VSイマジネーションズ (1)
影の中から這い出ずる、流動する黒い泥のような刃。
俺の意思で自由自在に動かせる
※
首目がけて振るわれた横薙ぎの一撃を、細長く形作った黒泥の触手で受け止める。
――火花が視界の端で散った。
「まず一回、」
伸ばした腕の先、右手をぱっと開くと同期するように触手が無数の糸状に解け、それが目の前のノッポの怪異が握る出刃包丁の切っ先から肩口までを縛り上げるように絡みついた。
――ぐっ、と右手を握りしめる。
瞬間に絡みついた全ての糸が出刃包丁と怪異の腕に食い込み、そのまま細切れに裁断する。
……簡単に切れる辺り、体はそこまで硬くないらしい。
「ああああああああああ?」
「殺す」
音を立てて血が噴き出す腕の付け根を抑えながら顔をゆがめて咆哮する怪異の胸元を、腕を振るって影から伸ばした無数の黒泥を操作して貫いた。そしてそのまま触手を十本程度、四方八方にバラけさせて怪異の体を引き裂いた。
「……しばらくピザ食ってねぇな」
ノッポの怪異が八分割されて血溜まりに沈む。
宣言通りに一度殺した。
それは間違いないが、怪異との戦闘はこの程度では終わらない。
「――――――――あそ、ぼ」
「……で、お前は何回殺せば死ぬんだ?」
気付けば腕も出刃包丁も切り飛ばした頭部も元通りになっていた怪物が、自分自身の血溜まりの上でけたけたと笑っている。
黒泥の触手を無数に周囲に侍らせながら、怪物の突撃に合わせて俺は首をごきりと鳴らした。
※
「……あれが、水喰さんの異能」
人払いの結界。
広範囲の空間に対して作用するその術は、発動後に術者の指定した人間以外を空間内から強制的にはじき出す。そして外側から内側へのある程度干渉を防ぐことが出来るというものだ。
水喰が言うところの女狐、玉藻の前が用いる幻術の応用編。その効果を受けた駅前ロータリーは先ほどまでとは一転し、全く人気のない静かな空間となっている。
そんなロータリーの端、水喰が怪異と戦っている場所から離れたところに四人と一匹は立っていた。
「黒泥、というのです。何だか肌に良さそうな名前なのですよ」
「確かに黒い泥っぽく見えますね」
「あ、ボケ通じてねぇな……」
「でもでも、泥ならなんで切ったり貫いたり出来るんですか?」
転寝の質問に、焼肉屋でのやり取りを少し思い出して神代はぶすくれながらも渋々答えた。
「……あれは泥のように見えますけど、実際の中身はちょっと違うのですよ」
「中身……?」
「はい。あれの正体は泥じゃあなくて、ナノサイズの小さな刃の集合体なのです」
「ナノサイズ、ですか」
「結合に分裂も自由自在。ああいう風に触手状の刃みたいにするのも、槍や剣の形に整えるのも出来るスグレモノなのです」
「す、すごい応用の利く力ね……」
「使い方はハガレンを参考にしたそうなのですよ」
「……」
「えぇー……」
改めて影鶴と猫屋敷は水喰の戦いぶりを見る。
神代の発言のせいだが、もうまるきりそれにしか見えなくなってしまっていた。
「た、確かにプライドっぽい……」
「ホムンクルス……」
「……はがれん? ほむんくるす……? それ何ですか?」
「えっ舞亜ハガレン知らないの!?」
「あれもう十年前ですよ……舞亜ちゃんその時多分三歳くらいです」
「えっ放送そんな前だっけ!? マジかー……いや、そうじゃなくて」
何だか弛緩し始めた空気を引き締めるように猫屋敷は咳ばらいを一つした。
「……あれ、全然元が分からないけど。何なのかしら」
――怪異を殺せば異能を得られる。
必ずしも倒した怪異に起因する力を得られる訳ではないが、大半の場合は怪異が振るう力をそのまま引き継ぐことになる。
元が分からない、という影鶴の発言はそういう意図を孕んでいた。
つまるところ水喰があの力を一体どのような怪異と交戦し、倒して得たのかが全く想像できないのだ。
「水喰さんは他の異能とか、能力は持っていないんですか?」
「いえ、優先度の問題であれに上書きされるそうなのです。……あ、違いました?」
「はい、そういう意味ではなくて……生身であの力を、あれレベルの力を振るう怪異を倒したのか、と思って」
「……」
基本的に生身の人間では怪異に敵わない。
身体スペックから何まで怪異は人を大きく上回っているからだ。人が銃弾を見て躱せないように、いくら相手が狙ってくる場所が分かったとしてもどうにもならない。
神代は眉間に薄く皺を寄せながら続ける。
「……それについてはいくら聞いてもみずはみくん、全然喋ってくれないのですよ。だから未だに分からないのですけど……でも、ちょっと悲しくなるのです」
「悲しい、ですか?」
「はい。なんていうか――」
何十度目かになる殺戮を終えながら、頬に付いた返り血を拭う水喰を見ながら神代は目を細めて言う。
「――みずはみくん、あれを使ってる時はいつも寂しそうなので」
※
ゲーム的に言うなら“互いに必殺ゲージが溜まった状態でどっちが先に相手を
あるいは“お互いHP1の、一撃受ければ死ぬ状態で戦っている”という方が分かりやすいかもしれない。
……あまりに暇過ぎて頭の片隅でそんな風に適当なことを考えながら、俺は片手間にノッポの怪異に何十度目かになる死を叩きつけて黙らせる。
「……」
血だまりの上で糸で吊られた人形みたいにぎくしゃくしながら起き上がる怪異の喉元を貫いた。
そのまま貫いた触手を上下に分割し、怪異の体を縦に真っ二つに引き裂く。
噴水みたいに血が断面から噴き出した。
B級ホラーかよ。
「……はぁ」
ゲームに例えてはみたものの、現実の戦闘はゲームみたいに体力を削り切ったら勝ちって訳じゃない。
それはゲームより現実は複雑だって意味じゃなくて、むしろゲームより現実の戦闘の方が俺にとっては格段にシンプルだという意味だ。
出刃包丁で切られて死なない人間はいないし、バラバラにされて死なない怪異はいない。
「無駄だって言っても聞く耳なんてねぇもんな」
片手間に出刃包丁を黒泥で弾き飛ばし、簪の位置を直しながら独り言ちる。
……早く殺せる分、俺の方が圧倒的に有利だ。
だから戦闘というより感覚的には作業に近かった。
殺し続けるだけでいいのだから。
目を離すどころかまばたきすらしていないのにいつの間にか元通りになったノッポの怪異を見る。
――怪異は人の認識の集合体で、だから怪異の形は人の認識による。
そういう存在である、という風に怪異の形を人間が決定しているから、怪異はその形を強制的に外部から保たれるという仕組みだ。だから腕がもげようがバラバラになろうがすぐに元通りになる。
けれどその怪異を形作るエネルギーそのものは無尽蔵じゃない。人々がその怪異をそういう形のものだと認識する事で生まれる認知のエネルギー。それの供給量を、怪異の形を外側から破壊し続けることによる減少量でもって上回ればいずれエネルギーは枯渇する。
その結果、怪異は存在を保てなくなる。
それが怪異を殺すという事。
――しかしコンティニュー不可で相手のゲージ100本以上。加えて作業染みてるとか、考えてみるとかなりクソゲーだよな……。
愚直に俺の首を狙い続けるノッポの怪異をカウンターで殺しながらそう思う。
……怪異は多くの場合、人間の殺し方が一つに限定される。
元になった話を俺は知らないが、恐らくこいつは人の首を斬り殺すという風に伝わっている都市伝説か何かを元に生まれたのだろう。
だから攻撃方法が一つしかない。
人の首を断って殺すという風に伝わっている怪異は、逆に人を害する方法が首を切る以外に存在しないということなのだから。
おかげで新鮮味もなにもあったモノじゃない。
本当に作業ゲーだな、と思いながら両手足を切断し、ダルマ状態になった怪異の胴体を串刺しにして空中に放り投げる。その後、バラバラに切り裂く。
狙いが分かれば対処はなおさら簡単になる。
そもそも相手の手の内の分からなかった初撃を反射的にでも防げた時点で力量差は歴然だった。
故に――俺の勝ちは揺るがない。
「……」
だからこそ、妙だと思う。
――……意図が読めねぇ。
ノッポの怪異を適当に刻んで血だまりに沈めながら、連行されていった死刑囚が持っていたスマートフォンをレジ袋から取り出す。
俺が居合わせたのが偶然かはさておき、あの死刑囚のターゲットは確実に神代だった。
“コイツをメインに。”という書き出しから始まるメールの文章と、添付されていた神代の写真を確認する。
……女狐の言葉を思い出せば、このスマートフォンがノッポの怪異を引き付けるものであることは間違いない。
となるとこの状況はアイツが想定したものだという訳になるのだが、それならどうしてこんな片手間に殺せる雑魚を俺に差し向けたのだろうか、という疑問が生じる。
意味がないことをアイツは絶対にしない。付き合いは短いが、それはよくよく知っている。
「何を考えてる? 栂のヤツ……」
生きているのか死んでいるのかも分からない悪友の姿を脳裏に思い浮べる。
好きな人を殺したらヤンデレどもに命と貞操を狙われるようになった ねなし @nenashi359
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