椅子の隙間
「普通さ、こういうとこって長ソファ置かない?」
うちに遊びに来た友人に、たまにそう指摘されます。
長いソファを置けるだけのスペースに、一人用の小さな丸ソファを三つ並べているので、ご指摘はごもっともです。
「ああ、うん。大きいの一つより、こっちの方が掃除しやすくて」
他の人にも尋ねられたことがあるので、用意しておいた回答を告げると、友人は納得してくれます。
だけど本当の理由はそんなんじゃないんです。
僕は、怖いんです。
長い椅子の、人と人との間にできる微妙な隙間が。
以前、変な電車に乗ったことがあるんです。
約束の時間に遅れそうで急いでて階段を慌てて駆け下りて、駆け込み乗車ってやつです。
いけないことだという認識はありますが、「乗れそう」って思ったら反射的に走っちゃってて。
で、背後でドアが閉まってすぐ、妙に寒いなって思いました。
冷房効きすぎだろって。
他の乗客は寒くないのかって思って車内を見回して、違和感を覚えたんです。
立っている人が居ないんですよね。全員、座っていて。それも整然と。
なのに気持ち悪い感じがして。
最初は何が気持ち悪いのかわかりませんでした。
何度か車内を見回して気づきました。
皆、きっちり座ってたんです。ですが、それが、きっちり過ぎるんです。
座っている人たちは老若男女様々だったんですが、それなのに一つのロングシートにきっかり五人、それも等間隔に間を空けて。おそらく七人がけのシートに、です。
車両端の三人がけシートの方は、きっかり二人ずつ。こちらも等間隔に間を空けていました。ロングシートと同じ人の半分幅だけ。しかも必ず車両の端側に半分幅が来るように。
最近の電車には、座れる人数の目安代わりに手すりがついているシートもあるじゃないですか。でもその電車はそういう手すりとかない古い感じので。
しかも股を広げたり、足を伸ばしたり、膝を横に倒したりしている人もいなかったし、荷物を隣に置いている人もいなかったんですよね。
確かに、誰かのすぐ隣に座るよりかは間を空けて座りたいって気持ちはわかります。
ただ、それが一つの車両全部のシートで、きっちり等間隔の空け方で、ってのが綺麗すぎて逆に不自然に感じたんです。
そんなことを考えているうちに次の駅に到着したんですね。
聞き慣れない駅名だなと思ったのは覚えています――どんな駅名って言われても、どうしても思い出せないんですけれどね。
それよりもドアとホームドアとがかなりズレてて、そっちが気になっちゃって。
それなのに、停車位置を戻さずにそのままドアが開いちゃったんですよ。
ドアとホームドアとの隙間、多分、手のひらを思い切り広げたら親指か小指のどちらかがぶつかっちゃうくらいの狭さで。
そのとき、また一段と寒さを感じました。
表現じゃなく実際に肩がぶるりと震えて、思わず首をすくめました。
僕がそうやって寒さに気を取られているうちに人がどんどん乗ってきちゃって、そしてどんどん、開いている席に座ってゆくのを、ぼーっと見てしまって、慌てて視線を逸らしました。
乗ってきている人、全員が縦に半分だったんですよ。
ドアとホームドアとの狭い隙間を普通に通り抜けて、そして各シートのあの整然と並んだそれぞれの隙間に、次々と座って。
片足でどうやって歩いているのかとか、半分の断面はどうなっているのかとか、色々と気になりはしましたが、もしもとんでもないものを見てしまったらという恐怖からか、視線を自分の足元から外せなくなっちゃってました。
それからは、やたらと長い時間が経ったように感じました。
頭の中ではもうずっと、最近流行っている曲の歌詞を思い出そうとすることで、なんとかその状況をしのいでいました。
スマホを取り出そうかとも考えたのですが、手の震えが止まらなくて、落としたら嫌だなって思って。
だって嫌じゃないですが。一人の人と半分の人とが交互に座るシートの手前なんかに転がってしまったら。
ちょうどそのときです。
聞き覚えのある駅名が車内アナウンスで聞こえて、ドアとホームドアとがズレずにドアが開いたので、慌てて降りました。
まっすぐに改札を目指して、そのまま外へ出て、待ち合わせてた人には体調不良だって伝えて、その日はもう電車に乗らずに帰りました。
しばらくは電車自体に乗れませんでした。
仕事の都合上、そうも言ってられないので、イヤホンで明るい曲を流して、目をつぶって頑張って耐えています。
それでも長い椅子はダメですね。
電車に限らず街角のベンチとかでも、見るのも嫌ですし、座るのはもっとダメです。
長い椅子の、人と人との間にできる微妙な隙間なんかは考えただけでも。
<終>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます