第9話 私がトリップした先は……(2)

「……あなたはどうやって生き残ったの? 予言のために一国をクロストリアが滅ぼしたのなら、災厄の大元であるあなたも殺そうとしたんじゃないの?」



 イリアの身に起きたことに関して何も言えない私は、代わりに浮かんできた疑問を彼に投げ掛ける。



「当然、俺の命も狙われた。だが俺は、半信半疑だった魔女様であるシアネの予言によって難を逃れ、こうして生きているのさ」


「だから今回もあなたはそのシアネさんっていう魔女の予言に従うのね」



 実際に彼は予言によって国を滅ぼされ、予言によって救われたのだ。だから今回も、自分を救った予言者の言葉に従おうとしているのだろう。



「そうさ。さて、優愛。お前はこれからどうする? 反逆者である俺を殺してこの世界を救うか?」



 イリアは不意に背中の大剣を抜きながらそう問い掛けてきた。抜き身になった刀身が私に向けられる。



「そんなことできるわけないじゃない。そんなことしようとしたら、私がイリアを殺す前に、イリアが私のことを殺すっていうかその大剣で斬るでしょう。武術の心得もない私がイリアに勝てるわけないじゃん」



 大剣はおそらく大振りになるはずだから、私の勝機はおそらく小回りの利く短剣でその隙を突くことにあるのだろうけど、それが可能であるとはとても思えない。それにもし奇跡的にイリアの隙を突けたとしても、彼をどうにかする前に控えているリアムさんが攻撃魔法とかを放ってくるだろう。


 勇者的にはここでイリアと戦った方が良いのだろうが、私に勝ち目はないのだ。



「お前はこの世界を救う勇者だが」


「勇者でも何でも、私は今ここでイリアと戦う気はないよ。だからその剣、降ろしてくれない?」



 私は両手を挙げ、戦う意思がないことを示す。



「なら素直に俺の花嫁になってくれると受け取っても良いか?」



 私の言葉を受け入れ大剣の切っ先は地面に降ろしてくれたが、イリアはそう問い掛けてきた。私が攻撃しない限り殺されることはないのを見越して白旗を振ったけど、花嫁になる件はやはりスルーできないか。



「イリアは別に私のことを愛しているわけじゃないでしょう。というかそういう対象として見れないでしょう。私もイリアのこと、そういう風に思ってないし」


「結婚に必ずしも愛は必要ないぞ」


「それはそうかもしれないけど……。じゃあ、具体的にどうしようっていうの? 私と結婚式でも挙げるつもり?」



 それか婚姻届でも出すつもりなのか。一体何を持ってイリアは私を「花嫁」とするつもりなんだろう?



もしや物理的に身体の関係を持つこととか……?



 そんな可能性に思い至ったけど、それは口にしない。そっち方面でやる気になられたりでもしたら困る。でもこういう場合、暗にそういうことを指す場合も多い。既成事実を作る的な。アダルト作品によくありがちな、美海ちゃん辺りがキャーキャー騒ぎ始めそうな展開を。



 もしや私、何気に貞操の危機に直面してたりするのかな!?



「そうだな。とりあえずは形式的なところから始めようかと思っている。あとは都度都度魔女様にご助言を仰ぐつもりだ」


「イリアも最終的にどうするべきかわかってないの?」



 ゴールが見えていないのにも関わらず、とりあえず私を花嫁にするとか宣言しているのか。



「俺は魔女様の――シアネの言う通りにするだけさ」


「魔女様の言いなりってわけね。そんなに予言が大事? イリアはそこまでして救われたいって思っているの?」



 イリアは救いだとかそういった類のものに縋るタイプには見えないんだけどな。



「俺が救われるってことは他の同胞達も救われるかもしれないからな。ここには俺と同じようにクロストリアに一族を滅ぼされた者や現状辛い境遇に置かれている者もいるんだ。俺はグリトニルの皆の無念を晴らすだけでなく、そんな同胞達のこともクロストリアに成り代わって何とかしてやりたいと思っているんだ」


「自分のためっていうよりかは他の同胞達のために私を花嫁にする気なのね」



 他の人達のためって言われると合点がいく。イリアは上に立つ者として、仲間とか部下とかそういった人達のために率先して行動しそうだから。



「ああ。あと、強いて言うならシアネが良い女だからっていうのもあるがな。俺は彼女の望みをできる限り叶えてやりたいとも思ってる」


「仮にも花嫁にしようとしている人の前でそういうことを言うなんて、私に対して失礼じゃない?」



 そう付け加えたイリアに私は言う。



「なぜそう思う?」


「だって花嫁にしようとしている私なんかよりも、そのシアネさんとやらの方がが好きだって言っているようなものでしょう。その人の望みをできる限り叶えてやりたいなんて」



 生半可な気持ちじゃそこまでは思えないはずだ。それに私に対して妹としか見れないだの何だの散々なイリアが良い女とまで言うのだ。イリアにとってシアネさんはとても魅力的で特別な異性なのだろう。



「お前の方が好きだって言ってやった方が良かったか?」


「思ってもいないことを言われたって嬉しくないし、仮に本当にそうだったとしても困るからそういうニュアンスの言葉はいらない。けど、花嫁にするって、それってその人を生涯共にするパートナーに選ぶって訳でしょう。そんなパートナーに対して別にもっと好きな人がいるって、そのパートナーの存在意義って一体何なのって感じじゃない? というかイリアは私なんかよりもシアネさんと結婚した方がいいんじゃないの?」


「シアネは俺になびくような女じゃないんだ。それにそのシアネが俺にお前を花嫁にすれば救われると予言したんだ。俺はそれに従うまでさ」


「好きな人のために別の人を花嫁にするなんて屈折してる」


「そうだな。それは否定しないさ。……どのみち優愛がどう思っていようが、お前に示された道は俺の花嫁になることだけだがな」


「……私が拒否するとは思わないの?」


「お前に拒否権はないさ。たとえお前が嫌がったとしても無理矢理花嫁にするまでだ」


「……」



 やはり話し合いで取りやめの方向に持っていくことはできないか。


 威圧してきたり声を荒げたりはしてこないけど、イリアの目は本気だった。


 このまま本気でコトを起こそうとしてきたりしたらマズいな。



「そんなに身構えなくとも、今すぐどうこうするつもりはないさ。無理矢理従わせるのは俺の趣味じゃないしな。一旦は自由にすると良い」


「私の自由にしてもいいの?」



 冷や汗をかきかけた私は思わず訊いてしまう。



「ああ。どのみちお前はこの城外に出ることはできないしな」


「……この城が空に浮いているからイリアは安心ってわけね」



 ここ――ローライナ城は空に浮いている。外に出たところで、私は城の敷地外に行くことはできない。飛び降りれば別だけども、そんなことしたら死んでしまう。


 シアちゃんが言うには城の外には移動の魔法陣があるみたいだけど、それだって私にはどうやって使えばいいのかわからない。そもそも魔力がないと駄目みたいだから私が使える代物じゃないのかもしれないけど。



「そういうことさ。どのみちお前はいずれ俺の花嫁になるんだ。どうせならお互いに仲良くしようじゃないか」














 





 

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トリップ少女は反逆者の花嫁になる!? 七島新希 @shiika2213

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