(4) (了)
「そういや栂って組織だとどういう感じなんですか?」
色々と情報交換――と言ってもほぼほぼ俺が一方的に聞いているだけだが――をしながら肉を食べ、肉を食べつつ情報を交換しておおよそ一時間ほどが経っただろうか。
そろそろ腹も膨れて来た頃、そんな質問をしてみた。
影鶴さんは顎に手を当てつつ、
「えーっと、ちょっと説明が難しいというか……出来ないというか」
「?」
「戦うのも痕跡を消すのも出来る万能な方で、見た目や仕草は礼儀正しいお嬢様みたいな感じで――それ以外、栂さんに関して私たちが言えることってないんですよね」
「えっとね」
猫屋敷さんがスマートフォンの地図アプリを開き、俺達が住む県と、その隣県を二つ指さした。
「ここ――○○県と、△△県と××県。この三つが彼女の担当区域なの。で、この中で起こった怪異がらみの事件を一人で処理して、詳しい報告だとか、“処理漏れ”の人達のケアなんかも含めて全部やってくれているわ。だからその他の仕事を頼みづらいし、本人も担当地域内での仕事にかかりきりだから関わることがあまりないのよ。直接会うのは、たまに栂さんが担当区域の外に応援に来てくれるときくらいかしら」
「水喰さん達に協力の話をもちかけてすらいなかった事には本当に驚きました。真面目な方、っていうイメージだったんですけど……あ、でも友達を危険に巻き込みたくないから、あんな嘘を吐いていたのかな。……いや、それなら最初っから水喰さん達の事を報告しないか……」
「――まぁとりあえず、組織ではそんな感じで……言い方はアレだけど、ちょっと浮いてる子よ」
そんな風に二人は栂への印象を喋ってくれた。
ちなみに転寝ちゃんは腹が膨れて眠くなったのかテーブルに突っ伏している。無理もないだろう、ただでさえ組織の仕事で疲れている様子だった。話の中で分かったのだが、中学生だという彼女に徹夜はキツいものがありそうだ。
しかし“外面お化け”の栂は、組織内では非常に彼女にとって都合のいい形で勘違いをされているようだった。あるいはそうなるよう栂が仕向けていたのかもしれない。
そして栂がこれまでに起こしてきた一連の事件に対し、どうして影鶴さん達が動かなかったのか。その理由が今ようやく分かった。単純にそこが栂の担当区域で、栂にすべてが一任されていたからだ。
そういえば栂は自分が仕組んだ事件の隠蔽を徹底的に行っていたように思う。だからこそ女狐を最初に仲間に引き入れたのか、と今さら納得した。担当区域で自分が好き勝手している事を組織に伝えないためだったのだろう。
しかし今の話を聞いて、また別の疑問が生まれていた。
「この辺が栂の担当なら、何で影鶴さん達はここに来たんですか? 栂に任せておけばいいんじゃ?」
「えぇと、どういう訳か怪異を手にしていた死刑囚の男の人――彼が脱走した刑務所が、栂さんの担当区域の外でしたから。最初は痕跡を消しながら彼を追いかけていったらここまで来てしまった、という感じです。
その過程で他の人と連絡を取り合って、理由は不明ですがこの辺りに怪異が集まっているという事が分かりました。後で栂さんにも連絡して、協力をお願いしようと思っています」
「……なるほど。それで、協力――についての、話なんですけど」
「っ! はい!」
「――出来る限り協力したいな、と思います。俺も身の回りに怪異がいるのは不都合なので」
「本当ですか! ……よかったぁ」
「神代もいいよな?」
「みずはみくんがそう言うなら。でも私はみずはみくんと違って戦えないですし、隠す力も燃費悪し効果範囲狭いしなのであまり期待しないで欲しいのですよ」
「いや大嘘じゃねぇか」
「いえ、お気持ちだけで……! お二人とも、ありがとうございますっ」
ほっと胸をなでおろす影鶴さんと、その肩に手を置く猫屋敷さん。いつの間にか転寝ちゃんも目覚めて嬉しそうにしている。
――正直、願ったりかなったりだった。
怪異の中には例えば女狐や大蛇のような話の通じる、会話のできる者もいる。つまり栂の息がかかっている怪異に接触した際、そこから直に栂の情報を得られる可能性がある。それをみすみす見逃すのはただただ大損だ。
それじゃあそろそろ行きましょうか、と言って猫屋敷さんが席を立つ。
それに続くように転寝ちゃんが立ち上り、神代と一緒に先にレジの方へ向かった二人を追いかけようとしたところで立ち止まる。
脇に置いていた鞄を手に取った影鶴さんにそういえば、と今しがた思い出したことを一つ訊ねた。
「たとえば怪異がらみの一件で得た力を、人を傷つける方向で使っているヤツを見つけた場合はどうするんですか?」
「組織総出で殺して抹消します。そんなのはもう怪異と一緒ですから」
「あ、そうなんですね」
――あーおっかねぇ。栂絶対殺されるじゃん。
いや生き返った保証もないけど。
ちなみに支払いはこの中で唯一の社会人らしい猫屋敷さんが全部持ってくれた。
出費やばい、と若干泣きそうな顔をしていたが。
「あの人たち栂さんが死んだ事知りませんよね? 彼女が上住町で色々やっていたっていうことも」
「そうっぽいな」
駅へ向かう道中、三人の少し後ろを歩きながら神代と小声で話していた。
何だかんだ彼女も話は全て聞いていたらしい……全然そんな素振りはなかったが。結局半分くらい俺が注文した肉食われたし。
――“現在、この地域に各方面から様々な怪異が集結しつつあります。原因は不明ですが、とにかく数が多くて人手が足りません。”
「……ああ言ってたってことは、上住町方面に怪異が集まって来ているのが栂の仕業かも、ってことも分かってないって事か。まぁ栂は組織じゃ大分猫被ってたっぽいし、そもそも栂が生き返った、っていうのが俺らの勝手な推測でしかないんだけどな。……つーかマジで生きてるなら連絡くらい寄越せやアイツ」
「結局どうするのです? 私たちの町で起こった事、全部話しますか?」
「んー、それは栂が生きていた場合に栂にとって不都合だろうから、出来るだけそうしたくはないなぁ……」
……先ほどの発言からは、怪異同様問答無用で殺しに行く――という気概を感じた。
であればもしも俺が上住町で起こった全てを話した場合、最低でも一万人以上は人を殺している怪異・栂睡蓮の排除に影鶴さん達の組織は動くだろう。
それは俺の望む展開ではない。
つーか俺も殺されかねない。それはいけない。
とはいえ――結局、栂の生死については分からずじまいだ。
しかし分かった事がある。
「誰かが栂を騙ってる」
「あ、やっぱりそうなのです?」
「死んでからもうすぐ一ヶ月になる。栂の担当区域に組織の人は基本的に不可侵っぽいけど、話を聞く限り栂はマメに組織に仕事の連絡入れてたっぽいし、だとするとあいつが死んで結構経つのにあの人たちが不審がってないのはおかしい」
「栂さんの偽物が連絡を入れてるってことなのですね」
「多分な。……ぜってーぶっ殺す。粉微塵に切り刻む」
「半分任せて下さい。ゴマすりで磨り潰して鯉の餌なのです」
「ああ。……いや待て神代、もしかしてそれ俺ん家の鯉じゃねぇだろうな?」
「え、逆にどこの鯉にあげるのです?」
「勝手に鯉に餌やってんのお前かよ!」
通りで最近食いつきが悪いと思ったわ!
「つーかお前、人ん家の鯉に人肉あげようとすんなよ……」
「?」
「可愛く小首をかしげてもダメー」
「にゅふふ」
クッソこいつ饅頭みたいなもちもちほっぺしやがってこのこの!
……何やってんだろ俺。
「いや急に冷めないでくださいよ……」
「悪い。……なぁ神代、俺が警察署に乗り込むって言ったら手伝ってくれるか?」
「んー、何しに行くのです?」
「死刑囚の男いるだろ。あいつから直で話を聞きたい。何か知ってるかもしれんし」
「むーん。……手のケガの形を誤魔化したり、触媒で暴発したっぽい拳銃の破片の幻を作るのと違って、人一人分はちょっと隠す面積が広いというか……」
「そうか、悪い無理言った。女狐に頼むか……」
「……あれ、そういえばタマちゃんに迎え頼んでませんでしたっけ?」
「――やべぇすっかり忘れてたわ」
これはあとで謝罪した方がいいかもしれない。
「……と、いうか!」
「ちょ、声でかい――」
神代の口を抑える。
何事か、と振り返った三人に苦笑いを返し、また彼女らが前を向いて歩き出したのを確認してから神代の口に押し付けていた手をはがす。
ねっちょりとよだれが付着していた。きったね……。
「……私、あの男に大分手荒に扱われたのですけど。キズモノにされたのですけど!」
「そうだな」
「それについて仕組んでたかもしれない栂さんが生きていたら改めて殺したりは!」
「しねぇよ」
「何でですかーむぐ」
「いやお前が適当にのせばよかっただけだろ。流石にそれで栂にとばっちり行くのは可哀そうだ」
「そうしたら私が怪力無双の女の子として目立ってしまうのです。怪異は隠すものなのですよみずはみくん……?」
「柔道やってるんですよーとか適当に乗客誤魔化せばいいだけだっただろあの状況なら」
「ペッ」
「お前ホントダブスタだな……」
もっとも俺も全然人のことを言えないのだが。
※
「あのさ先生? ――迎え頼んどいて一時間以上すっぽかすってどういう了見だよ」
「ごめんなさい」
数分後、俺は駅前で正座させられた状態で説教を受けていた。
背後から突き刺さる四人の視線が痛い。
特に影鶴さん達の目線がやばい。なぜ怪異がここにいる、と目線で訴えている。
とはいえ彼女らはあくまで事件の隠蔽工作を行う人達で、怪異と直接戦う事は出来ないないらしいので、この場で一戦――という事にはならないだろうが……しかし参った、正直に全て話すとなると栂が何をやらかしたかまで話が及ぶんでしまう。
どうしたものか――と思いつつ目の前で仁王立ちしている彼女を見上げる。
――目の前にはずもももも、と怒りのオーラを全身から立ち上らせている、着物を着た綺麗な女性の姿を取った妖怪がいる。
神代家の居候、殺生石の破片、元・神代に憑いていた化け狐。
“三分の一玉藻の前”こと女狐である。
神代からは親しみを込めて“タマちゃん”なんて呼ばれ方をしている彼女は、心底呆れた様子でため息を吐いた後、実に軽い口調でこう言った。
「というか先生変なモノ連れてない? そのレジ袋の中身から
「は?」
「つーかすぐそこまで来てるじゃん、ほら」
「――」
指摘され、気付く。
女狐が指さした方向から――明白な、殺意を覚えた。
――駅前の路地の先。人通りもそれなりにあるその途中の人ごみの中に、ずば抜けて背の高い人影を見つけた。
それは身長三メートル以上はあるだろう子供だった。
五、六歳くらいの幼児の胴体にひょろ長い手足を無理やりくっつけた様な見た目のそいつは、ほぼ直角に曲がった首の先についている頭の、左右でサイズの不揃いな黒々とした沼のような瞳で、俺をじぃっと見つめていた。
――コール音。
そういえば駅でも着信があったな、なんて事を思いながらレジ袋から死刑囚の男が持っていたスマホを取り出した。
画面上には、駅で見た知らない電話番号。
――通話ボタンを押す。
『後ろにいるよ』
ノイズの混じった幼い声が声が聞こえた瞬間、殺意が背後に顕現する。
対して俺はこう言った。
「女狐、頼む」
「はーい」
直後、俺と怪物の得物同士が勢いよく激突する音が響き渡る。
――が、周囲の誰も気に留めていない。
女狐の手で人払いの結界は既に張られた。
神代は影鶴さん達と一緒に少し離れた所へ退避したようだ。
つまり――思いっきりやれる、いうこと。
「――」
弾き飛ばした怪異が数メートル先に蜘蛛のように長い手足を折り曲げ着地する。
――血錆びだらけの出刃包丁を片手に持った正体不明の怪異。
相対する俺は影から流動する伸縮自在の刃を伸ばし、その切っ先を突きつけて告げる。
「ぶち殺す」
「あそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼ」
戦闘開始。
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