翼下部には補助輪が設置された。
引き込み脚は装備されていない。
(引き込み脚は信頼性に乏しいとされて見送られた。その上で空気抵抗を極力減らす為の降着装置の配置である)
プロペラは最大速度を重視し、取り付け可能な範囲で最大サイズの3枚プロペラを採用した(フラグ3
空気抵抗の低減を目的とする上で最大の難関となったのが巨大なラジエータであった。
マトモに設置したのではいくら流線型の機体を用意しても意味が無くなるほどの空気抵抗を受ける。
コレを嫌ったエリーカは機体表面そのものをラジエータとする方式を取った。
主翼基部とエンジン周りの機体外版をラジエータを兼ねる形で設置し、その表面には冷却用のフィンを設置して冷却効率を向上さようとしたのだった(フラグ4
こうして完成したのが、史上最速戦闘機(予定)E/M-1である。
その実体は
1、離陸しようとして機首を上げた瞬間に機体後部のプロペラが地面に擦ってエンジンとプロペラを破損。(フラグ3回収
2、仕方ないのでプロペラ直径をやや小さくしてエンジンを予備に積み替えて再試験した所、離陸できなかった。
原因としてフラップの未装備による非常に高い離陸速度まで機体を加速できない事(フラグ1回収
本来ならば、全遊動の効果面積の大きな先尾翼により、迎え角を大きくし揚力を稼ぐハズであったが、プロペラが大きすぎて機首を上げるとプロペラが地面に擦るので迎え角を大きく取れない事(フラグ1.2同時回収
3、高速性能を追求するあまり、失速速度(要は飛べない速度)まで高くなりすぎて当時の標準の長さの滑走路では全く長さが足りない。
4、そもそものゴスホークエンジンがダメすぎて地上滑走試験の段階ですらオーバーヒートが発生したこと。
またエリーカの設計した機体表面ラジエータでは全く冷却が足りなかった(フラグ4回収
以上の事からE/M-1は空を飛ぶことすらなく試験を終えて見事に落選した。
エリーカにとっては設計思想だけは15年先を見据えていた物の、細部のツメが甘く経験の少なさと若さを露呈した選定となってしまった。
なお、この要求仕様書F.7/30において、正式採用を勝ち取ったのは航空省の指定したエンジンをあっさり無視し、自社開発の新型エンジンを搭載したグロスター社の複葉機グラディエーターであった。
最重要要求である、最高速度と機銃の搭載数はクリアしつつ、エンジンの指定要求ガン無視というグロスター社の素晴らしい判断は称えざるを得ないだろう。
この選定結果に対し、「指定されたクソエンジンで頑張った私達を舐めてんのかぁ!! 責任者出て来いゴルァァァ!!」とエリーカがブチ切れて航空省に対して大暴れをし、マーチンが振り回されて航空省とエリーカとの板ばさみに遭い、疲労でぶっ倒れる事になったのは後のお話である。
エリーカ/マーチンのポンコツ飛行機設計日誌 玄海之幸 @DELTIC
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