断章あるいは謀





「屋敷から回収した資料によれば、栂睡蓮クソアマは怪異を人為的に作り出す方法を二つ考案していた」


 深夜の街。

 人気のない路地を二人組が歩いていた。

 線の細い青年と、襟にフェイクファーの付いたジャケットを着た女だった。


「二つ? ……つまり、“水槽”だけじゃないって事?」

「あぁ。俺達にも知らされていない、水槽以外のサブプランがあった」


 明滅する街灯。

 女の問いに、青年は手に持ったクリップで留めてある資料の束を指で叩いて答える。


「水槽。――人の脳を無数に練り合わせた装置。内部のネットワークに外側から噂を吹き込んで操作しながら増幅し、任意の怪異を作り出す人造機械人で作ったモノ。しかも都市伝説一体当たりの生成にかかる時間は最短で一体あたり五、六分ときた」


 お手軽過ぎるな、と青年は笑う。


「だがコイツには重大な欠点があった。……いや、俺らからすればただの仕様程度なんだが、クソアマにとってそいつは許しがたい重大欠陥だったらしい」


 青年が持つクリップで留められた資料には乱雑に上から何度も書き足したり消したりした跡があった。

 それは栂睡蓮という人間の、病的なまでのこれへの執着心の表れのように青年には感じられた。

 ――反吐が出る、と思った。


「重大欠陥? なにそれ」

「要は生成する怪異の力に限度が出来る。本来噂っていうのは一気に広がったり、あるいは一気にブームが過ぎ去って廃れたりするだろ?」

「まぁ。……水槽があれば、そういうの無しに安定して怪異を存在させられるって話でしょ?」

「その通り。だが一方で水槽だと怪異の成長に限界が生じちまう。本来、上手くいけば流行にそってネズミ算式に増大する怪異の力が、ある閾値でストップする」

「そりゃあ材料に使った人間に限りがある以上そうだろうけどさぁ……それ、欠点かなぁ……」

「だよな。俺もそう思うよ」


 ――けれど栂睡蓮はそれを良しとはしなかったのだ。

 だからサブプランとして、これ・・を用意していた。


「水槽に脳を追加投入って出来ないんだっけ」

「資料を読んだ限り不可能だそうだ――詳しい理屈は分からないが、なんでもあれはただ並列につないでいるだけじゃない、とか」

「……意味不明だねぇ」

「あぁ。それにそもそも水槽は破壊されている。破片も処分されたようだしな。……だから、俺達はサブプランを使わなきゃいけない」

「……」

「――天然の水槽・・・・・


 青年はその言葉に粘ついた笑みを浮かべて続けた。


「たとえばその街の人間であれば誰もが知っているような凄惨な事故現場で、幽霊とか化け物を見たって噂を流したらどうなるか――当然広まるよな。人類全員が発信者になりうるこの情報化社会ではより爆発的に。

 一般人クズ共が怪談をホンモノだと信じるかどうかは怪異発生の条件に入らない。怪談に対する怖い、面白いっていう認知かんじょうが一定の値を越えた瞬間、怪異は生まれる」


「問題はどんな怪異が生まれるかをコントロールし切れない事だけ、か。……いや、“だけ”とは言っても結構重要なとこだけど」


「そうだな、そこがネックだ。だからクソアマにとってこれはサブプラン――」


 ドン、という音がした。

 それは線の細い青年の肩と、向こうからふらふらと歩いてきたガタイの良い男の肩がぶつかった音だった。


「あぁ? テメェ――」


 酔っぱらっているのだろう。街灯の頼りない灯かりの下でも分かるくらい、肩をぶつけてなんかいないみたいに歩いていく二人を振り返ったその男は赤ら顔だった。


「どこ見て歩いてんだ!」


 男が声を荒げながら、青年の肩を掴もうと腕を伸ばす。

 そしてその指先が触れかけた瞬間、


死ね・・


 青年は振り返ることもせずつまらなそうにそう吐き捨てた。

 だから、男が最後まで言葉を発することは無かった。


「――え」


 べき、という音がした――青年の肩に触れた男の指が、ぐるんと一回転してねじれた。

 ねじれは伝搬していく。指から腕へ、腕から全身へ――そして。

 べきべきべきべき。

 潰れたペットボトルのようになった男だった何かが、全身から赤と黒を噴水のように噴き出しながらその場にぐちゃりと崩れ落ちた。


「あーあー。どこで足がつくか分かんないっつーのに」

「大丈夫だろ。組織の動きは把握してるし、クソアマが死んだ事もアイツらはまだ知らねぇ。この分だとクソアマの縄張りに奴らが入ってくるのも相当後になる」

「だからってわざとぶつかりに行くのはどうなのよ」

「――あ、バレました?」


 ははは、と笑う青年を女が小突く。


「うえっ」

「どうしたよ」

「返り血で服汚れた……」

「……待ってろ」


 ジャケットについた血を見て涙目になる女を振り返り、嘆息しながら男が近づいていく。

 その時だった。


「きゃああああ!」

「……あ?」


 青年が悲鳴のした方を見れば、そこに一人の女性がいた。

 腰を抜かし、鞄を放り出し、その場にへたり込んでいる。


「目撃者……めんどくせぇなぁもう。……おい、頼んだぞ」

「あーはいはい。……オネーサン、ちょっとくすぐったいけど我慢しなよ?」


 腰を抜かしている女性の背後にいつの間にか移動していたジャケットの女が、その後頭部に手を当てた。

 ――ビクン、と。

 大きく痙攣し、口から泡を吹き。ぐるんと白目をむきながら、女性はその場に崩れ落ちる。


「殺してねぇよな」

「失礼だなぁ。ちゃんと出力は調節したよ」

「また誰かに見つかっても面倒だ。さっさと処理してここを離れよう」

「誰のせいだよ」

「……悪かったよ」


 青年が血だまりの中に沈んでいる肉塊ものに触れると、一瞬でそれは幻だったみたいに掻き消えた。女のジャケットの裾に付いた血の汚れもまた消えていく。それを確認しながら、女は青年に訊ねた。


「結局どうすんのさ」

「クソアマの言っていた“死神”を手に入れる――そのために水喰錬とかいう女男をブチ殺す。……ようやく解放されたんだ、滅茶苦茶やってやるさ」





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