最終話 最強に
「おい、なにぼんやりしとるんや、ギアル」
「あっ。ギアルさん。いえちょっと、少し昔のことを思い出していて」
僕が儀式を受けてから、初めての敗北を味わうまでの記憶。なぜ今になって蘇ってきたのだろう。
いや、理由はわかってる。あの日、あの時、あの頃、目指した夢が今、もうすぐ叶うかもしれないからだ。
あれからもう2年……いや、たった2年と言うべきか。
僕は強くなった。ひたすらにひたすらに強くなって、去年、史上最年少でSランクの冒険者へと昇ることができた。
冒険者か騎士のSランクのみが参加することができる、世界最強の名をかけた大会。僕は今それに参加している。そして、ここまでほぼ無傷で決勝まで来ることができた。
「シャキッとしてもらわんと困るんやわ。2回戦でワイと当たってコテンパンにしよるからに」
「すいません……」
「カーッ! 謝んなや! ワイが情けなくなるやろがい!」
ネゴルさんは僕の背中を勢いよくバシバシと叩いてくる。この人にはこの2年間、かなりお世話になった。僕がこの短期間で一気に強くなれたのも一概にこの人のおかげといえる。
「ギアル、お前は強い。しかし次の相手は誰かわかっとるんやろな? <神剣>を降したお前の幼馴染みやぞ?」
「はい」
世界最強の剣士と名高いSランクの騎士、<神剣>。
僕と全く同じタイミングでSランクへと上り詰めたアテスが先ほど、その人を準決勝で倒してしまった。
まさに大番狂わせ。アテスが強いのは知っていたけれど、ここまでになるとは思っていなかった。だから、僕も幼馴染み相手に本気を出さなければならない。
「でもギアルなら問題ないよ。必ず勝てる」
「若の言う通りかもしれへんな。どうせまた一瞬で終わるやろ」
マスターに、ギルドのみんなも今日は僕のことを応援してくれている。……ああ、そろそろ時間のようだ。
「呼ばれたか。行ってきな、ギアル。次勝てば君の夢が叶う」
「はいっ……」
僕はベンチから立ち上がり、闘技場の控え室から入場への道を進んだ。全ての試合、無傷で終わらせてきた僕だけど、余裕なんてあるはずもない。ドキドキしている。
目の前にあるこの垂れ幕が上がったら、名前を呼ばれながら入場するんだ。
『ではまずはこの方に入場していただきましょう!』
大会の司会を務めている人の大きな声と、大勢の人間の歓声が垂れ幕の先から聞こえて来る。
『史上最年少のSランク騎士! <神剣>を降したその力はこの決勝でも遺憾なく発揮できるのか! 天才にして魔導剣聖。<百花繚乱>ことアテス・ミディアアアアアア!』
アテスはすっかり美人になって、強さと相まって国中で人気者だからすごい歓声だ。
……僕の方の垂れ幕も上がった。さ、入場しなきゃ。
『冒険者になってからたった二年。次々と大番狂わせを起こしてきたのはこの少年! 誰しもがこの決勝まで来ることは予想していたはず!』
その通りだ。この二年で、本当に僕はいろんなことをやった。国一つの軍隊を一人で無力化したり、Sランクの魔物を十匹を一人で全滅させたり。自画自賛じゃないけれど、どれも最強の名を手にするためにやってきたことだ。
「ギィくうううううん!」
「お兄ちゃああああああああ!」
こんなに歓声がうるさいのに、お姉ちゃんと妹の声がはっきりと聞こえた。そちらに目を向けると家族全員こちらを見ているのがわかった。軽く手を振る。みんな手を振り返す。
僕の心の支えだった家族が見てくれる。それなら僕ももっと強くなれる。
『<百花繚乱>と同じく史上最年少でSランクの冒険者へ上り詰めた! 大魔導師にも関わらず使える魔法は『速度』の一つだけ! それだけでここまで上り詰めてきた! 人は彼を化け物と呼ぶか、世紀の天才とよぶか? 速度を制し速度を操り、神の領域まで達していると噂されたその力を持つ者は……<風見鶏>ギアル・クロックスゥゥゥゥゥゥ!!』
僕の目の前に、アテス。
ああ、この対峙はいつぶりだろうか。でもライバルとして何度か試合の範疇で戦ってきたからそんなに久しぶりという感覚でもない。
「両者、前へ」
審判の言う通りに僕と彼女は前に出る。お互いの声が聞こえる距離。そして、初めて戦った時と同じ距離。
アテスは僕に微笑みながら声をかけてきた。
「やっとだね、ギアル」
「うん、そうだね。でもこうなることは……」
「だね、なんとなくわかってた。ライバルになるって誓ったあの時から」
一緒のブランコに乗って話し合ったあの日が、再び甦る。弱気だったアテスは今こうして僕史上最大の壁として立ち塞がっている。
面白い。実にいい。
「ね、ギアル。ボク、この戦いで勝ったらキミにお願いしたいことがあるんだ」
「別に負けても勝ってもお願いしてきていいよ。僕達はそういう間柄じゃないか」
「……それじゃあ張り合いがないけど……でもギアルらしいね。わかった、そうするよ」
アテスがなぜか頬を赤らめる。それでなにが言いたかったかは大体察した。幼馴染みで親友だから。
……なるほど、それなら僕も勝っても負けてもアテスがしようとしていたお願いをするとしよう。
ただ、負けるつもりはない。
「それでは、お互い構えて」
アテスは剣を、僕も特殊な剣を構える。
鞭と剣が一体になった特注の品で、僕の力を最大限にまで引き出せる武器。<擬似 剣士・極>をも獲得した僕専用と言っても過言じゃない。
「はじめぇぇぇ!!」
審判が右手を振り下ろした。
その瞬間、アテスの姿が消える。
もう、仕掛けてきた。でも僕も既に魔法を発動してある。
僕の首元でアテスの剣が止まった。いや、アテスの剣だけでなく、この世界そのものが止まったように見える。発動があと10分の1秒遅かったら僕は負けていた。
……『スペアナザ』。
忘れもしないゴ・ゴッドゴブリンに殺されかけ、極限状態になったあの時。あの時のことを思い出しながら作ったこの魔法。
本来の『速度魔法』が変えるのは身体能力だけ。
しかしこれは、それ以外全ての速度を変えられるようになる。
僕は自分の意識と自分自身を加速させ、この何万分の1秒の中を自由に動き回れるようになった。だから、もはや時間を止めていると言っても過言じゃない。
僕はアテスの剣を叩き落とし、持っている武器も全部没収。そしてあの日のようにお姫様抱っこをしてあげた。
そして魔法を解除する。
「わぁあ!?」
「ふふふ、あの日と同じだね?」
「……ぐ、ぐぬ……ぐぬぬぬぬぬ! つ、次! 次はこうはいかないから!」
「今回はだいぶ惜しかったけどね」
アテスは負けを認めた。僕が最強になったわけだ。
……じゃあ、早速。アテスが僕にお願いしようとしていたことを、僕が先にお願いしてしまおう。
最強になった余韻に浸るのはその後だ。
「アテス、僕が勝ったらからお願いなんだけど」
「う、うん……」
「僕と______」
アテスはまた顔を赤くし、うなずいた。予想通りだ。
僕までほてっているのは予想外だけど。
こうして僕は夢を叶え、大切なものも増えた。
この最強と幸せを維持するために……僕はまだ速く、強くなり続ける。
-神速の大魔導師 Fin -
=====
(あとがき)
「神速の大魔導師」は今回で最終回となります!
およそ三週間という短い間でしたが、ご覧いただきありがとうございました。
私、Ss侍の次回作にご期待下さい。最新作の『最弱の下に互角であれ』や過去作も閲覧していただけると嬉しいです。
実は筆者である私は前作から「作品一つを10~15万文字で一旦終わらせ、投稿中にサイト2つ以上で一定の基準の人気、あるいは一つで爆発的な人気が出たら続ける」という決まりを設けていました。
残念ながら本作はそのハードルが超えられなかったので、予定通り定めた文字数での終了となりました。本作を応援してくださった皆様、私の力が及ばずこのような結果となってしまい、申し訳ありません。
最新作である『最弱の下に互角であれ』も上記のルールの上で執筆しております。何卒、存続できるよう応援よろしくお願いします。
ちなみに一つの作品を10~15万文字にしている理由は並程度の厚さの文庫本1冊分に相当するからです。本作もあとがきや空白を除いても11万文字あるので、ふとした時に1から一気読みすればラノベ一冊読んだのと同じくらいになります。
もしよかったら是非、思い出した時にもう一度。
神速の大魔導師 〜使える魔法が一種類でも最強へと成り上がれます〜 Ss侍 @Ss_zamurai
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