第3話

 それから一週間後、ついに秋元さんにチャンスがやってきた。


 いつも公園で遊んでいる健太くんの母親が私と浮気をして、旦那にバレて離婚したので引っ越す事になったのだ。


「秋元いくぞ!」


 ベンチに秋元さんを呼びにきた管理人。

 秋元さんは緊張した面持ちで


「はい!」


 と言った。


 ついに回ってきたチャンス。

 健太くんは泣きながらいつも遊んでいた友達に別れを告げている。一方お母さんの方は「雌豚」とかいつものお母さん仲間から言われていて超可哀想。


「秋元さん頑張ってください」


 準備運動をしている秋元さん。しかし、表情は強張ったままだ。


 このチャンスを逃したら、次がいつになるのかわからない。浮気をしようにも健太くんのお母さん以外はブスばっかだから、さすがの私も荷が重い。


「頑張れよ」


 私がそう言うと秋元さんは「はい!」と言った後。


「お巡りさん、レギュラーで待ってますよ」


 秋元さんはそう言って、公園に走って行った。俺もベンチに座ったから、補欠らしい。


 まぁいいや。


「よぉし! みんな、遊ぼうぜ!」


 秋元さんが声を出して、ブランコに行った。


 その瞬間、子供達が秋元さんにビクッと振り返った。


「いけええ!」


 私も秋元さんを応援した。


「っしゃ!」


 秋元さんが勢いよくブランコを漕ぎ出した。すごい、163度は上がっている! 絶好調だ!


「とう!」


 秋元さんがブランコから飛んだ!


 そして着地!


 いいぞいいぞ。


 私は遠くから拳を握ってガッツポーズをした。練習の成果が出ている。いや、それ以上だ。


「みんなぁ、今日は家でゲームしよ!」


 その時、子供の声に、滑り台に走っていた秋元さんが「え?」と振り返った。

 子供達はゾロゾロと公園を引き上げていく。秋元さんを白い目で見ながら、お母さん方も自分たちの子供を連れて、公園を出て行ってしまった。


 公園は秋元さんだけになった。


「準備しろ」


 私に管理人が言ってきた。


 それから次の日もその次の日も、子供達は来なかった。秋元さんはそれでも毎日、公園で楽しそうに遊んだ。

 これじゃあ、夜の特訓と同じじゃないか。


「あはははは」


 秋元さんはそれでも楽しそうに一人で公園で遊んでいる。レギュラーになったのに、自分だけになってしまった。


「準備しろ」


 監督が私に今日も言ってきた。死んでもやるか。


「こんな事じゃないんじゃないですか?」


 俺は秋元さんを逮捕して、彼に聞いた。


「……でも」

「でもじゃねぇだろ!」


 私は感極まって思わず怒鳴ってしまった。


「でもじゃねぇだろ!」


 秋元の胸ぐらを掴んだ。


「でもじゃねぇだろ!」


 秋元に馬乗りになって殴った。


「でもじゃねぇだろ!」


 秋元さんは「すいません」と謝った。


 気持ち良かった。

 ストレスが全部吹っ飛んだ。


 翌日、秋元さんはそれでも公園で遊んでいた。何が彼をそうさせるのか。


「僕は子供の頃、体が弱くて公園で遊べませんでした」


 秋元さんは私に言った。


「いつも窓から公園で遊んでいる同級生を見ていました」


 そして大人になって、悪魔に魂を売った彼は元気になったので、公園で遊べるようになったから、公園で遊ぼうと思ったのだ。


「でも、僕が遊んでたら、他の子供が遊べないんでしょうか?」


 秋元さんはそう言って泣いた。悔しそうに泣いた。


 大人が公園で遊んじゃいけないって法律はない。


 法律はない。


 法律はない!


 で、話は変わるが私は急遽、ここで出世する事になった。


 秋元さんを逮捕しすぎて、「あの交番にとんでもないヤツがいる」と警察内で話題になり、刑事課にスカウトされたのだ。


 私はそれから本庁に移動となり、刑事としてこの世に蔓延る悪と死闘を繰り広げ、定年になるまで正義を貫いた。


 私はある日、久しぶりにあの公園を覗いてみた。


 駐車場になっていた。


 おのれぇ、少子化の波!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

公園のベンチ ポテろんぐ @gahatan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説