目玉割り人形
昔、近所に人形職人のお姉さんが住んでいて、よく遊びに行っていた。
当初は美人なお姉さん目当てだったのだが、次第に人形造り自体にも興味が湧いた。
工程が理解できてくると全ての作業が興味深くなる。
そんな中でも一番強く記憶に残っているのは目玉割りだ。
目玉は細いガラス棒をバーナーで炙って半円形のドーム状に造るので、正確には目玉とは言い難いのだが、正面から見たときの美しさたらなかった。
虹彩までも備えた綺麗な瞳を造れたのだから、お姉さんの技術は相当高かったのだろう。ただの美人ではない。
ところがお姉さんはその目玉を時々ハンマーで叩き割ってしまう。陶芸家が気に入らない焼き物を割ってしまうみたいに。
しかも素人の私から見てだが、特に良い出来だと感じたものに限って割られていた印象だった。
思いきってお姉さんに尋ねたことがある。割る目玉はどうやって選んでいるのか、と。
「出来が良過ぎたやつを割るんだよ」
わけがわからなくてもう一度尋ねた。良い出来なのになんで、と。
「出来が良過ぎるとね、人形にしたときに悪いモノが憑きやすくなるんだ」
いつもはフレンドリーなお姉さんがそのときばかりは真剣な、ちょっと怖い表情をしてたので、私はそれ以上会話を続けられなかった。
その後しばらくして、お姉さんは人形職人を辞めてしまった。
ハンマーで自分の両目を叩いて、失明したのだ。
私はこっそりお見舞いに行った。親に止められていたにも関わらず。
お姉さんの病室から、お姉さんの恋人――いやその頃は婚約者だったっけ――が肩を落としてでてきたのを隠れてやり過ごす。
緊張しながら病室へ、足音を忍ばせながら踏み入った。
四人部屋にお姉さんだけ。
ガリガリに痩せたお姉さんの変貌ぶりに愕然として声を出せないでいる私の方へ、お姉さんはくるりと顔を向けた。
もちろん両目には包帯ぐるぐる巻き。
「居るのでしょう? こちらへいらっしゃいよ」
私は少なからず動揺した。
実は見えているんじゃないかって。私をからかうために何か大掛かりな芝居でもしているんじゃないかって。
それに心の底では「約束が違う」とも思っていた。
「早くいらっしゃいよ」
お姉さんの声なのに、口調がいつものお姉さんと違っていた。
私は息をひそめて静かに
私は失敗した。
そのことでずっと自分を責め続けていた。
でも最近、人形を手に入れた。
あの頃のお姉さんとそっくりの。
作風も、お姉さんの作っていた人形とよく似ていて、きっと間違いない。
人形の綺麗な瞳をのぞき込む。
お姉さんが「出来が良過ぎ」って言ってたあの目玉と――お姉さん自身の失明前のとそっくりな瞳。
そういうことだったのか。
私は人形を抱きしめる。
お姉さんの声がどこかから聞こえる気がする。
遠いあの日、お姉さんの目を盗んで目玉を二つ、こっそりポケットに入れて持ち帰った。
粘土で作った人形に目玉を付けて毎日話しかけていたら、ある晩突然に声が聞こえた。
私がその声へ提示した交換条件を、約束を、声は守っていたんだ。
まさかこんな方法で叶えてくれるとは思わなかったけど。
もう一度、人形を抱きしめる。
私の大好きなお姉さん、ああやっぱりこの中に居るんだね。
ようやく、私だけのものになったんだね。
<終>
闇鍋【一話完結短編集】 だんぞう @panda_bancho
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